第3話 金稼ぎ

 私は牢を下水道から脱出する間で、慣れ果てた化け物を処した。が、恐らく私を逃した看守のおかげで、今頃脱走者を捜す為に指名手配をしている可能性も無いとは限らない。

 だから私はコートのフードを深く被り、顔を隠すことにする。


 そう下水道から外へ出でて、ふと辺りを見回せば此処が一つの街だと分かったので観光でもしようかと歩き始めた。

 私の目的は死神を手伝うことだが、わざわざ血眼になって犯罪者を探す必要もない。


◆◇◆◇◆◇


 すぐに大通りに出れば、街は確かにたくさんの露店や多くの人々の溢れかえって活気があったが、そんな中、憲兵も慌ただしく街中を駆け回っていた。


 やはりというべきか。私の指名手配書が街の至る所に貼り出されていた。

 顔を見られたのは、入り口の門を通った一度だけだったからか、真っ黒なフードを深く被った、顔詳細不明の雑な絵が描かれていた。

 しかし、これでは疑われても不思議ではない格好を私は今している。


 だが、こんな雑な指名手配書ならば、フードを外せば問題は無い。


『国に不法侵入したと思われる牢に入れた容疑者が脱走。正体も詳細も不明で、情報は非常に少ないが、金も持っていない貧乏人だろうと政府は予想している。 

 それらしき者を見た者は直ちに周囲を捜索中の憲兵に報告を求む。

 懸賞金は金貨十枚を褒賞とする』

 

 書かれている内容からして、懸賞金の金額は割と高いようだ。

 通貨はなんと私がいた世界と同じものだった。


 せっかく牢を出たと言うのに、一般市民に通報されては元も子もない。

 例え見つかる心配はなくとも、しばらくの期間は市民も目を光らせているだろう。慎重に行動しなくてはならない。


 さて、私は指名手配書を見て、一つのことを自覚する。

 今の自分には金が無い。だがそんなものはすぐに手に入る。

 私は目の前を歩いて来た市民に肩を擦らせるように軽くぶつかる。


「おっと、危ねぇなぁ……」


 よし。そこそこの硬貨の入った革袋が手に入った。中には銀貨が二十五枚、銅貨が十五枚あった。

 島で私は、金とは無縁の生活を送っていたが、確か通貨の扱いは……。

 金貨が最も価値が高く、銅貨一〇〇枚で銀貨一枚。また銀貨一〇〇枚で金貨一枚だった。


 銅貨三枚で食パンを一個買えるくらいで。人によるが銅貨五十枚あれば、一日の食糧が間に合う。

 仕事の平均日給は銀貨五枚以下。月給で銀貨二十枚以下。

 仕事内容次第では月給で金貨一枚以上の物もあったはずだ。


 要は仕事さえしていれば生活に困ることは無く、銀貨数十枚あれば懐に余裕があると言っても良い。

 金貨一枚は頑張れば手に入らなくも無いということ。


 だが、これからずっとスリだけで生きるというのも、いつか怪しまれれば良い訳など出来ない。

 やはりなにか仕事を探すべきだろうか。


 そう考えていると、若い五人の男集団が小さな革袋を持って一つの建物から出た途端、興奮していた。


「うっひょお! 今日はたんまり稼げたぜ!」


「これって過去最高じゃね? 頑張った甲斐があったわ〜これからそこで飲みにでも行くか?」


「馬鹿野郎。装備を整えるんだろ? 普段俺たちは飲みに行ける程の金なんて無いんだから……」


 あの建物に金を稼ぐ場所があるのだろうか? 私はその建物へ若者の後ろを通り過ぎるように入っていった。


 中は入ってからすぐにフローリングの床が広がり、受付らしきカウンターエリアと恐らく酒場であろうエリアの二つが併設されていた。


 中には、先程の男集団の様な鉄装備を着た者や、私より歳の老いた男や女達が、酒で和気あいあいと談笑している様子が伺えた。


「さて、稼ぎは……あれか」


 私が何らかの働き口があると確信したのは、受付カウンターにいる女から『報酬』という言葉と共に金を受け取る者がいた。


 給料ではなく報酬制……。此処に居る常連達は、何らかの依頼を受け、その報酬を受け取っているのかと推察する。

 私は早速カウンターに向かって歩くと、先ほど報酬を手に取った者が私の目ではなく、格好に視線を動かし、嫌悪の目を向ける。


「何で邪教の野郎が此処にいるんだ……」


 邪教……? なにか不穏な言葉が聞こえた気がするが、特に考えることもなく私はカウンター奥の金髪ロングヘアーで、緑色のスーツを来た女の前までくる。


「いらっしゃいませ冒険者……様? 見ない顔ですが、初めての方でしょうか?」


「冒険者……? とはなんだ?」


 カウンターの女は私が此処に来た事を今の一瞬で察したのか。元気な声で明るい笑顔で此処の説明を始めた。


「あぁ、初めての方なんですね。 こちらは冒険者ギルドです。

 冒険者とは世界各国を冒険し、ギルドに集められた様々な地域の依頼をこなして、お金を稼ぐ職業です。

 冒険者になるには、ギルドにて登録手続きを最初に行う必要があります。

 登録には登録料として銀貨一枚頂きます。登録、しますか?」


 なにも断る理由は無い。私は先ほどすった革袋から銀貨一枚を取り出して女に差し出した。


「あぁ、頼む」


「ありがとうございます。それではこちらの登録用紙に必須項目をご記入ください」


 紙に書かれた内容を見れば、どうやら文字も元いた世界と同じのようだ。

 書かなくてはいけない項目は……。

 名前、性別、年齢、希望職業、出身の五つだ。


 私は渡された羽ペンで項目をスラスラと記入し、出身だけ少し悩むが、正直に『マルタ島』と記入した。

 私の出身は明確には違うが、若い頃から死ぬまで長い間過ごした場所だ。出身でなくとも育ちはあの島と言ってもいい。


 それと希望職業は適当に剣士を選んだ。


 そうして記入した紙を女に渡すと、女は何故か青ざめた表情で質問してきた。


「名前はアレックスさんですね……って。いえ、冒険者様の個人情報を疑うのは良くないと分かっているのですが……。

 マルタ島って……まさかあのマルタ島ですか?」


「あのマルタとは?」


 質問の意図が分からず私は聞き返せば、女は苦虫を噛み潰したような表情で小声で言う。


「そ、そんなの! 監獄島。いや、処刑島と言われている……」


 ここで驚くのは逆に私だ。

 マルタ島。その島の名前はどんなに似ててもこの世界には存在しないはずだ。

 死神はここは別世界だと確かに言っていた。似た島の可能性もあるが、あまりにも特徴も呼ばれ方も酷似している。


 だが本当にこの世界にもう一つの島が存在するならば、その驚きは顔に出すまでも無い。

 なにも、出身だからと言って少し悪そうな人のイメージが付くだけだ。


「なにか問題か?」


 女は首を横に振って表情と話を戻してくれた。


「い、いえ。かしこまりました。私はフラウと申します。これからよろしくお願いします! アレックスさん!」


「あぁ……」


 フラウの声は明るくなったが。やはり笑顔は引き攣っていた。

 こっちにある島は監獄島と呼ばれる以上の問題があるのだろうか?

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