第6話 神社の祭り


 梅干しをのせた白米をゆっくりと食っていると、父が首を傾げた。

「疲れてるのなら、今日の手伝いはしなくても別にいいけど」

「いや、大丈夫。寝れてないだけだから」

 あれから返信もないまま、数日が過ぎ、ついに夏祭りの日になってしまった。

 俺が陰キャではなく、陽キャだったら、すぐ近くにある有谷の家に突撃して、届いた映像について話をしたのだろうが、俺にそんな度胸はない。

 そもそも、場所は教えてもらったことがあるが、その場所が本当に有谷の家なのか俺は知らない。

 恥ずかしい話、小学生の頃はいつも有谷が神社に来て、それから遊ぶというルーティンを繰り返していたため、俺が有谷の家に行ったことは一度だってないのだ。

「夏祭りの手伝いはするよ」

 実際、家の手伝いをするとお小遣いが出る。俺の性格を父は分かっているため、人に直接関わるようなことは任せない。こんなに自分にあったバイトは早々見つかることはない。夏祭りは稼ぎ時なのだ。

 それに今日は、有谷が来る可能性がある。

「それならいいけど、無理だけはしないようにね」

 父の言葉に頷き、ご飯を食べ終わると俺は白い着物に濃い緑色の袴を履いた。

 前日も飾りに設営にと、忙しかった祭りの現場は人が入る前も何かと忙しい。今日、踊ってくれる巫女さんの着付けが終わり、頭の飾りや扇などをせっせと運ぶ。

 着付け程度だったら俺もできる。実際、転んで少し着物が崩れてしまった巫女さんの服を直したりもした。青少年だから、こう、沸き上がるものがあるかと思ったが、小さい頃から見慣れている巫女さんの姿に対して、特別何かを感じることはない。

 あるとすれば「仕事が増える」「さっさとやらないとどやされる」ぐらいのものだ。

「あれ、有谷くんじゃない?」

 その巫女が窓から祭りを眺めると、俺にそう言った。

 巫女の中には珍しいことに同級生もいた。それが彼女だ。

 といっても、高校は一緒ではない。小学校と中学校が一緒だったその巫女は俺とも当然顔見知りで、陰キャの俺でも一応、会話はできる。巫女として夏祭りに踊るのが年に一回の楽しみらしく、珍しいことに毎回顔ぶれが変わる有志による巫女の踊りに毎年欠かさず参加してくれている。

「有谷⁉」

 普段、あまりしゃべらない俺が顔をあげて、控え室の窓に飛びつくと顔見知りの巫女は目を丸くした。申し訳ないが、驚かせようと思ったわけじゃない。

 本当に有谷がいる。

 祭りが始まって数分しか経っていない、まだぱらぱらと人がやってきた程度の中に。巫女の踊りもあと三十分後なのに、舞台の近くにいる。すでに販売が開始された屋台の食べ物を買っている様子もない。

「なんだ、友達が来るのなら言ってくれればよかったのに」

「父さん⁉」

 何故か、この時間は本殿の方にいるはずの父がすぐ後ろから顔を覗かせて、俺は思わずその場で一センチほど飛び跳ねた。当然、父は小学生の頃に有谷のことを何度も俺が家に連れてきたのを知っている。

「どうせなら、祭りを楽しんできな。人手は足りてるから。ほら、お小遣い」

 友達と一緒に祭りを楽しむことなどほとんどなかった俺への施しか、返事を待たずに緑色のがま口財布が俺の手にのせられた。

「ありがとう、父さん」

 突き返すのも悪いと思い、礼を口にする。

 白い着物に濃い緑色の袴のまま境内にいると神社の関係者だから、なにかあったら頼られる可能性がある。有谷以外の人間に話しかけられるのも面倒だと、俺は黒いパーカーを羽織った。

