第9話 死んでくれないか?
「ほんとごめん! 忠告されてたのに!」
あの後も、未来からの連絡は来た。
どうやら、俺から儀式のことを聞いていた有谷は、知り合いである白岩の帰省についていき、そこでしめ縄により持ち上げられる仕組みになっている洞窟の大岩を見せられたらしい。
そこで彼は「これによって殺される」と気づいたみたいで、隙を見て逃げようとしたが、白岩によって足を包丁で切られてしまい、それでもなんとか森に逃げ込んだが、地の利はあちらにあり、道路に出ても、車で追いかけられ、捕まって、連れ戻されることになったらしい。
そして、最後には――。
メッセージは「車がある。もう逃げられそうにない。」というもので終わっていた。きっと儀式はその後、滞りなく行われたのだろう。
その連絡に約二時間付き合っていた俺は自分が追いかけられたわけでも、儀式によって殺されたわけでもないのにげっそりとしていた。
今朝自分で鏡を見て、自分でも驚いた。
目の下のクマと、焼けていない白い顔がさらに青白くなっていた。
父にも「どうしたの、その顔。憑りつかれていないのに……」と心配されているかどうか分からないことを言われたくらいだ。
有谷もそんな俺の顔を見て、いきなり謝ってきた。
そうか。分かるか。
お前のせいで俺はこんな顔になってるんだ。
「いや、俺も……説明が足りなかったと思うから……」
それでも全部お前のせいだとは言えずに俺は首を横に振った。
それに、俺の顔色が悪いのは、二時間ほど続いた未来からの連絡だけではない。
謝りながら、縁側の俺の隣に座った有谷に俺はルーズリーフを一枚渡した。
「これは……」
「昨日、俺のところに届いたお前からのメッセージだ」
古いスマホに届く未来からの連絡は、俺にだけしか見えない。俺の父にも、未来からの連絡は見えない。ならば、一般人である有谷にも未来からの連絡は見ることができないだろう。
だから、昨日のうちに有谷にも伝えやすいように届いたメッセージを文字にまとめておいたのだ。
「……俺は大岩を見て、殺されると分かって逃げようとしたけど、捕まって結局殺された、ってことか」
「たぶん、お前が連れていかれたところは山奥なんだろう。公道も一本くらいだから、お前が逃げたとなれば、その公道を巡回していれば、お前を見つけられると判断するに違いない」
ふと、話がスムーズに進んでいることに気づいた。
普通、未来のお前がこんなメッセージを送ってきたと他人に言われたら、否定しそうなものだが、有谷はすんなりと俺の言う事を受け入れて、ルーズリーフに書かれた文章を読んで、状況を整理した。
本当に俺の言う事を信用してくれてるんだろう。
「なぁ、どうして俺が嘘をついてないと思うんだ?」
「前も言ったじゃないか。真博くんは嘘をついたことないだろ」
「それでも、ここまで荒唐無稽な話は信じられないだろ?」
俺の言葉に有谷は困ったように眉尻を下げて首を傾げた。まるで、信じる方が当たり前だと言いたげな反応に俺は眉間に皺を寄せた。
お互いの当たり前が陽キャの有谷と陰キャの俺じゃ違いすぎるということか。俺が肩を落としていると、有谷が顎に手を当ててからルーズリーフの文字を指さした。有谷は俺にも文字が見えやすいようにと、少し寄ってきた。
なにも肩が触れそうなくらい近づかなくても、文字くらい読めるんだが。
距離が近いのは、有谷が陽キャだからに他ならない。
「本当に俺は八月八日、白岩さんの地元に一緒に行こうと誘われて、それをオーケーしてるんだ」
「まぁ、そうだろうな。じゃないと、お前、死なないし」
「でも、それを俺は一度も真博くんに話したことはない」
「あ」
「白岩さんから約束のことを聞いたわけでもない。そうなると、真博くんが未来からの連絡で、俺が儀式に参加させるために白岩さんに連れていかれたと知ったのは自然な流れだと思う」
俺が白岩という別のクラスの女子生徒のことを考えたのは、未来の有谷からの連絡が来てからのことだ。
