第84話:雪枝の迷い



 雪人の母、雪枝は。


 恋人が出て行った自室のベッドに寝転んで。


 目を閉じて、想う。


 息子のこと……雪人のこと。


 恋人のこと……妻のこと……美里のこと。


 愛する人の、娘のこと……アカネのこと。


 そして、自分のこと。



 子供が欲しい、と、望みを叶え。


 出産のために入院した病院で、美里と出会った。


 想いを語り合い、意気投合して。


 偶然にも、ほぼ時を同じくして産まれた、二人の子供。



 母二人で、共に力を合わせて、子供二人を育て。



 協力関係の友情から、愛情へと変化した想い。


 身も心も、そしてその血の流れさえも、ひとつになりたいと。



 息子と、娘。


 その二人を結び付けて、自分達の血族を、と。




 ただ。


 女ばかりの家庭で。


 息子は、雪人は。



「やっぱり、男成分が不足しちゃってたのかなぁ……」


 年頃の男子ならば、が、息子の雪人には、少なすぎ。


「あのアルバイトをさせたのも、失敗だったかなぁ……」


 少女向けのアパレル会社『LADYレディSNOWスノゥ』のブランド『YUKIユキ』。


 その商品になる少女向けの衣装のカタログのモデルを、我が息子に。


 童顔で小柄な雪人に。


「アカネちゃんに頼みたかったけどなぁ……」


 当のアカネが、写真に撮られて、一般に曝されるのを嫌ったため。


 雪人にお鉢が回ってしまい。


 雪人も、嫌々ながらも母達のために、と、ひと肌、ふた肌、脱いでくれたが。


「下着まで女の子のを着けるようになっちゃうなんて……」


 そんなこともあり。


 奥手な息子を見ていると、少しモヤモヤしてしまい。


 もっと大胆に! と。


「多少、強めにでも、矯正してあげないと、って思うんだけど……」


 美里の言うように。


「ちょっと、焦りすぎちゃったかしら……」


 あと、二年。


 もう、二年。


 まだ、二年?


 長いようで、短い。


 短いようで、長い。


 どっち?


 でも、放っておいたら、一向に進まないようにも思える。


 だからこその作戦ではあるけど。


 うまく進まない、進んでいない感も強い。


 それにしても。


「はぁ……美里と口論なんて……初めてよね……」


 これまで、意見が食い違うことなど、ほぼ、なかったのに。


 仕事でも、私事でも。


「うぅ……どうしたらいいんだろぉ?」


 美里のこと。雪人のこと。


 母として、直接、息子を、導いてあげる必要が?


 でも。


 美里にも猛反対されるだろうし。


 美里に頼む?


 アカネちゃんに頼む?


「アカネちゃんにも迷惑かけてるわよねぇ……」


 積極的なアカネと消極的な雪人。


「アカネちゃんも、随分と我慢してくれてるみたいだしねぇ……」


 アカネの愚痴も聞いている。


 雪人ともっとイチャイチャしたい、と。


 普通の高校生の状態からすれば、雪枝自身の高校時代の記憶からすれば、十分すぎる程のイチャイチャではあるも。


 アカネにしてみれば、もっと、先へ、と。


「なにが、雪人を、あそこまで奥手にしちゃってるのかなぁ……?」


 ぐるぐると同じところを回る思考。


 明確な答えに、辿り着けない。


「んー!」


 ばっと、目を開き、上半身を起こして。


「のど乾いた……」


 ベッドから降りて、部屋を出ようとドアを開けると。


「あ、雪枝ママ、丁度よかった!」


 アカネがまた訪れて来た。


 後ろには、美里も。


「ちょっと、お話、しましょ」


 三人は、そのままリビングへ移動。


 雪枝と美里は、少し気まずい風にいつもより、間を開けてソファに座る。


 アカネはお茶を淹れて戻り、二人の母の前に座り。


「雪枝ママ、ちょっと聞いて、ね?」


 雪枝に語りかける。


 雪枝も、無言で頷く。


「えっとね……」




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