5話 みんな魔女が大好き

「またね、ミサ」


 日が暮れて、アニカちゃんは寂しそうに帰っていきました。


「はぁ……」


 アニカちゃんが見えなくなってから、ミサは息を付きました。


「どうやったら、アニカちゃんは幸せになるんだろ?」


 ミサは弱気になっていました。

 さっきのアイスはおいしかったのですが、心が躍ったのもつかの間。

 やっぱりどうしても、暗くなってしまうのです。


 森に向けてとぼとぼと歩き出したときでした。


「お前、魔女だろ!!」


 とつぜん怒鳴り声がしました。

 ミサはびくっと跳ね上がりました。

 振り向くと、顔を真っ赤にした男性が立っていました。50歳くらいでしょうか


「な、なんのことですか?」

「とぼけんじゃねぇよてめぇ! お前がこの“疫病”を持ってきたんだろぉ!」


 男性はつばを飛ばして叫びます。

 その手には酒瓶が握られていました。

 息が酒臭く、ミサはうっと鼻をおさえます。


「疫病って、なに?」

「何も知らねぇのかよ! 人が死ぬのも、マスク外せないのも、疫病を持ち込んだ魔女のせいなんだよ! 見知らぬ野郎がこの街にいるんじゃねぇ!」


 男の人は酒瓶をぐいっとあおり、大股で歩いて行きました。

 言ってることはよくわからなかったけど、悪意をぶつけられたことはミサにもわかりました。

 嵐が去っていった後の静けさに、ミサは泣きたい気持ちでした。

 ごーん、と大きな鐘の音がしました。街の向こうから聞こえます。

 カラスの群れが夕暮れの空を飛んでいきました。


「罪深き魔女に死を」


 広場から声が聞こえました。

 ミサは嫌な予感がしました。

 でも、引っ張られるようにそちらへ歩きました。怖いのに見たいのです。


 広場では何人ものひざまずく人がいました。

 腕を縛られてガクガクと震えています。


「死ね!」

「死ね!」

「死ねぇ!」


 群衆が魔女とみなされた人たちの周りで罵声を飛ばしています。


 その中心には、鳥の仮面を付けた人がいました。

 ミサはゾクッとします。中に人が入っているはずなのに、人じゃない。そんな黒い雰囲気を感じました。


「魔女に死を与えよう」

「やれ!」

「やれ!!」


 わらわらと人が集まってきました。みな血走った目をしていました。

 ミサは群衆の下を抜け、鳥仮面の前まで来ました。

 そうして口を開きます。


「あの……ちょっといいですか?」


 鳥仮面はミサに気付くと、ずいっと腰を折って顔を近づけてきました。不気味な真っ黒い目がギョロリとミサを見ます。


「なんだ小娘よ。今は取り込み中だ」

「この人たちは、魔女なんですか?」


 鳥仮面はちらりと魔女を見て、またミサを見ました。


「そうだ。悪い魔女たちだ」

「この人たちは、魔女ではないです」


 ミサはそう言っていました。

 そう、この人たちは魔女ではないのです。

 魔女の力を持たない、普通の人たちです。


 魔女見習いであるミサにはそれがわかります。魔女は簡単になれるものではありません。血筋でなるものだからです。それに本物の魔女なら、魔女狩りに遭う前に魔法で逃げているでしょう。


「なぜ、そんなことがキミにわかる?」


 冷たい声に、ミサはぶるっと震えました。

 鳥仮面の中はちゃんと人です。震えるほどの冷たい目でした。


「もしかして、キミも魔女なのか?」

「あの、その……」

「もしそうであれば、こうなってもらうしかない」


 鳥仮面は火の付いた松明を放り投げました。ごうっと巨大な炎が燃え上がりました。悲鳴が聞こえます。魔女ではない人たちの悲鳴です。

 目の前で焼かれる人たち。その中に小さな女の子の姿が見えました。

 

『ミサちゃんなら絶対になれるよ、素敵な魔女に!』


 そう、エマちゃん——。


「おッ、おえぇッ……!」


 ミサは吐きました。

 さっき食べたアイスがドロドロになって、ばしゃばしゃと出てしまいました。

 顔をあげると、女の子の姿はありませんでした。そもそもエマちゃんはもう魔女狩りで焼かれてしまっているのですから、ここにはいるはずがないのです。


「怪しい娘だな。裁判にかけようか?」


 鳥仮面がミサに手を伸ばした、その時でした。


「この子のことは、ボクにまかせてください」


 ぐっと、誰かに身体を抱かれました。

 顔を上げると、黒髪の子が見えました。ミサのボサボサの黒髪とは違って、まっすぐに伸びた黒髪でした。

 鳥仮面は面倒そうに「好きにしろ」と言いました。


「立って」


 彼女が伸ばしてきた手を掴むと、ぐいっと引っ張られます。

 魔女狩りから離れた場所まで行きました。


「あ、ありがとう……」


 人のいないところまで来くと、黒髪の子はミサをにらみます。


「あなた、魔女見習いでしょ?」


 急に言われてミサは言葉を詰まらせました。

 その反応で、女の子は知っていたように頷きました。


「魔女狩りの場であんなこと言って、死にたいの?」

「だ、だって……あの人たちは魔女じゃないよ」

「そんなこと、みんなわかってる」


 女の子は黒髪を手で払いました。


「魔女じゃなくても、魔女に仕立て上げるのよ。そして焼く」

「なんでそんなことするの」

「生贄が必要だから」


 いけにえ——そんな言葉が出てきた時。

 女の子がミサの頬に手を起きました。


「悪いことは言わない。魔女になんてならないほうがいい」

「でも……」

「だったらこの街から出ていきなさい」


 ミサは黙ります。

 でも魔女になりたいし、この街からも出ていけません。


「わたしは……アニカちゃんを幸せにしなきゃいけないの」


 ぴくっと女の子が反応しました。

 そして苦虫を噛み潰したような顔をします。


「幸せなんて、どこにもあるもんか。どこに行ったって、何をしたって、幸せなんてないんだよ」

「そんなこと、ないよ」

「うるさい!」


 女の子は、ミサを突き飛ばしました。ミサは地面に転がります。


「せいぜい死なないことね。死んだら魔女にすらなれないよ」


 そうして女の子は魔女狩りに戻っていきました。

 取り残されたミサ。その目尻から涙がこぼれました。


「私だって……どうすればいいのか、わかんないよっ……」


 涙が止まりません。

 ミサは拭うこともせず、遠くで上がる炎を見つめました。

 夕暮れと火柱がひとつに溶けていました。


「どうすれば、アニカちゃんは幸せになるの……」


 目をぎゅっとつむりました。大粒の涙が膝に落ちました。

 立ち上がれそうになかった、その時でした。


「こんなところどうしたの、ミサ」


 後ろから優しい声がかけられました。

 心細かったミサに、その声は温かく染み込みました。

 ミサはゆっくり振り向きました。


「……ルイちゃん……」


 ルイちゃんはにっこりと笑いました。

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