第5話 王妃が欲しかった言葉
ロックス・サンフィールド。
彼は隣国サウジッド生まれの貴族であり、同時に若くして外交官を務めるエリートでもあった。
そして今はボルケ領の優秀なガイド役として、二人の女性をエスコートしていた。
「まずはこの大通りから回ろうか」
「はい!」
「よろしくお願いしますね」
彼はまず、町の中心に位置する大きな広場へと彼女たちを連れて行った。噴水を中心に、花壇やベンチなどが設置されている。憩いの場といった雰囲気だ。
さらに少し進むと、土産物屋が立ち並ぶ商店街が現れた。
道に沿って、様々な店が軒を連ねている。ロックスはマーガレットとエメルダを連れて、町の中を見て回った。
マーガレットにとっては初めて訪れる土地だし、エメルダにとっても馴染みのない街並みである。そのため、二人が興味を持ったものは片っ端から案内していった。
「ここは工芸品の屋台が多いですね。あっ! あそこのアクセサリー綺麗ですね! 買っちゃおうかな~」
「おっ、お姉さん見る目があるね! これはこの町でしか買えない『カンザシ』っちゅう髪飾りだ」
「へぇ~、これがそうなんですか! すごく素敵~、どうやって使うものなの!?」
露天商の男に話しかけられ、エメルダが食いつく。彼女はキラキラとした瞳で商品を見つめると、店主に質問を投げかけた。
ロックスも会話に加わり、三人は和気あいあいと話し始める。
「へへっ。嬢ちゃんは可愛いから安くしておくぜ!」
「本当ですか!? やったー!」
「いいのか? 元々相場より安いように思うが」
「あぁ、嬢ちゃんたちみたいな観光客のおかげで、俺らは助かってるんだ。良ければ他の店も覗いてやってくんな」
そう言って露天商の男はエメルダに釣りを渡すと、笑顔で手を振った。
それからしばらく町のあちこちを散策した後、マーガレットたちは広場にある喫茶店で休憩することにした。
店内は落ち着いた空間が広がっており、テーブル席には紅茶の香りが漂っている。窓際の席に座ったマーガレットたちは、それぞれ注文した飲み物を口にした。ちなみにロックスだけはコーヒーを飲んでいる。
「いやぁ、良い町ですね! 賑やかだし、住人も優しいし!」
エメルダが満足げに微笑む。カンザシを頭に着けた彼女は、先ほどからずっと上機嫌だった。きっと初めて訪れた町で、心から楽しんでいるのだろう。
「たしかにゴロツキという例外はいたけれど、全体的に雰囲気が良いね。これもこの国の治世が優れているおかげなんだろう」
ロックスの言葉を受け、マーガレットは黙り込んでしまった。
彼が言う通り、この町は活気がありとても平和だ。屋台の主人もここ数年で観光産業が盛んになって、生活が楽になったと言っていた。すべては王の治世のおかげだとも。
(わたくしも頑張ってきたんだけどな……)
国のために努力を重ね、国民のために身を粉にして働いてきたつもりだ。だけど、その功績は王族以外の人間にはほとんど知られていない。
そのことを改めて突きつけられた気がして、マーガレットは複雑な気持ちを抱いた。
「でも僕が一番すごいと思ったのは、王を支える人たちだよ」
「え……?」
ロックスの発言に、マーガレットは顔を上げる。
すると彼は穏やかな笑みを浮かべながら、話を続けた。
「この国の官僚は本当に優秀だよ。僕の国なんかよりもはるかにね。特に王妃陛下は女性でありながら、政治をよく分かっている。だけどそこまでたどり着くのは、きっと並大抵の努力ではなかったはずだ」
彼の言葉を聞き、マーガレットは思わず息を呑む。まさか、自分のことを褒められるとは思っていなかったからだ。それと同時に、胸の奥に熱いものが込み上げてくるのを感じた。
(やっぱりこの人はいい人だわ。目の前に本人がいるから、あえてそう言ってくれているのかもしれないけれど……それでも嬉しい)
そんなことを考えていると、不意にロックスと目が合う。
