1話 笑顔のクラスメイト

森に戻ってきても、空は灰色のままでした。

ミサはぐったりと木の下に倒れていました。

あれから半日経ちましたが、元気になれそうにありません。


アニカちゃんも木の下に三角座りをしています。

お互い黙ったままです。


「アニカちゃんは、幸せじゃないの?」


日が沈みかけた頃、ミサが言いました。

アニカちゃんはギュッと膝を抱えます。


「幸せだったら、こんな顔してると思う?」


アニカちゃんは暗い顔をしています。

ミサは何も言えなくなりました。沈黙です。


「幸せってなんだろうね」


アニカちゃんが言いました。

その目は、どこを見ているかわかりません。


でも確かに考えてみれば——幸せってなんでしょう?

ミサは“なんとなくいいもの”と思っていましたが、はっきりとわかりません。

少し考えてみることにしました。


「おいしいものを食べたら、幸せだよね」

「まぁ、幸せかもね」

「のんびりすごしているときも、幸せだね」

「そうかな」

「こうしてアニカちゃんと話すのも、私は幸せだよ」


アニカちゃんは「ねぇ」と遮ります。


「ミサの幸せは、その時だけのものなの? ずっと幸せでいることってできないの?」


アニカちゃんの問いに、ミサは固まりました。

たしかに今挙げたものはすべて、その時だけのものです。

ずーっと幸せを感じていることはありません。

頭が痛くなったり、お腹が空いているときは、幸せとは思いませんよね。

ミサは悩みました。とうとう答えは出ませんでした。


「幸せになるって、難しいんだね……」


そして、魔女になるのも難しい。

弱気にもそう思ってしまいました。

こんなことで魔女になれるのか、不安になりました。


でも、約束したのです。

アニカちゃんを幸せにすると。

エマちゃんを幸せにできなかった分を、アニカちゃんに。


「私、がんばってアニカちゃんのこと——」


ミサがそう言いかけたときでした。


『あー気持ちわるいったらありゃしない!』


遠くから女の子の声がしました。

足音も聞こえてきます。どうやらこちらに向かって来るようです。


「ミサ、隠れて!」


いち早く反応したのはアニカちゃんでした。

どん、とアニカちゃんに突き飛ばされ、ミサは茂みに突っ込みました。

顔中が葉っぱだらけです。ボサボサの髪はもっとボサボサになりました。


「あいつさ、マジで死んでくれないかなぁ」

「ムリムリ、ゴキブリレベルで生きてるから」

「何しても知らん顔だし、もはや死んでるでしょ」

「言えてるぅ」


茂みの隙間から、4人の女の子たちが見えました。ミサと同い年ぐらいでしょうか。大きな笑い声が森の中に響きました。


「あ! 噂をすれば……おーい、ゴキブリ!」


先頭に立っていた茶髪の女の子が手を振りました。

ニコニコと笑顔でアニカちゃんに近づきます。


「こんな薄暗い場所でゴミが何してんのー?」

「…………」

「無視かよ。マジで虫じゃん!」


茶髪の女の子が笑い、アニカちゃんは暗い顔をします。


「妹が死んだんでしょ? もっと悲しんであげなよ?」

「…………」

「あんたも後を追ったらどう? あの世で仲良くできんじゃん!」


アニカちゃんはずっと黙っています。

うつむいたまま、スカートの端をぎゅっと握っています。

茶髪の子はアニカちゃんをにらみました。


「おい、なんとか言えよ。クラスメイト同士、仲良くしろって先生も言ってただろ?」

「…………」

「はーあ。マジつまんねー女」


茶髪の子は「こんなゴミ放って遊びいこ!」と言いました。

女の子たちは「さんせーい!」と街の方へ帰っていきます。

その途中で「そうそう!」と茶髪の子が振り返りました。


「今度さぁ、うちでパーティするんだ」

「…………」

「来なかったら、殺すから」


その声を聞いたミサは、震えました。

自分が言われたわけではないのに、自分が言われたようで、怖かったのです。

ガサガサと茂みが揺れてしまいました。ミサの身体はガクガクと震えていました。


「アニカちゃん……あの子たちは、誰?」


茶髪の子たちがいなくなってから、ミサは茂みから出ました。

アニカちゃんはうつむいたまま、動きません。

ボサボサの金髪はカーテンのように垂れていて、アニカちゃんの表情を隠しています。


「あの子はルイっていうの。私の学校のクラスメイト」


アニカちゃんの声は震えていました。


「学校って、友達と勉強するところでしょ? あの子たちと友達じゃないの?」

「友達じゃないよ……」


アニカちゃんは小さな声で言いました。


「学校って、いいところ?」

「どうだろう。あたしは大嫌い」

「そっか。私は行ったことないからわかんないけど……」


アニカちゃんは驚いたようにミサを見ました。


「学校、行ったことないの?」

「うん。ずっと魔女の修行してたから」

「じゃあ、明日行ってみる?」

「え、いいの?」


アニカちゃんが薄くほほえみました。


「どれほど酷い場所か、教えてあげる」


ミサは思います。

アニカちゃんを幸せにするためには、アニカちゃんの不幸を知る必要があります。そしてあのルイちゃんがいる学校こそ、アニカちゃんが大嫌いというその学校こそが、アニカちゃんの不幸そのものです。

ならば、ミサが学校のことを知らなければならないのです。


アニカちゃんの不幸を取り除いて、幸せにするために。

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