第4話 狂い


 俺の人生は有谷隆樹という人間のせいで狂った。

 いや、狂ったという程でもないし、有谷のせいにできることなんてこれっぽっちもないのだが、俺と有谷が出会ったのは小学一年生の頃だった。

 どこからか引っ越してきた有谷は俺の家の近くに暮らし始めた。幼稚園からの友人がいた俺はいきなり現れた有谷とではなく、元からいた友人たちと遊んでいたが、有谷の家よりも遠い場所で暮らしていた友人たちと毎回のように遊ぶのはだんだんと面倒になっていった。

 そんな頃、家の手伝いのため、境内を箒で掃除していると有谷がうちの神社にやってきた。

 賽銭箱の前で両手を合わせて、目を固く瞑って、拝んでるなと思ったら、三分も五分も有谷は賽銭箱の前から動かなかった。うちの神社は、地域の神社であって、遠くから人が来るわけでもない。お祭りや正月などイベントでなければ、人など滅多に来ない。一日に二、三人来る程度だ。

 俺ぐらいしか境内にいない中、有谷はずっと目を瞑って何かを願っていた。その願いの内容は分からなかった。

「なに、お願いしてたんだ?」

 お願いの邪魔をしてはいけないと小さい頃から祖父と父に言い聞かされてきた俺は、十分経って、やっと目を開けて、賽銭箱を後にしようとした有谷に話しかけた。

 大きな石の灯篭の基壇に腰かけて箒を抱えた俺を見て、有谷はその場で飛び跳ねるぐらい驚いた。

「狐⁉」

「いや、ここ、いなり様のとこじゃないし、俺人間だし……」

「あ、人間か」

 ほっと胸を撫でおろした有谷に俺は呆れながら肩を竦めた。たまたま家の手伝いだからと白い着物と濃い緑色の袴を履いていたせいで、同級生だと気づかなかったのだろう。しかも、神社にいる子供だから、人間じゃないものだとも思われた。

 その勘違いがおかしくて、俺は声をあげて笑った。

「ばっか。クラスメイトだよ!」

「え」

名雪なゆき真博。お前の左後ろの席の!」

「……ああ!」

 名前を言ってようやく有谷はクラスメイトの俺と袴姿の俺が頭の中で合致したらしい。

「ここで働いてるの?」

「うん、ここ、俺の家なんだ」

「神社が、家?」

「神社の後ろにあるんだよ、俺の家」

 思い出してみると、神社にいるのに「ここ、俺の家」と言っているあたり、また狐だの神様だの勘違いをさせそうだったが、神社の人間と言うだけで有谷の食いつきはすごかった。

「もしかして、神様が見えたりする?」

「見えないけど」

「けど? じゃあ、声は聞こえる?」

「聞こえないけど」

「匂いは?」

「分からないって」

 やけに食いついて質問をしてくる有谷をあしらいつつ、俺は彼を自分の家に招いた。

 神社に同級生がやってきたとなれば、俺の父も笑顔でお菓子とお茶を用意してくれた。

 白い着物と濃い緑色の袴を履いたまま、俺は縁側に座り、お菓子が入ったお盆を間に挟んで、有谷を見た。

「で、なんのお願いしてたんだ?」

「お願いって人に言っていいの?」

「知らない」

「じゃあ、言わない」

 人に聞かれたくないお願いなんだろう、とその時は思った。気になったけど、これ以上しつこく聞いたら、きっと父に怒られると思って、それ以上、俺が有谷の願いを聞くことはなかった。

