第7話 縁側×かき氷


 俺から死の宣告を受けた有谷は、ぱくぱくと早くもなく、遅くもなく、普通のスピードで真っ青なかき氷を食べていた。俺が握った腕の中のかき氷は俺の体温のせいで溶け続ける。かき氷だったはずの緑色の汁が出来上がっていく。

 何か言ってほしい。

 死の宣言をされて怒っているのか、それとも俺の言葉を信じていないのか、どちらか分からない。

「どんな風に死ぬんだ?」

「え?」

「八月八日に死ぬことしか分かってない?」

「あ、いや、岩に押しつぶされて……」

「岩に押しつぶされて⁉」

 有谷は目を目一杯に見開いてかき氷を食べる手を止めた。

 驚くにしても、もっと前に驚くべき場所はあっただろう。彼の反応に俺が何も言えずにいると、彼は合点がいったように何度も頷いた。

「なるほど、その日俺が出かけたら、落石とかで岩に押しつぶされて死ぬと分かったから、八月八日に出かけるなと言ってたのか。ようやく謎が解けた」

「いやいやいや、違うだろ」

「え? 違うのか?」

「なんで、お前、俺のこと信じてんの?」

 死に方の解釈も大いに間違っているが、今はそんなことはどうでもいい。

 なんでこいつは俺の言葉を信じてるんだ。

 まだ、祭りの準備中に神社で屋台のおっちゃんたちが悪いことを起こそうとしていると聞いてしまったと言った方が信憑性が高いだろう。

 八月八日に岩で押しつぶされて有谷が死ぬという言葉のどこに信憑性があるというのだろうか。これはなんの根拠もない予言と一緒だ。

 しかも、それを言っているのは小学生の頃に距離を置いて、今までまともに話していない相手だ。信じるに値しない。

 有谷は笑った。いつも自分のことを囲んでいるクラスメイト達に向けている笑顔と一緒の屈託のない笑顔そのものだった。

「だって、真博くんは俺に嘘ついたことないだろ?」

「……」

 確かにそうだ。

 確かにそうだけれども。

「……落石じゃない。儀式で死ぬんだ」

「ぎしき?」

「お前、変な儀式に参加させられて、生贄にされるんだよ。その時に岩に潰されて死ぬんだ」

「あー……」

 さすがにこれは信じないだろう。

 屈託のない笑顔で、お前のことを信じると言った手前、彼は俺のことを否定しにくいだろうが。

 それでも、俺の見た映像は真実だ。

 俺の超能力がインチキで、俺自身が騙されていないのであれば、の話だが。

「もしかして、超能力、増えた?」

「いや、疑えよ。普通ありえないだろ、儀式とか」

「ありえないって言うなら超能力の時点でありえないじゃないか」

「そうだけれども」

 これは俺の言葉を一切疑っていないということで合っているのだろうか。「ちょっと待ってろ」と言って、俺は自室へと向かった。普段は持ち歩いていない五年以上使っているスマホを持って縁側に戻ると、俺の買ったかき氷はすっかり明るい緑の水になっていた。

「このスマホにお前から連絡があったんだ」

「それ、中学生の頃に使ってた?」

 見た目からして、昔の機種だと分かったのだろう。有谷の言葉に俺は頷いた。

「五年以上愛用している。今は家の中でしか使ってない。普段外で使ってるのは別のスマホだ」

「そのスマホに八月八日の俺から死ぬ前の連絡が届いたってこと?」

「そういうことだ」

 案外、疑われることもなく簡単に信じられて、拍子抜けだ。どうやったって、有谷に疑われて、気味悪がられて、あちらからも距離をとられると思ってたんだが。

 小学生の頃と同じで、どうやら有谷は俺の超能力を疑っていないらしい。

「それじゃあ、もう大丈夫じゃない?」

 あっけらかんとした言葉に俺は思わず首を傾げた。

「ほら、八月八日に真博くんに連絡を送った俺は、たぶん、こうやって真博くんから忠告も受けてないから死んだんだ。でも、今の俺は忠告を受けているから大丈夫だって」

「……それもそうか」

 未来からの連絡が来たとしても、その未来が確定したものではないということは小学生の頃の自由研究で証明済みだ。どうやら、有谷は俺と話していない期間の方が長くても俺の超能力について、有谷は詳しく覚えているらしい。

「それよりもどうして連絡返してくれなかったの?」

「あー……」

 俺は五年前から愛用しているスマホを縁側に置いて、その隣に普段使いしているスマホを置いた。

「俺が有谷に八月八日のことを連絡したのは五年前から愛用しているスマホだ。でも、このスマホには有谷からの連絡は来なかった」

「俺の連絡が? 未来からは来たのに?」

「たぶん、近すぎる時間からの連絡は来ないんだと思う。未来からの連絡は来るけど、今の連絡は来ない、的な……」

「……それじゃあ、真博くんからの連絡はリアルタイムで来るけど、俺からの連絡はリアルタイムだと受け付けないってこと?」

「そういうことだと思う」

「それじゃあ、新しい方のスマホは?」

「そっちはまだ五年経ってないから、未来からの連絡は来ないと思う」

 有谷はいつの間にか食べ終わったかき氷のカップを縁側に置き、ポケットからスマホを取り出した。

 そのスマホを突き出されて、数秒経って、ようやく新しいスマホでも連絡先を交換しようと言われていることに気づいた。

「古いスマホと新しいスマホ、どっちにも俺が連絡したら、未来からの連絡は古いスマホに、直近の連絡は新しいスマホに来るだろ?」

「ああ、確かに……」

 新しいスマホの方は家族以外の連絡先もいれていなかったから、有谷が家族以外で連絡先を入れた初めての人間になる。

 でも、古いスマホでの連絡用のアカウントと、新しいスマホの連絡用のアカウントは違うわけだから、どちらにも連絡をしようと思ったら、有谷は二回同じ連絡をいれないといけない。それは二度手間ではないだろうか。

「めんどくさくないか? 古いアカウントにも新しいアカウントにもメッセージを送るの」

「コピペするぐらい面倒じゃないよ。それに連絡するならメッセージはちゃんと届いてほしいからさ」

 俺は連絡先の交換の仕方さえも片手で数える程度しかしたことがないから、おぼつかないと言うのに、有谷は俺の目の前で易々と俺の連絡先を登録する。

 これが陽キャ。

 他人と連絡を取ることを苦とも思わない陽キャの頂点。俺にはとても真似できそうにない。

「それじゃあ、もう八月八日の危険はないから真博くんも安心してよ」

「あ、ああ……」

 数年ぶりのまともな会話はこんな風に呆気なく終わった。かと思ったら、立ち上がった有谷は俺に笑顔を向けたと思うと「焼きそばも食べようよ」と誘って来た。

 先ほどまでお前は死ぬと話していた相手を食事に誘うとは切り替えが早すぎる。これも俺には真似できないなと思いつつ、俺は明るい緑色の水を一気飲みして、むせた。

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