3話 楽しいお話

「あのクソ女が来たせいで、それどころじゃないっつーの」


 茶髪の髪を払いながらため息をつくルイちゃん。

 この子が、アニカちゃんをいじめている張本人です。

 ミサは今すぐにも、ここから逃げ出したくなりました。


「お前さぁ、アニカに構いすぎだろ。同族嫌悪じゃねぇの?」

「あたしが? んなわけねーだろ……って」


 そして目が合いました。

 ルイちゃんは口をぽかんと開けています。そしてびしっと指を差しました。


「え、だれ?」

「不審者だ」

「ど、どうもこんにちは……」


 ミサは立ち上がってお辞儀をしました。

 ルイちゃんは目をぱちぱちとさせています。


「え、不審者だったら普通にヤバいじゃん。ケント、なんで一緒にいるの?」

「こいつが勝手に付いてきた」

「ふぅーん、なるほどねぇ?」


 ルイちゃんがずんずんと歩いてきます。

 ミサの心臓はバクバクと弾けます。

 逃げ出すことも出来ずに、ついに目の前まで来ました。


「あ、あの……」

「ほうほう……なるほど……」


 じっと見てくるルイちゃん。

 ルイちゃんは、アニカちゃんとは違ったきれいさでした。

 例えるなら——アニカちゃんが月で、ルイちゃんは太陽です。ぴかぴかとしていて、思わず目をぎゅっとつむってしまうような、そんな感じでした。


「ん!」

「ひゃっ!?」


 ルイちゃんは、手を伸ばしてきました。

 アニカちゃんがされていたことを思い出して、ぎゅっと目をつむりました。私もきっといじめられるんだ。

 ミサの頬がぐっと固くなります。


 ばちん、という音は——しませんでした。


「鳥の巣みたい!」

「えっ?」

「もふもふしてるー。かわいー!」


 もにゅもにゅと、ミサの髪を触るルイちゃん。

 撫でるような優しい手付きです。ぜんぜん痛くありません。


「あなた、名前は?」

「えっと、ミサです」

「みさ。ミサ……不思議な名前だね!」


 ルイちゃんはミサの髪から手を離しません。


「あたしはルイだよ。よろしくね」

「よ、よろしくおねがいします……」

「ミサってもしかしてさぁー。転校生!?」

「いや違うだろ。不審者だ」

「不審者にしては、ちょっとねぇ? かわいすぎるでしょおー!」

「むぎゅっ」


 ルイちゃんはぎゅっとミサを抱きしめました。

 急に温かくなってびっくりしました。ルイちゃんからは、花の香りがしました。でも本当の花ではない、不思議な匂いです。


「まぁ、ちょっと臭いけどね」

「わかる。こいつ臭うよな」

「なんだろ……ハムスターの臭い?」


 そう言われて、ミサは自分の腕をくんくんと嗅いでみました。でもそんな臭いはしませんでした。どこかにハムスターがいるのでしょうか?


「まぁ、その臭いもバリ可愛いんですけどね!」

「お前の可愛いの基準、意味わかんねぇよ。亀も可愛いんだろ?」

「あのフォルムと動きはキュートでしょ。理解できないとか、ないわー」

「理解したくもねぇよ」


 ルイちゃんはまだミサを離しません。

 ミサの心臓はずっとドキドキしていました。

 怖い時のドキドキとは違った、苦しくないドキドキでした。


「ねぇねぇミサ。今度さぁ、パーティーに来ない?」


 ミサはドキッとしました。

 パーティーとは、アニカちゃんに言っていた“あれ”です。

 あの怖い顔も思い出して、胸がギュッと痛くなりました。


「いろんな子を集めて、楽しい時間を過ごすの。ミサがいれば、パーティーがもっと楽しくなるよ」

「そ、そうなんだ……」

「クソみたいなやつもいるけど。でもミサはマストだね!」

「ますと?」

「絶対に必要ってこと!」


 またルイちゃんがぎゅっと抱きしめてきます。

 ミサのドキドキはいっこうになくなりません。


「お前ら初対面のくせにイチャイチャしすぎだろ」

「あは、ハブってごめん。ケントもパーティー来る?」

「女の嫌なところなんて見たくねぇよ」

「あら。ませたガキだこと」

「お前が言うな」


 その時でした。


『ケント! ルイ! どうせここでサボってんだろ!!』


 突然、怒鳴り声がしました。大人の声でした。


「ヤベッ!」

「やばっ!」


 入り口の方から大きな足音が聞こえてきます。

 ケントくんとルイちゃんは同時にミサを見ました。


「これは洒落にならないやつだな!」

「ミサのこと見つかったらヤバいね。大問題になるよ!」


 そういってふたりはミサの手を引きました。


「オレたちが時間をかせぐから、お前は早く逃げろ!」

「え、え!?」

「あそこの体育倉庫の窓から出て。誰にも見られないから!」


 何が起こっているかわからないけど、ミサはこくりとうなずきました。

 別れ際にルイちゃんがウインクをしました。


「また会おうね、ミサ!」


 言葉を返す前に、ふたりは行ってしまいました。

 ミサは言われたとおり体育倉庫に向かい、窓から出ました。背後からは怒鳴り声が聞こえてきました。


 外に出ると、強い日差しに目が痛くなりました。

 ミサはひとまず、森の中に逃げました。

 やっぱり変な森なので、気持ちが落ち着きません。

 ミサは木の下に座り、熱くなった頬に手を起きました。


「どうしよう」


 そして、起こった事実を口にします。


「ルイちゃんと友達になっちゃった……」


 アニカちゃんのことをいじめているルイちゃん。

 そんな子と、ミサは仲良くなってしまったのです。


「アニカちゃん、ごめんね……」


 ぎゅっと胸が痛くなりました。

 そしてさらに——ミサは悪いことを考えてしまっていました。


 ルイちゃんと話すのは、楽しかったのです。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る