第10話 お好み焼き論争

 翌日曜日の、午前十一時過ぎ。

 客足も落ち着いたイシバシストアの店先で、


「ほう…」


 集まった中学生四人を眺めつつ、光平ニーチャンがうなずいた。

 新しく結成された、できたてほやほやバンド。そのメンバーの背格好の統率感は、まったくと言っていいほどなかったのである。

 髪型だけとってみても、天然パーマボサボサ頭のベン、直毛前髪が目にかかっているカカシ、なんの気合かツンツン頭のタッパ、そして丸坊主の肥えた新人…。


「こいつ、ボンゴね」


 ベンが紹介した。

 呼び名の由来は言っていないが、「ボンボンの池部将吾」を略した形だ。ともあれ、これまで同級生にニックネームをつけられたこともなかったらしく、


「よろしくおねがいしますっ。だはは」


 ボンゴ本人は、いたって、お気に召したようである。


「わし、幼稚園の頃からピアノやっとりますっ!キーボードも持っとるし、バンドできますっ」


 デリカシーに欠けるデカ声に、ニーチャンは動じることもなく、


「へぇ。声の抜けもいいね」


 むしろ歓待のように感想を述べた。


「もしかして歌も好きかい?」

「はいっ」

「おぉ、キーボード兼ボーカルの誕生か。素晴らしく個性的な四人だ。とてもいい」


 どうやら褒められたらしい。四人の少年もニヤニヤと、顔を見合わせた。


「じゃあ早速だけど、まず来週までに、お前たちがやっておくこと…」


 ニーチャンが、Vサインをするようにして、以下の二つを述べた。



 一、課題の三曲を、繰り返し聴いて覚える

 二、自分のパートだけでなく、全パートを口ずさめるようにしておく



「課題の三曲は、昼めしの後に教えてやる。動画のURLを送ってやるから」

「え、それだけ?」

「タッパとカカシの楽器もまだ揃ってないんだから。夏休みまではそれでいい」

「ふぅん…」


 ベンは不満を言いたげな表情である。すっかり、いっぱしのバンドマンのつもりでいたのに…。とそこへ、割り込んで、ボンゴがたずねる。


「課題って、なんの曲やるんですかっ。今、流行っとるバンドの曲ですかっ」

「いや。それはない。この中で、最近売れてる曲に詳しい人間がいるかい?」

「………」


 言わずもがな、流行に疎すぎるほどの四人が、ここに集まっているのである。


「な。だから曲はこっちで指定するよ」


 そしてニーチャンは、ふっと真顔になった。


「それより、夏休みが始まったら、宿題は序盤にすませておくこと。家の手伝いも怠らないこと。これは、絶対の約束だぞ。ベンには言ってあるけど、そうでないとアンプの貸し出しは無しにするからな」


 勉強最優先とな。

 成績優秀とは言い難い彼らにとっては、超難問とも言えよう。

 が、あの「箱型音量増幅スピーカー内蔵機」ことアンプは、楽器そのものよりも高価な場合が多い。

 ことより、叩けば即座に大音量の出るドラムの前では、アンプに接続しないエレキギターなんぞは、ただの木の塊と化すのである。

 この条件は、飲まざるを得ないだろう。


「あ、そうそう。リーダーは、オレになったけん」


 ベンは念のため、報告した。

 四人の中では特に異論も出なかったので、満場一致であると、勝手に解釈していたのだ。

 実際のところ他の三人は、リーダーが何をするポジションなのか、およそ予想もつかず、また興味もなかったらしい。職位にこだわっていたのは、ベンのみだったのである。

 それが分かってか、ニーチャンは大いに笑って言った。


「ははは。まぁ『最悪の事態』を考えられるやつが、リーダー向きではあるからな。意外と、ネガティブなやつの方が向いてる」

「…それ、ほめられとる?」

「最悪の事態に飲み込まれるリーダーだと、ほんとに最悪だけどな。はっはっは」

「………。それと練習場所なんじゃけど」


 ベンは両親から、バンドで倉庫を使うことも了承を得ていた。「勉強をサボらず、店番もより手伝う」ということは、ニーチャンの条件とほぼ同じである。

 すんなりとお許しが出たのも、親からしてみれば引きこもりがちな我が子に、急に友人が増えたことを喜ばしく思っていたのかもしれなかった。


 とにかく、お膳立てが整ったというわけだ。


 それから四人は、二階の居間でそろって昼食をとることになった。

 ベンが、あらかじめ母親に頼んでおいたのである。

 これは「同じ釜の飯を食う」ことにこだわる、父親の勧めもあってのことだった。



 この日のメニューは、広島名物・お好み焼きであった。ふんだんな野菜・肉・炭水化物を一手に引き受ける、万能ソウルフーズである。


「ほんまは小麦粉と具を混ぜちゃいけんのじゃが、ありゃ一般家庭で作るには、ちょっと大変じゃけん。みなで食うには『関西風』がええ」


 と、ベンの父親は言う。


 ちなみに多くの広島県民は、小麦粉を薄皮に伸ばした上にキャベツをのせ、他の野菜や魚介類、肉、麺類をトッピングし焼いたものを「お好み焼き」と称し、全て小麦粉のタネに混ぜ込む焼き方は「関西風」と呼んでいる。

