第6話 王妃の危機

 

 翌日、マーガレットたちは朝早くから町へ繰り出した。

 昨日とは違い、町の外れにある広場を目指して歩いていると、その途中でロックスの姿を見つけた。



(何をしているのかしら……?)


 どうやら彼は何かを探しているようで、キョロキョロと周囲をうかがっているようだった。それを見たマーガレットは、声をかけようと足を踏み出す。……が、そこでふと思い留まった。



(待って。今話しかけたら、迷惑になってしまうんじゃ……)


 彼が誰かと待ち合わせをしている可能性だってある。だとしたら、下手に声をかけるのは良くないだろう。



「ちょっと、マーガレット様!? どこにいくんですか? ロックスさんがいましたよ!?」

「いいの。お邪魔しては悪いだろうし……」


 マーガレットは踵を返し、ロックスに見つからないようにその場を離れようとした。

 しかしその直前、ロックスの方も彼女に気づいてしまう。


 彼はハッと目を見開くと、こちらに向かって駆け寄ってきた。そして開口一番、彼はにこやかな笑顔で言った。



「良かった、今日は会えないかと思ったよ!!」


 その言葉を聞き、マーガレットの心臓は大きく跳ね上がった。


(えっ、もしかして私たちを探して……?)


 ロックスの行動の意図がわからず困惑するマーガレットだったが、彼の視線が自分の頭に向けられていることに気がつき、慌ててそれを手で隠す。



「ふふっ。気に入ってくれたようで嬉しいよ」

「……せっかく頂いたんですもの。使わせていただいています」


 マーガレットは照れ隠しのために笑ったが、内心では喜びを感じていた。


 こんな些細なやり取りが嬉しくて堪らない。

 きっと今の自分は、締まりのない表情をしているに違いない。そう思うと恥ずかしくなり、思わず顔を隠すようにして下を向く。



「あらあら、マーガレット様ったら乙女みたいな反応しちゃって……うぷっ!?」


 茶化そうとしたエメルダの口を、マーガレットは即座に手で塞ぐ。


 マーガレットとしては、あまり余計なことを言ってほしくない。


 だがエメルダは、肩をプルプルと震わせて笑いだす。まるでこの状況を楽しんでいるかのように。


(もう! エメルダのバカ!)


 エメルダを叱ろうとしたその時だった。突然目の前に影が現れ、視界が暗くなる。驚いて上を見ると、そこにはロックスが立っていた。



「楽しんでいるところ悪いんだけど、今日はちょっと悪いしらせがあるんだ」

「……何かあったんですか?」


 マーガレットが尋ねると、ロックスは深刻な面持ちで答える。



「実はさっき、この町にいる僕の部下から連絡が来てね。どうやらこの辺り一帯で、盗賊の活動が高まっているようなんだ」


 ロックスの話によると、彼らは町の人たちを脅し、金品を奪って回っているのだという。幸いにして死者こそ出ていないものの、怪我人は出ているようだ。


 その話を聞いて、エメルダの顔色が変わる。



「まさか私達を襲った奴らは……」


 エメルダの言葉に、ロックスは難しい顔をした。



「残念ながら、その可能性はあると思う。君たちの身なりは良かったし。先日の復讐を兼ねて仲間を呼んできたのかもしれない」

「そんな……」


 マーガレットは絶句する。自分のせいで関係のない人々が被害に遭うなど、あってはならないことだ。すると、そんな彼女の思考を読んだのか、ロックスが言う。



「まぁ、あくまで可能性だけどね。でも用心に越したことはない。悪いけど、今日はもう宿に帰った方がいい」


 そう言うロックスの目は真剣そのもので、決して冗談ではないことが伝わってくる。


 彼の指示に従うべきか迷っていると、マーガレットはふとあることに気がついた。それはロックスの背後にある建物の陰に、見覚えのある人物が立っていることだった。


(あれは……あの時の男!?)


 間違いない。昨日、自分たちを襲ってきた男たちの一人だ。男はチラチラと周囲の様子を窺っている。


(どうしてここに……? もしかしてわたくしたちの後をつけてきた?)


 そう考えると辻妻が合う。

 つまり、彼らはすでに自分たちを狙っているのだ。


 マーガレットはその事実を告げようとしたが、その前にロックスによって遮られる。



「君たちは何も心配しなくても大丈夫だよ。後は僕に任せてくれればいい」


 ロックスは安心させるように微笑むと、マーガレットの耳元で「僕が囮になるから、二人は走って裏路地に逃げてほしい」と囁いた。


 そしてそのまま、彼は身を翻してゴロツキたちの方へと走り出す。マーガレットは彼の背中を見送ることしかできなかった。



 しばらく呆然としていた二人だったが、やがてどちらともなしに走り始める。



「どうしよう、エメルダ。このままじゃ、ロックス様が危険な目に遭っちゃうわ」

「……とりあえず、今は逃げるしかないです。あの人の言った通り、私たちにできることは何もありません」


 エメルダの冷静な判断に、マーガレットは悔しげに唇を噛んだ。


 そして、彼女らは決断を下す。

 自分たちはロックスに守られた。ならばさっさと逃げて助けを呼ぼう――。



 ロックスと別れたマーガレットとエメルダは、町中を駆けていた。


 しかし、いくら逃げても一向に追っ手の姿が見えてこない。それどころか、裏路地には人っ子一人見当たらない。


(おかしいわ。これだけ動き回っているのに、誰も出てこないなんて……)


 まるで町全体が息を殺しているような静けさだ。それが不気味に感じられ、マーガレットは思わず立ち止まる。


 するとその時、後ろを走っていたエメルダが突然悲鳴を上げた。



「キャッ!!」


 マーガレットが驚いて振り向くと、そこには男に腕を掴まれたエメルダがいた。



「エメルダ……!」


 彼女を捕らえたのは、以前マーガレットたちを襲ったゴロツキの一人だった。



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