興味

三鹿ショート

興味

 私の育て方が間違っていたなどと非難されるいわれは無い。

 何故なら、私は息子が誕生するよりも前に、妻と別れたからだ。

 息子の外見はおろか、名前すら知らない人間が、何故責められなければならないのだろうか。

 私を非難する人間たちにそのことを告げていったところ、何時の間にか私は孤立していた。

 だが、それで構わなかった。

 私にとって重要な存在は自分自身であり、逮捕された息子と同様に、自分以外の人間などに興味が無かったからだ。


***


 閑職にまわされたが、気儘に仕事が出来るために、これほど良い職場は無い。

 常のように近くの公園で昼食を口に運んでいたところ、見知らぬ女性が声をかけてきた。

 身なりに気を遣っていない人間なのか、髪の毛は伸び放題であり、所々に穴が開いた衣服を着用している。

 私は食事を続けながら、何の用事かと問うた。

 彼女は私の隣に腰を下ろすと、

「私は、あなたの息子の被害者です」

 そのように告げられたが、何の感情も抱くことはなかった。

 生返事をする私に対して、彼女はわずかながら怒りの籠もった声色で、

「何か言うことはないのですか」

「謝罪を求めるのならば、無駄なことだ。罪を犯した人間は息子であり、私ではない。ゆえに、加害者でも何でもない人間が謝罪するということは、意味不明である」

 私の返事を聞くと、彼女は勢いよく立ち上がった。

「あなたが息子を真面な人間に育てていれば、私が被害者と化すことはなかったのです」

「それは私ではなく、別れた妻に言うべきだ。確かに私には息子が存在しているが、妻の腹の中に存在しているところで私の記憶は止まっている。誕生以後の責任は、妻に存在しているのだ」

「あなたの息子が私にしたことを知ったとしても、同じことを言うことができるのですか」

「息子がどのような罪で逮捕されたのか、私は知らない。知ることが恐ろしいのではなく、興味が無いだけだ」

「それならば、教えましょう。そうすれば、私に対して少しは申し訳なく思うことになるでしょうから」

 言葉通り、彼女は己や他の被害者たちが何をされたのかを克明に語った。

 興味が無いためにほとんど聞き流していたが、一言で言えば、女性たちを襲ったということである。

 当時のことを思い出したのか、彼女は途中で涙を流し始めたが、口を動かし続けた。

 やがて、全てを語った彼女は、私に問うた。

「今の話を聞いて、何か感ずることがあったでしょう」

 そこで、私は立ち上がった。

 そして、会社に戻るべく、歩き始めた。

 彼女は私を追いかけ、再び謝罪を求めてきたが、私は彼女に返事をすることなく、会社へと向かった。

 会社の入り口で警備員に止められた彼女は、最後まで何かを叫んでいたが、私はまるで興味が無かった。


***


 酒を飲んだ影響か、昼間に会った彼女のことを思い出していた。

 同時に、息子が犯したという罪がどのようなものだったのかを、頭の中で反芻する。

 それらを考えたところで、やはり私には興味が無いことだと断じた。

 しかし、腹立たしいという感情を抱いている。

 何故、人々は、成長に関わっていない人間である私を責めるというのだろうか。

 父親であるならば、自動的に子どもの成長全てに関わっているとでもいうのだろうか。

 それは、誤りである。

 何故なら、私の父親は私を熱心に教育していたが、その憂さ晴らしに同級生に対して私が暴力を振るっていたことを知らないからだ。

 父親はこの世を去るまで私が優等生だと信じていたことを考えると、親というものは子どもの全てを知っているわけではないということなのだ。

 積極的に関わっていた親がそうであるのならば、成長に全く関わっていない私が何も知らないということは当然であり、息子の犯した罪で責められるということは筋違いではないか。

 考えれば考えるほどに、怒りが強くなっていく。

 私は酒の入った洋盃を壁に投げつけると、地下室へ向かうことにした。


***


 過激に愛してしまったためか、少年たちは意識を失っていた。

 倒れている少年たちを目にしながら、彼らを大事に思っている人間ならば、私の罪を責めてきたとしても納得することができると考えた。

 そこで、私は息子が犯した罪を思い出した。

 息子が犯した罪に興味は無く、同時に、理解することができなかった。

 何故、少女たちに手を出したのだろうか。

 子どもを欲していたのならば理解することもできるが、相手は新たな生命を宿すことができないほどの年齢だという話ではなかったか。

 つまり、快楽を求めていただけだという話になる。

 それならば、性別を問う必要は無いのではないか。

 そこで私と同じような相手を選んでいたのならば、やはり血を争うことはできないのだと考えていたのだろうが、息子はそうではなかった。

 ゆえに、私は息子と、息子の被害者となった人間たちに、興味が無かったのだ。

 興味が無いことに対して言及することを求められたとしても、それに応えられるはずもないのである。

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