 あくまで「こちらが元祖である」との主張かもしれない。

 以下は、父親の弁である。


「そもそも、使っとる材料は一緒でも、作る行程が全然違うけん。『関西風』は、全部混ぜ込んで一気に焼いてしまえ、じゃろ。広島のは、お店の人が丁寧に一枚ずつ薄皮を焼いて、じっくり重ねていく職人技なんじゃ」


 どうも言い方にトゲがある。


「安芸の毛利は、長期戦になっても戦略練って、水軍で外堀からじわじわ攻めて牙城を落とす職人技。太閤は水攻めで全部流してしまえ、じゃけん大雑把なんよ」


 「関西風」の本場の方々の非難を買いそうな戦国武将論はともかく。

 広島のお好み焼きこそがホンモノだと、信じて疑わない県民は、確かに数多くいる。

 しかも、それだけ言っているにも関わらず、家庭内では大抵「関西風」を食すのである。決して頑なな主張とは言い切れず、いかんともしがたい矛盾の上に、お好み焼き事情は成り立っている…と、ご勘弁いただくほかない。

 広島の男たちにとって、プロ野球も相まってのライバル意識が、このような極論を生んでいるのかもしれないのだ。


 が、中学生男子にとっては、腹いっぱい食えれば、後はなんでもいいのである。

 お好み焼きの元祖がどっちだろうが、果ては香川・福岡の「うどん」論争だって、宮崎・鹿児島の「しろくま」バトルだって、岡山・山梨の「桃太郎発祥地」決戦だって、育ち盛りの食欲には勝てない。


 事実、ボンゴはお好み焼きの一切れを口に放り込んで、


「イカフライが入ると、歯ごたえがええですのっ」


 その体型を裏切らない感想を述べているし、タッパも、


「美味いっすね。この際、全部まとめて『広島焼き』って呼べばええんすよ」


 などと、水攻めにも勝る大胆な発言である。


「……」


 カカシは黙って、ヘラで綺麗に一口サイズに割って、丁寧に口に運んでいた。



 昼食後、ニーチャンから与えられた課題曲三曲。


 ①グリーン・オニオン(ブッカーT & ザMG’s)

 ②レッド・リバー・ロック(ジョニーとハリケーンズ)

 ③イエロー・ジャケット(ベンチャーズ)


「あれ、どの曲も、歌がなかったですねっ?」


 スマホ動画で曲を聴き終わって、ボンゴがたずねた。

 かつ、演奏している人たちはみな、モノクロ時代の映像の中であった。


「インストゥルメンタル曲…インストってやつだね。60年代の曲だよ」

「60年代って、1960年ってこと?」

「そう。ロックの古典だ」

「へぇぇ」


 自分たちが生まれるずっとずっと昔の曲―。

 いや、まるで実感が湧かない。


「そんで、全部色の名前が入っとるけど…これはなにか、意味があるん?」

 

 と、自分だけが気づいたかのように、得意げなベン。


「さっきのお好み焼きのように、色とりどりの食材を、バランスよく取り入れなさいってことかな」

「なるほどね」


 感心する四人を見て、ニーチャンはプッと吹き出した。


「こじつけだよ。ははは」

「…白黒テレビ時代の音楽なのに、色がついとるとか、そういう意味かと思った」

 

 ベンは呆れながらつっこんだ。


「あ、そっちの理由の方がいいな。はっはっは。とにかくまずは、歌ものより先に、演奏を合わせていこうってわけだよ。あとはさっきも言った通り、各自、覚えて口ずさめるように」


 そしてニーチャンは両手をパチン、と合わせた。


「じゃあ、今日は解散!」

「えぇー!」

「あのなぁ、こっちは仕事があるの」


 まったく、結成直後に解散などと、どうもニーチャンの言っていることはよくわからない。煙に巻かれた感も残る。

 が、結成してしまった以上、後には引けない…。

 いや、弾けない四人なのであった。

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