第106話:目覚めた雪人の中のオオカミ



 二十五日クリスマス、午前と午後の練習を終え。


 本日三度目の練習を上手く終了する事ができたアカネと雪人。


 感極まって、雪人に抱き着いたアカネに。


 雪人もまた、感極まり、感情が、ぷつん、と。



「アカネっ、アカネっ!」


「え? ちょ、雪人くん!?」


 アカネをソファに押し倒し、抱き着き、そして。


「ちょっと待って、雪人くん、待って、待って!」


 じたばた。


 本来なら、喜ぶべきはアカネではあるが。


 突然の事に、防衛本能が働いたのか、雪人を拒絶する行動。


 雪人を押し退けようとするが、雪人に押さえつけられ、身動きが取れなくなり。


「ちょっと、やめて、乱暴はダメっ、雪人くんっ」


 もはや、理性を失ったユキの姿の雪人に。


 なす術もなく。


「ダメ、ダメっ、ダメだってばっ、雪人ぉっ! コラぁっ!」


 迫るユキに。


「うぅ……こんな……」


 こんな形で、と、残念に思いながらも。


 いずれ、が、今か、と。


 半ば、観念したアカネも。


 雪人を受け入れる覚悟を決めて、待ち受けるが。


 寸前。


「ちょぉっと待ちなさいっ!」


 帰宅した母達に、救われる。




―――――――――――





「ごめんなさい……」



 正座、からの、土下座。


 頬がまだ、真っ赤に染まっているのは。


 母たちの、往復ビンタの、跡。


 母たちの救援で結果、事無き。


 雪人の姿に戻ったユキちゃんは、意識も普通の雪人に戻り。


 アカネからの事情聴取で状況を把握した母たちから、雪人へのお説教。


 ある意味。


 アカネや母たちも、願っていた部分も無きにしも非ずではあるも。


 自制心や理性が吹き飛んでしまった雪人の本能が露わとなり。


 いかんせん、タガの外れ方が、極端過ぎた。


 これまで、抑制しすぎていた反動、とも、言えなくも、無い。


「アカネちゃん、それに美里も、ちょっとこっちへ……あ、雪人はしばらくそこで正座、ね?」


「何? 雪枝さん」

「雪枝ママ?」


 正座雪人をリビングに残し。


 女性陣三名、母たちの寝室へ。


「こんなこともあろうかと、こちらをご用意致しました」


 いつもと少し雰囲気の違う雪枝が取り出した、モノ。


 小さな、箱。


「これは?」


 箱を受け取って、しげしげと眺める、アカネ。


 中も見てみると、薬らしい。


 中にあった説明書で、その薬の効能を知ると。


「うけっ」


 ぼんっ、と、顔が真っ赤になる。


「もうね、こうなったら、今夜、済ませちゃっていいんじゃないかって思って」


「そうね……『セイなる夜』だしね……アカネ、どう?」


「どどど、どうっ、て言われても……あ、あ、相手の……ゆゆゆ、雪人くんのご意見も、ちょ、ちょ、頂戴しないと、だし……」


 薬の意味と、母たちのススメ。


 その先にある、もの。


 それを想像して。


 いや、これまでも、幾度も想像はしてきたが。


 直近の現実のものとして、考えれば。


 まだ、実感が、沸かない部分も多々。


 しかし。



 つい先ほどの、雪人の行動を、思い起こせば。


 あの時のアカネ自身の心情を、思い起こせば。


「とっ、とっ、とっ、と、とりあえず、お風呂入ってきていいかなっ!?」


 汗いっぱいかいたしっ! と、アカネは逃げる様に、バスルームへ。


 母たちも、娘の心情を察知して、どうぞどうぞ、ご飯用意しておくからね、と見送り。


 バスルームへ向かうアカネが、リビングでちらりと。


 正座して項垂 うなだれる雪人を横目に。


 しかし、かけるべき声を思いつかず、そのまま素通りして。


 湯舟に浸かり、ほぅっとひと息。


 ぼんやりと湯舟の中で、思考。



 夫が、旦那が。


 落ち込んで、いるなら。


 こんな時、嫁なら……妻なら……。



 夫をたて、なぐさめ、癒やし、共に……。



 失敗して、再挑戦して、成功して、よろこんで。


 よろこびを分かち合って。



「よぉっ、し!」



 ざばぁっ、と、湯舟から立ち上がり。



 いざ、『セイなる夜クリスマス』。




 その本番へ!




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