「そうだ。良かったらこれを貴女に」
「え? これは……髪飾りですか?」
ロックスから手渡されたのは、
マーガレットは戸惑うような表情を見せたが、ロックスは構わず続ける。
「さっきの露天商の店で見つけたんだ。マーガレットさんに似合いそうだと思って。是非貰ってほしい」
「わ、わたくしのために、わざわざ選んでくださったのですか!?」
「もちろん。せっかく美しい髪をしているんだから、もっと目立つようにするべきだよ」
「……ありがとうございます」
マーガレットは嬉しさのあまり、涙ぐんでいた。
もちろん、王城にいた頃は宝石や豪華な衣装に囲まれていた。しかし、それはあくまでも社交界を渡り歩くための武器である。だからこそ、こうして純粋に自分を喜ばせるために贈られた品は久しぶりのことだったのだ。
さっそくマーガレットは自分の髪に、貰ったばかりの髪飾りをつけた。そしてその様子を見たエメルダがニヤリと笑う。
「よくお似合いですよ、マーガレット様!」
「そ、そうかしら……」
「はい! もう超絶可愛いです! ねっ、ロックスさん」
「あぁ、想像していた以上に素敵だ」
「ほ、本当ですか!?」
二人の言葉を真に受け、マーガレットは頬を赤く染める。そのまま彼女は、もらった髪飾りを手で触り始めた。
それからしばらく食事を楽しみ、再び町中を歩いて回る。
町の中心部を一周したところで、ロックスは時計を確認した。もうそろそろ夕方になる頃合いだ。これ以上は暗くなって危険であると判断し、今日の観光はここまでにする。
最後に彼はマーガレットたちを宿の近くまで送ると言い出した。二人は遠慮したが、ロックスは頑として譲らなかった。結局、押し切られる形で承諾する。
「ロックス様、とても紳士的でしたね」
宿の部屋に戻ったマーガレットとエメルダは、ベッドに入って今日一日を振り返っていた。
ロックスに案内してもらったおかげで、この町について色々と知ることができた。マーガレットにとっては収穫の多い一日だったと言える。
エメルダもご満悦の様子で、購入したばかりのカンザシを枕元に置いていた。そしてマーガレットも……。
「そうね。まさか、わたくしのことを褒めてくれるとは思わなかったわ」
この国では、女性が政治に口を出すことはあまり好まれていない。
だから今まで、マーガレットがしてきたことを評価してくれる人などいなかった。
だが今日は違った。彼はマーガレットのことをしっかりと見てくれていたのだ。それが嬉しくて仕方がない。
その一方で、マーガレットの心の中には小さな不安が生まれていた。それは、ロックスに対する接し方だ。
「……ねぇ、エメルダ」
「はい?」
「あなたから見て、ロックスさんってどういう男性に見えるかしら」
マーガレットの問いに、エメルダは不思議そうな顔をする。
そして少し考えた後、彼女は答えた。
「そうですねぇ。彼の印象を一言で表すなら、誠実な王子様って感じですかね」
「誠実な、王子……」
「はい。悪い印象は全然ありませんね。むしろ好感が持てると思います」
彼女の回答に、マーガレットは布団の中で小さく俯いた。
(初めての感覚だわ。ロックス様のことをもっと知りたい……)
そんな欲求が湧き上がってくると同時に、チクりとした痛みが走った。男性に興味を抱くことに対する、夫への罪悪感だろうか。
しかしマーガレットはそれに気づかぬふりをし、思考を巡らせる。このまま彼との繋がりを絶ってしまうには惜しい。せっかくこうして仲良くなったのだし、もっと話をしてみたい。
(明日もまた彼に会いにいってみましょう。あくまでも、わたくし自身の見識を広めるために……)
そう心に決めたマーガレットは、わくわくする気持ちを抑えつつ眠りについた。
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