 その代わりに、土曜日になると必ず神様にお願いをしにやってくる有谷を、俺は家に連れて行き、一緒に饅頭を食べた。煎餅の日もあった。

「学校ではさ、あんまり話してないけど、隆樹って結構面白いやつだな」

「真博もそうでしょ。なんで学校で遊んでないのか不思議なくらい」

 彼の家がどこにあるのか聞けば、俺が暮らしている家の裏だと言う。試しに二階から見下ろしたら、有谷の家が見えた。だから、土曜日になると彼は神社まで歩いてくるのだ。

 学校ではお互いすでに仲がいい友達がいる。だから、中休みや昼休みに遊ぶことはないが、他に帰る人がいなければ有谷と一緒に帰ったし、休みの日はだいたい一緒に遊んでた。

 夏休みだって、俺は家の手伝いがあるし、彼は家族で出かけるなんてことも帰省することもなかった。だから、毎日のように遊んでた。

 学校でも俺達の関係に気づいている人間はいても、家が近いからだろうと皆勝手に納得していた。

 毎日遊んでも飽きない。たくさんおしゃべりしてもしたりない。

 だから、俺は有谷のことを信頼していた。

 そして、有谷は俺の信頼を易々と勝ち取っていった。

「俺、不思議な力が使えるんだ」

 俺がそう言ったのは小学五年生の時だった。夏休みのある日、俺は愛用している子供用のケータイを有谷に見せた。

「この前、電話がかかってきたんだ。未来から!」

「未来から?」

 小学校に通うようになって、何かがあった時のために持たされていたケータイは俺の物持ちがいいこともあり、五年もの間、俺の手の中にあった。

「その未来の連絡によると……隆樹は来週の土曜日にお腹を壊して俺と遊べなくなる!」

「ほんとに? 本当にそうなったら、すぐに報告するよ!」

 初めての不思議な体験を話した相手は、そんな風に俺の言葉を受け入れた。

 それどころか、その日のうちに「本当にお腹が痛いよ!」と連絡をしてきた。

 それも未来からの連絡だった。

 そして、当日も「本当にお腹が痛いよ!」と有谷は神社までやってきて、青白い顔をしながら報告してきた。

 本当に訳が分からない超能力だった。これが超能力というのかもどうか俺達には分からない。

 分からないから、俺と有谷は夏休みの間に俺の超能力について調べることになった。

 何日後の未来まで俺のケータイに届くのか。他の電子機器でも未来の連絡を受けとることはできるのか。

 子供の好奇心とは旺盛なもので、それでいて、子供はその好奇心を他の奴らも持っていると疑っていない。だからこそ、そんな様々な超能力の研究を、俺は自信満々で夏休みの自由研究として発表した。

 結果は、散々だ。

 分かるだろう?

 他人に自分にはない超能力が使えるなんて、小学生だって簡単に信じない。信じていないそれを自由研究までして大々的に発表する馬鹿。俺は周囲からそうみられた。

 俺は残りの小学生時代を「ホラ吹き名雪」と呼ばれて過ごすことになった。

 ちなみに一緒に研究をしていたとはいえ、俺の超能力だからと有谷は自由研究のまとめに自分の名前は載せなくていいと言っていた。そのおかげで、誰も有谷が馬鹿真面目に俺の言葉と超能力を信用して、俺に協力していたと知らない。

 有谷がホラ吹きだと言われることはなかった。

 俺だって、それは望まなかったし、なんなら有谷は皆に笑われた俺を庇って「本当のことなんだ」と言ってくれた。

 だから、俺から有谷に近づくのをやめた。

 人とあまり関わらなければ、わざわざあちらから関わってくるような人間はあまりいなかった。俺の周りの小学生はからかう相手をわざわざ見つけないといけないほど、娯楽が足りていないわけではなかった。

 中学校でも同様。俺のホラ吹きネタは時折顔を出すことはあったが、陰キャとして静かに部屋の隅にいれば、なんの問題もなかった。

 最初に、俺の超能力のことを話した時、有谷が俺のことを嘘つき呼ばわりしたり、信じたりしなかったら、俺がこうして陰キャとして過ごす未来はなかったのかもしれない。

 これが、俺が有谷隆樹という男に人生を狂わされたと勝手に思っている原因だ。


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