 八月直前だというのに、境内にそびえたっているイチョウの木の間を抜けて風が入り込んできて、涼しい。

「あ、真博くん」

 巫女さんの準備のために使われている小屋から出てくると、有谷はこちらを見て、満面の笑みを浮かべ、小さく手を振った。人目をはばからずに俺に手を振ってはいるものの、人の邪魔にならないようにと配慮して小さく手を振っているあたり、彼の好かれる性格が出ている。

 彼に近づけば、相変わらず、数センチほど目線が相手の方が高い。そのおかげで、見上げなければ、目が合わないのはとても楽だ。

「どうしてここに」

「どうしてはこっちのセリフだよ」

 彼はそう言うと、ポケットに手を突っ込んで、スマホを取り出した。

「このメッセージ」

 その画面に映っていたのは俺からのメッセージだった。「八月八日にはどこにも出かけるな」というメッセージは知っている。しかし、その後に、俺のスマホの画面には表示されていない「え? どういうこと?」「おーい」「真博くん?」という彼からのメッセージが残っている。

 そんな返事は俺のスマホには来ていない。

 もしかして、近すぎる未来の連絡は俺のスマホに届かないのか?

 これじゃあ、俺が意味深なことを言うだけ言って、有谷からのメッセージを無視した最低な奴みたいだ。

「あ、有谷、これは……」

 変な冷や汗が出てくる。

 俺は悪くないと言いたくなるが、これは確認をしなかった俺にも問題がある。いや、気になっていたのなら、有谷の方も俺のところまで来て確認すればよかったじゃないかと思うが、有谷にとっては俺のメッセージ自体いい迷惑だったのだから、わざわざ確認することもなかったのだろう。本当は聞きたかったけど、祭りの前は忙しいから、遠慮したということもあり得る。

「何度送っても返信がないから、よく分からなかったんだけど」

「ご、ごめん……何か食べるか? お詫びに奢るから……」

 申し訳なさすぎるのと、ただ立って話をするだけでは俺の情緒がどうにかなってしまいそうだ。きっとこの後、普段では話さない程の量の会話をすることになる。そのため、俺はかき氷の屋台を指さした。

「やった。じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 断られてしまい、変な空気になるのも避けることができて、俺はほっと胸を撫でおろす。父からもらった緑色のがま口財布を開けた。

 中には千円札が二枚入っていた。かき氷二つは余裕で買える。

「じゃあ、俺はブルーハワイで」

「俺は、メロンで……」

「はいよー」

 偏見だとは思うが、ブルーハワイなんていかにも陽キャっぽいものを頼んだ有谷を横目に俺はお札を一枚、屋台のおっちゃんに渡した。

 ごりごりとかき氷の機械のレバーを回すと、上から押されて削れる氷から俺は目を逸らした。

 上から押しつぶされる光景なら、もうたくさんだ。有谷もいるから、余計にあの映像のことを思い出す。

 俺も有谷も練乳は要らなかった。

 ベンチなんてものは用意していないため、俺は有谷を伴って、神社の裏手にある俺の家に向かった。

 今からする話を他の人間に聞かれて、小学校の頃のようにホラ吹き呼ばわりされたくないし、そんな風に言われなくとも心の中でイタい人だと思われたくなかった。

 縁側に座ると、どことなく有谷はそわそわとしていた。

「真博くんの家に来るの、久しぶりだなぁ」

「……そうか」

 有谷は真っ青な氷のてっぺんを惜しげもなく食べた。

 二人でこうして話すのは、ずいぶんと久しぶりなのに、有谷は変わらない。

 有谷の横顔を直視できずとも、昔と変わらない彼の様子に安心でもしたのか、俺の口は思いの外、すぐに開いた。

「有谷、信じられないかもしれないけど」

 どうしても、シロップがかかっていない部分のことが気になって、かき氷を無遠慮に混ぜた。

「お前、八月八日に死ぬよ」

 ちらりと横を見れば、有谷が先が広がったストローを加えたまま固まったのを見て、言葉を間違えたと俺は一瞬で後悔した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る