第28話 親友

「島民A、オレは今夜中に鬼を討つ。

 長兵衛さんは領主様に判断を預けると言っているから、島の人々の協力は得られない。

 それでもお前は協力してくれるか?」


 長兵衛さんとの交渉が暗礁に乗り上げてしまった。

 吉備津彦命様との約束のため、僕一人で鬼の首謀者二人を討伐して、残りの鬼達を助ける。

 そのためにも島民Aの助力は必要だ。


「当然で御座ぇます。

 モモタロウ様は天より遣わされた鬼神様で御座ぇます。

 ウチの女房を命懸けで助けてくれた恩人で御座ぇます。

 何なりと仰って下せぇまし」


 じゃあ早速、炭を使って鉄砲を撃ってみるか。

 弾は後で工面するとして空砲が撃てればいいや。

 ヴェネツィア人商人に教わりながら火の付いた火縄をセットし、銃口に炭の粉を入れて空に向かって引き金を引いた。


 カチッ…………


 やっぱダメか……そりゃそうだ。

 炭で代用出来るのならわざわざ火薬を使うはず無いもんな。


「島民A、炭の粉をありがとう。

 後で使うからこの袋に詰めておいてくれ」


 ちょっと気恥しくなって、島民Aにキビダンゴを入れる袋を差し出した。

 社会は得意だけど、理科はイマイチ苦手だったんだよな。


 それじゃそろそろマサルとキギスを起こそう。

 討ち入り前だけど二人には言っておかなければならない事がある。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 起きがけの少し眠たそうなマサルと、疲れているはずなのにシャキッとしているキギスを前に僕は話を切り出した。


「先発隊隊長として二人に命令だ。

 お前達は今すぐ荷物を持って島を出ろ。

 以上だ」


「「えぇー!!何でなんですか!?」」


 大声で見事にハモった。

 さすが幼なじみだな。


「状況が変わった。

 今までも危なかったが、ここから先は危険すぎる。

 お前達はもう十分にやった。

 だから後はオレに任せろ」


「待って下せぇ。

 俺っちは最後まで大将について行く心積りなんですぜ。

 島に来る前に言ったろ。

 今更危険だから帰れって、そりゃヒデェぜ」


「お前達には本当に感謝している。

 おかげで人質を解放できた。

 だがな、屋敷に残った鬼共は世界中で悪さを働いたゴロツキだ。

 仲間になった大人しい鬼共とは訳が違う。

 命のやり取りなるんだ」


「大将、アンタはその危険な連中と一人でり合う積もりなんだろ。

 それを放って逃げられる訳ねぇだろ!」


 マサルは必死に食い下がる。


「今だから言うが……。


 オレは鬼と戦うために神仙の國から来たんだ。

 それを知ったのはつい最近なんだけどな。

 だからオレが鬼と戦いになるのは仕方がない。

 だけどお前達を巻き添えにしたくないんだ」


 二人には無事でいて欲しいから、正直に話した。


「だからっていきなり出ていけは無いぜ。

 どうしちまったんだよ」


「今や鬼達は袋のネズミだ。

 人質は解放して、残りは5匹。

 持久戦に持ち込めれば必ず勝てる、はずだった。

 だけど村を取り仕切る長兵衛さんがご領主様に事を預けると言っている。

 島を1番に考えれば極当たり前の事だ。

 島民を誰一人死なせたくないだろうからな。

 でもこの地の領主様がこのことを知ったらどうなる?

 おそらくすぐさま兵を出して、人質となっている黒鬼も赤鬼ジョンを含めて鬼共は皆殺しになるだろう。そして味方になった鬼共も処刑は免れない。


 オレは島の人だけでなくて鬼達も助けたいんだ。

 今夜しかないんだ。

 明日長兵衛さんが船で島を出る前にカタをつけなきゃならないんだ」


「………」


 二人とも押し黙っている。


「お前達はもう十分に働いた。

 ここで手を引いても全然恥じゃない。

 後はオレ一人で悪党を成敗して、鬼共を解放する。

 オレに万が一の事があったら、ここは裏切り者の巣窟だ。安全とは言いきれない。

 だからお願いだ。

 逃げてくれ」


「大将、俺っちは大して役に立てないかもしれねぇが、見張りでも囮でも何でもやってやる。

 お願ぇだ、俺っちを見限らないでくれ!

 俺っちはアンタに着いて行くって決めたんだ。半端な気持ちじゃねぇんだ。

 どんな事があってもしがみついて離れねえからな!」


 マサルはあくまでついてくるつもりだ。


「マサル、死ぬかも知れないんだぞ。

 鬼達は追い詰められて、手負の獣みたいに何をするか分からないんだ」


「そんな事は百も承知だ」


 マサルの意思は堅い。

 でも、死んで欲しくないんだ。

 どう説得すればいいか考え込んでしまった。


 しばらくの沈黙の後、目に涙を零しながらキギスが口を開いた。


「モモタロウ様。

 モモタロウ様は村に居る時からずっと誰にでもお優しい方でした。

 貴重なお芋を惜しげも無く村の皆に配るし、困っているお年寄りを放っておけない御方だと村のお爺さんお婆さん達は皆、感心していました。

 でもいつもどこか物憂げなご様子なのは何故だろうとずっと不思議に思っておりました。

 それが何故なのか、ようやく分かった様な気がします。


 お願いですからモモタロウ様お一人で全てを抱え込まないで下さい。

 お辛そうにしているモモタロウ様を放って逃げる事なんて私には出来ません

 お願いですから最後までモモタロウ様のお世話をさせて下さい」


 この世界にやってきてずっと自分が孤独だったのだと思っていたけど、そんな自分を見てくれている人がいたんだと、少し驚いた。

 この1ヶ月間、二人との旅は楽しかった。現代でも味わえない充足感があった。それはこの二人がいてくれたからだ。

 現代でも友達はいた。だけどここまで心から自分の事を想ってくれる親友はいなかったと思う。それを思うとなんだか目がジーンとしてきた。だけど涙を流すのが気恥しいから考え込むフリをして目をつぶり、零れ落ちそうな涙が収まったところで目を開けた。


 そして改めて二人に命令した。


「ありがとう。

 命令は変更する。

 死ぬな!

 どんな事があっても死ぬことは許さない。

 それを守れるなら、一緒に戦おう。

 よろしく頼む」


 僕は深深と頭を下げた。


「「モモタロウ様!」」



 ※解説:火薬について

 言うまでもありませんが、黒色火薬には炭だけでなく硫黄と硝石が必要です。

 爆薬ですので取り扱い注意です。

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