2話 友だちの友だち
「ミサは隠れるの、得意?」
「追いかけてくる熊から逃げたことならあるよ」
「それなら大丈夫かな……」
お昼前です。ミサとアニカちゃんは学校の前に来ました。
建物の方からは子どもたちの声がしました。
「入り口、しまってるよ?」
学校の前には大きな門。押しても動きません。
「こっち」
学校の周りをまわると、石の壁に穴が空いていました。
「遅れて来る人はここから入るの」
「前から入らないの?」
「先生に見つかると面倒だから」
そういってアニカちゃんは穴に入っていきました。
ミサもあとから続きます。
ちょっと狭いですが、すぽっと身体が抜けました。
「あれ、森に来たよ?」
てっきり学校に入ったと思ったのに、森の中でした。
でもなんだかちょっと変な森です。
木と木の間が遠かったり逆に狭かったり、池が小さかったり、わざとらしい山があったり……森にしてはきれいすぎるのです。
「ビオトープ。人が作った森だよ」
「ああ、だから変なんだ」
「変?」
「生き物が戸惑ってる感じがするの」
「なに、それ。全然わかんない」
アニカちゃんは首をかしげました。どうやら変じゃないらしいです。
ミサたちはビオトープを抜けて、建物に近づきました。
アニカちゃんは背伸びをして、上にある窓を開けました。
「ここから入るの?」
「ちょっと大変だけどね」
中は薄暗い部屋です。
アニカちゃんは窓に飛び乗ると、足をバタバタさせて入っていきました。
ミサもぴょんと跳びましたが、ストンと落ちてしまいます。もう一度ぴょんと跳んでも、入れずにストンです。
中からアニカちゃんが引っ張ってくれて、ようやく入れました。
「ホコリ臭いね」
「体育倉庫だからね」
部屋の中は授業で使う用具があります。
ミサにとっては用途の分からないものばかりでした。
魔法使いに跳び箱は必要ないですからね。
体育倉庫を抜けると、今度は広い部屋がありました。とても明るい場所です。床にはカラフルな線が引いてあります。まるで巨大な地上絵のようだとミサは思いました。
アニカちゃんはどんどん進むので、ミサは慌ててついていきます。
体育館を出て廊下を進むと、子どもたちの声がだんだん大きくなってきました。
「さて、ここまで」
階段の前でアニカちゃんが立ち止まりました。
「あたしは教室に行くから。あとは誰にも見つからないで出るんだよ」
「えっ、一緒にいてくれないの!?」
「ミサが教室に入ったら、不審者だって通報されちゃうよ」
てっきり一緒にいてくれると思ったのに、残念です。
アニカちゃんはぱたぱたと階段を登っていきました。
「ミサ」
半分ぐらい登ったところで、アニカちゃんが振り返りました。
階段の窓から差し込んだ光が、アニカちゃんを照らします。
ボサボサの金髪が光り輝いて見えました。
眩しくて、何度もまばたきをするほどです。
「ミサのおかげで、ここまで来れたよ。ありがとう」
ありがとう。
その言葉はミサにとってどれほど嬉しかったことでしょう。
ミサは自分の頬が釣り上がるのがわかりました。
「何度も言うけど、誰にも見つからないでね」
「見つかったらどうなるの?」
「うーん、警察かな」
ミサは首をかしげました。
魔女が警察を知っているワケがないですからね。
「じゃあ、またあとで」
とんとんと階段を登るアニカちゃんが横に曲がって見えなくなりました。
さて、本番はこれからです。
ミサはこっそりと階段を登りました。
これからアニカちゃんの不幸を知りに、アニカちゃんの教室へ向かうのです。
「お前、学校の子どもじゃないよな。何者だ?」
なんということでしょう。すぐに見つかってしまいました。
誰かが来てすぐに隠れたのに、おしりが出てしまったのです。
「私はミサだよ。よろしくね」
「そういうことじゃねぇんだよな」
その男の子はミサと同い年ぐらいの子でした。
ツンツンとした黒い髪に、鋭い目つきをしています。
「ちょっと捜し物をしてて」
「何を探してるんだよ」
「うーん、人?」
「なんで疑問形なんだよ。怪しい奴だな」
「怪しくないよ。ふつうの子どもだよ!」
「自分で言うな!」
男の子はため息をつきました。
表情がすぐに変わるので、見ていて面白いです。
「あなたはだれ?」
「お前が訊くなよ。教えるわけねぇだろ」
「あ、この文字知ってる! “ケント”って読むんでしょ?」
胸に付いていた白い布にそう書いてありました。
自分の名前を身体に付けておくだなんて、面白い人です。
「勝手に名前を読むなよ……まぁどうでもいいわ」
ケントくんはスタスタと歩き始めました。
ミサも後を付いていきます。
「何しに行くの?」
「ついてくんなよ、不審者」
「あなたは学校の子どもでしょ? わたし、学校を知りたいの」
「こんなクソみたいなところの何が知りたいんだよ」
吐き捨てるようにケントくんは言います。
学校は友達が出来て、勉強も出来て、いい場所だと思っていたのですが……ケントくんもアニカちゃんと同じく、学校が嫌いみたいです。みんなどうして学校が嫌いなのでしょうか?
「どこ行くの?」
「どこだっていいだろ……体育館だよ」
「たいいくかんって、あの線がいっぱいある部屋?」
体育館に着くと、ケントくんは先ほど入った体育倉庫からバスケットボールをだしました。
ダン、とボールを床に叩きつけます。体育館に響き渡る大きな音がしました。ミサの身体がブル、ブルと震えます。お腹の底が揺れました。
「ほっ」
ケントくんは片手でボールを投げました。
ぽすっ、とバスケットのゴールに入りました。
「わっ、上手!」
「別にこれくらい、だれだってできる」
「それ、面白いの?」
ぱちぱちと拍手をするミサに、ケントくんはボールを投げました。
「お前もやってみろよ」
飛んできたボールを、ミサは胸で受け止めました。ドンッと音がしました。ボールは石のように硬く、胸がじんじんとしました。
ミサもゴールをめがけて、両手でボールを投げました。
ボールはゆっくりと弧を描いて落ちていきます。ぽすっときれいに入りました。
「やった!」
「入んのかよ」
ケントくんは半笑いです。
ミサはまたボールを投げました。今度はリングに当たって入りませんでした。それが悔しくて、何度もボールを投げます。ゴールに入る度に、ミサの心がスッと軽くなるのです。
「楽しいね、これ」
「だろ」
ボールを返して、壁に寄りかかって座りました。
うっすら汗をかいています。
「ふっ、ほっ」
ケントくんはボールをつきながら、ぐるりと回ったり変な動きをしています。
まるで目の前にいる人を避けているようでした。
きゅっ、ダン、ぱすっ。
体育館に音が響きます。
なんだかぼんやりとした気持ちになります。
昼の森で休んでいるような、そんな気持ちよさでした。
「まぁ〜たサボッてんの、ケントぉ?」
体育館に女の子の声が響きました。
なんだか聞き覚えのある声でした。
「お前だってサボりに来たんだろ」
「その通りぃ〜」
体育館の入口には、茶髪の女の子が立っていました。
「あっ!」
ミサは驚きました。
その子は……昨日アニカちゃんと話をしていた、あのルイちゃんだったのです。
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