第2話 死喰らい

 空中に浮かぶ文字は酷く簡潔で、これだけで意味を理解するのは難しいだろう。

 しかし、これは獣を殺した直後に現れた文字。そこから推察するに、これが死神の言っていたことに繋がる成績通知書のようなものだろうか。


執行:1

残機:1

《残り 9》


 そのように考えるならば、『執行』は殺した数。残機はまだ分からない。そして“残り 9”という数字の意味も。

 もしこの9という数字が達成目標を指しているならば、割とすぐに終わるだろう。

 犯罪者など、探せばすぐに見つかる。


 私は、ふと草原の景色の奥へ目をやると、其処には巨大な壁に囲まれた建物が見えた。

 それは要塞か、刑務所なのか、正面の大きな門の前には長槍を携えて鎧を着た兵士が二人見張っており、物々しい雰囲気を醸し出す。


 鎧の見た目からして中世の時代か……死神は別世界と言っていたが私は単にタイムスリップしたのだろうか?

 だとしたら、そんな時代にあんな獣はいただろうか? 若しくは神話生物か何かだろうか? 

 いや、もう此処でいつまでも考えても埒があかないだろう。あの場所に向かおう。


 私は要塞の様な高い壁が目の前に立ち塞がる前まで来る。

 正面は大きな門があり、門までずらりと馬車の長列が並ぶ。私はその列を無視して、見張りの立つ門の正面まで歩いた。

 そして見張りをさり気なく通り過ぎようとしたその時、見張りの兵士に槍で道を遮られ止められる。


「待て……この長列を無視して此処まで来るとは……そんなに急ぎの用なのか?」


「別に急いでは無い。この先には何がある?」


 私を遮った兵士は呆れた表情で大きく溜息を吐きながら答える。


「はぁ……また不法侵入者か……憲兵! コイツを捕らえろ! 自分がどこにいるかも分からない侵入者だ!」


 なんと理不尽な。これは私が殺した親善大使とかいう人間を思い出すな。

 監獄島に流れ着いた時点で死が確定した運命を。


 私は特に抵抗はせず大人しく捕まった。そんな私でも憲兵は私の腕を容赦なく脱臼させるほどの力で強く引っ張る。

 生憎脱臼する事は無かったが、痛みが残る……。

 罪人の扱いはあまり良い物ではないな。


 そして私はまるで廃棄物の様に鉄格子で囲まれた部屋に、憲兵二人かがりで投げ込まれた。地面はレンガ造りでとても硬く、投げ込まれた衝撃は骨にヒビが入るかと思った。


 死神に別世界に飛ばされ、腹を空かせた獣を殺し、訳も分からず牢屋に投げ込まれる。

 今回の生は、運が無いな。


 暫く牢屋の中で座っていると、此処の看守だろうか。私の牢屋を通り過ぎながら、二人の話声が聞こえた。


「今さっき連れ込まれたあの囚人、やけに落ち着いてるな……」


「本当に不法侵入者なのか? 他の奴らなら出してくれって叫んで喚いて煩いったら無えのに……」


 私が落ち着いている理由は、既に処刑を体験しているからだ。

 このあとすぐに処刑されるのかは知らないが、死んだらそれはそれで、死神との約束が破られるだけで。

 私はきっと地獄に落ちるのだろう。


 ただやはり、自分が今いる状況くらいは死ぬ前に知りたいものだ。


「そこの看守よ。私はこれから殺されるのか? もし、そうなら理由を聞きたい……」


 看守は私を見て、少し驚いた表情で答える。


「そんな。殺されるなんて事は無いさ。不法侵入の疑いを掛けられただけだから、早くて三日ほど釈放されるんじゃ無いか?」


「三日か。なら大人しく待とう。釈放されるまで三日ならそう長くは無い……」


 そうして看守との会話を終えると、看守と私との間に一瞬の沈黙が生まれる。すると看守は黙って私の入っている牢に近づき、何も言わずに鍵を開けた。その行為にもう一人の看守は小声で驚く。


「おいおい何してんだよ……! 例えコイツが後で無罪だと分かってもこんな事したらやべえぞ!」


「別にいいだろ? こんな我慢強くて落ち着いた囚人は初めて見たぜ……。それに、どうせ全員把握してる訳じゃねぇだろ。

 ほら、この先の階段降りれば下水道に行けるから、そこからなら安全に脱出できる」


 甘いな。興味本位で囚人を脱獄させるとは。あの島でやったら、逆に囚人に殺されている。

 だが、三日を待たずに牢屋を出れるのは悪くは無い。


 私は看守二人に背を向きながら手を振り、別れると、言われた通りの下水道へ続く階段を下りる。

 

 階段の先は確かに下水道だった。私は人生で初めて下水道を通った。強烈な臭いが鼻をつんと痺れされる。生ゴミや動物の死骸の腐乱臭。


 だが慣れている匂いだ。島では日常的に嗅いでいた匂いだ。

 それから私はしばらく道を進むと、さらに強い激臭が漂ってきた。

 だがその匂いの正体は、下水道を真っ直ぐ進んだ先にある少し広めの場所に“居た”。

 

 それはかつて人間だったのであろう。醜く肉が垂れ、泥で真っ黒に染まり、最早化け物と形容出来るそれがいた。

 化け物はもう原型を留めていない何かを切り刻んでいる最中で、私のことを目で見るや否や、下水道の空気を震わせる程の咆哮を上げる。


「ウオオオオオ!!」


 これは犯罪者なのだろうか。今切り刻んでいた物が、既に死んでいた生き物か、それとも化け物が殺した物なのか。

 後者なら殺さなくてはならない。


 死神は言った。それが犯罪者であるかどうかは自分で決めろと。

 だがこの言葉は、殺すべき存在は直感で知れ。という意味でもある。

 私は顎に手を添えて少し考えるが、答えを出すまで待ってくれる相手では無い。


 化け物は大声を上げながら、私に向かって走り、巨大な鉈包丁を大きく振りかぶる。


「少し静かにしてくれ」


 私は咄嗟にレイピアを構え、振り下ろされようとしている片腕の懐に一歩踏み出し、腕の筋肉を一撃で切り裂く。

 そうすれば化け物の腕はぐったりと落ち、勢いは私の後方へと流れた。


「グギャアッ!? ナ、ナァッ!?」


 私は今やっと答えを出す。

 化け物は殺すべきだと。相手は完全に私を殺すつもりで武器を振り上げていた。もうそれだけで犯罪者ではないだろうか?


「フーッ、フーッ! ウガアアアアッ!!」


 また化け物は雄叫びを上げながら、次は武器を持たないもう片方の腕で身体を守りながら、全身全霊の突進を仕掛けて来た。


 次は仕留めよう。いまだにスキルとやらの使い方が分からないが、相手が犯罪者であることは変わらず、例の文字が出なくとも失敗扱いにはならないだろう。


 私はレイピアの切先を真正面に向けるように両手で構えれば、化け物の突進の勢いを利用し、半ば衝撃を受け流すように、化け物の喉に深く突き刺した直後に素早く化け物の真横を通り抜ける。


「死ね」


 喉を切り裂かれた化け物は、突進の勢いはそのままに、身体を回転させながら首から血飛沫を上げ、背後の壁に激突する。


「ゴエェッ……!? ア゛ッ……」


 最後に死体確認をする。化け物はまた白目を剥いて絶命していた。


執行:2

残機:2

《残り 8》


 答えは正解だったようだ。

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