あの儀式に有谷のことを参加させるために、白岩が有谷に声をかけたのだとしたら、周りにはそのことを秘密にするだろう。
人殺しの儀式なんて、他の人に知られたくないものだ。
だから、二人の約束を俺が知ることができるとすれば、それは超能力で知ったということに他ならない。
なるほど。そこまで考えた上で有谷は俺の言い分を信じているのか。だったら、何もおかしいことはないな。根拠もなく、信じられているとしたら、それこそ、有谷の頭がおかしいんだ。
「よかったよ。お前が何も考えずに人のことを信じてるわけじゃなくて」
「うーん」
有谷は眉尻を下げた。珍しく言いたそうなことがあるのに言わない。陽キャって考えていることをなんでも口に出すんじゃないのか。
「そういえば、白岩になんて言われて帰省についていくことになったんだ?」
「目的地は、元々、白岩さんのお父さんとお母さんが暮らしていた場所で、そこには白岩さんの従姉妹の岩井さんも暮らしているらしいんだ。その地元で小さな祭りをやるんだけど、年々若い人がいなくなるし、もう年寄りばかりだから若い人の手を借りたいって岩井さんが白岩さんに相談して……」
「……それでお前が変な儀式をやる場所に行くことに?」
「言っとくけど、白岩さんとはただの友人関係だからな」
「恋人でもないのに、両親の地元まで行って、挙句の果てに儀式で殺される?」
俺は腹の底にためた息を大きく吐き出した。
「お前、馬鹿なの?」
「手伝いをすることは悪いことじゃない」
「ボランティアをするのは結構だけれども!」
ボランティア精神で自分の命まで与えてたら、それはただの馬鹿だ。
「お前、もうちょっと自分を大事にしろよ。ボランティアなんてしなくても、お前の夏休みの予定なんて埋まっただろ」
夏休みといえば、陽キャにとって天国のような期間だ。家でじっとしているのもおかしい。昨日のように地元の小さなお祭りに来るのは陽キャの行動ではない。
普通、他の陽キャたちと集まって、大きな祭りに行って大はしゃぎするだろう。
「ないのかよ、海に行ったり、花火したり、バーベキューしたり……」
「誘われはしたけど、だいたいバイトがあるからって断ったよ」
「断った⁉」
夏休みに入る前、あんなにも有谷の周りには夏休みに浮足立つ陽キャたちが集まっていたのに⁉
「自分で稼いだバイト代で行けそうな場所は断らなかったけど」
遊ぶのにもお金が必要ということだろうか。俺は滅多に外出をして遊ぶことがないから、普段、有谷がどんな金遣いをしているのか知らない。
しかし、陽キャには陽キャの大変さがあるらしい。
「話を戻すけど、白岩から地元の詳しい話は? 場所とか、儀式の名前とか」
「そういうのは一切聞いていないな。八月八日になったら、俺の家まで従姉妹の岩井さんが車で迎えに来てくれることになってる」
「車で迎えに来るということは案外近場なのか?」
「到着時間は教えてもらっていないから、分からない」
分からないことばかりだ。
しかし、白岩に直接有谷が詳しく聞くのは避けた方がいいだろう。あちらについてこちらが何かを察して探っているとバレたら、なにをされるか分からない。
頭を悩ませる俺の隣で、有谷がスマホを操作していた。
「あー、やっぱりだめだ。白岩さんにどこらへんか聞こうとしたけど、ついてからのお楽しみって返された。これは絶対教えてくれないと思う」
「今、連絡したのか⁉」
「聞くなら早めの方がいいと思って」
これが陽キャの行動力。
しかし、あちらについての情報を教えないのは予想していたことだ。それならば、俺達にしかできない方法があるが……。
俺はちらりと隣に座る有谷のことを見た。
「ん?」
「有谷」
俺は今から最低なことを有谷に要求する。
「お前、死んでくれないか?」
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