第5話 軍役衆・妹尾十郎右衛門
俺はこの地を統べる
歴戦の兵を自負しているが、柴山の爺さんには若い頃から家でも戦場でも世話になっていて、何かにつけて頼りにしている。戦のない時は小間使いとして家に居てもらっているが、爺さんが怖いのか心にやましい事がある連中は近づく事もしない。
最近では
ある日、爺さんが
「ウチの婆さんが川で仙果を拾った。
中に童子が居て、今はワシの家に匿っている」
と言ってきた。
「は?爺さんいよいよ耄碌したか?」
突然何を言い出すかと思えば戯言か?
言っていることが全く要領を得ない。
「先ずはご一緒下され」
と爺さんに川辺へと案内された。
洗濯場には桃の形をした入れ物というか箱と言うべきか、珍妙な物体が真っ二つに割れたまま、放置されていた。
「おぉ!何だこれは?
ペタペタと触ってみると、壁の中は柔らかい敷物らしきもので覆われており、外はツルリとしており、如何にも頑丈に出来ている。腕利きの工人に頼んでもこんな物を簡単には作れまい。
この世に生まれて35年、一度たりともこのようなものを見たことがない事だけは確かだ。
この桃が仙果だとしたら…この桃に乗ってやってきた童子は神仙の國の者なのか?
もしそうならば邪険には出来んな。下手に追い出したら、この地が祟られるやも知れない。
「爺さんよ。その童子は今どうしている?」
「家に連れていったら突然大声で泣いて、泣き疲れたら寝てしもうた。
どうも自分の意思でこの地にやってきた訳では無さそうじゃ」
「うむ、叩き起すのも可哀想だ。
明日でいい。
屋敷へ連れてきてくれんか?
先ずは会って、話を聞こうじゃないか」
「承りましたで御座います」
…爺さん、丁寧な言葉が似合わねーな。
◇◇◇◇◇
「おぉ、待たせたな。
お前さんが桃に乗ってやってきたという
「はじめまして、モモタロウと言います」
実際に会ってみたモモタロウという童子はお公家様の様に色白で、話す言葉は東言葉に近い。10年前の戦場で捕らえた敵兵の言葉がこんな感じだったな。背丈は爺さんよりも高く5尺近くあるだろうか?もしかしたら大きな童子ではなく、若見えの成人かもしれん。
言葉は分かり難いが、会話は可能の様だ。ならば確認したいことを聞くか。
「モモタロウよ、お前さん何故桃に乗ってやってきたんだ?」
「僕はこことは違う世界にいました。
気がついたら桃の中に居たので何故ここに来たのか分かりません」
爺さん言う様に自分の意思でこの地に来たのではないな。
違う世界とは神仙の國か?
声が若いから、やはり童子かもな。
「ふーむ、俺らも知りたいところだが本人すら分からぬのなら致し方がない。
ところで歳はいくつだ?」
「10歳です。」
「なっ!3番目の倅と同じ歳か?
図体が全然違う。本当に10歳か?」
驚きのあまり声を張り上げてしまったが、ウチの倅は腕っぷしは強いが頭は今ひとつで、この前なんかも寝小便垂れておったわ。倅よりも図体がでかいのなら力もさぞ強かろう。神仙の國の住人は早熟なのか?
使えそうなら是非とも手元に置いておきたい。だがこれだけは聞かなきゃならん。
「モモタロウよ。
お前さんはこの先どうするつもりだ?
乗ってきた容れ物が仙果だったとしたらお前さんは神仙からの客人という事だ。
粗雑な扱いをするつもりは無い。
が、この地に災いを成すのなら捨ておけん。
改めて聞きたい。
お前さんはどうしたいんだい?」
するとモモタロウは目に宿した光の輝きを増し、ハッキリと答えた。
「恐れながら。
僕は自分の意思でここに来たのではなく、いわば事故で流れ着いたようなものです。
元の世界では鍛錬の途中でしたから何の力も僕にはありません。
ご迷惑でなければ、この地で皆さんと同じ生活をさせて下さい」
憐れみなど微塵も感じさせぬ、物乞いとは違う目的を持った者の目だ。たかが十の童子とは思えぬ心の強さを感じさせる。
しかし年齢を詐称した密偵の可能性も考えねばならぬし、身元不明の者をそう易々と招き入れる訳にもいかぬ。
……と、思案していると柴山の爺さんが、発言した。
「ワシら夫婦には子供がおりませぬ。
これも何かの縁。
ワシの家で世話を致しましょう」
なるほどいい考えだ!
あそこの婆さんはだいぶ衰えが見えるから、若い男がいれば何かと役立とう。
爺さんがいれば力ずくでモモタロウを抑え込むことも可能だ。無体なマネは出来まい。
昔から子供がいないことを残念がっていたしな。
「ふむ、神仙で育った者は思慮深くもあるようだな。
あい分かった。
モモタロウは柴山の爺さんの所に身を寄せるといい。
こう見えても爺さんは戦場の鬼神と言われた男。
鍛錬の相手にもなる」
同意をしつつ、しっかりと釘は刺しておいた。
爺さんよ、ウチの領地の戦力増強に役立ってくれ。
※解説:
戦国時代、雑兵の殆どは農家で、戦さになると兵士として駆り出されてました。
その雑兵を取りまとめ役が元農民の武士である軍役衆です。
国の家臣団の下の地位なので武士としてはそれほど位は高くありません。
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