容疑者は一つの屋根の下
俺は探偵らしくさっそく状況を聞き込むことにした。月村さんは最近臨時収入が入ったらしく、現金500万円を棚に入れていた。今日は土曜日のため、大学も休みで、近くのカフェのバイトに行って帰ってきたところだった。下で俺達と話した後、三階の305号室に入ったところ、空き巣と鉢合わせたようだった。空き巣は500万円を見つけていたらしく、月村さんの帰宅に伴い、窓から逃げていったようだ。臨時収入があったことを知っているのは、彼女の友人である、池田のみ……。と言いたいところだが、どうやら電話で、しかも大声で話していたようで、同階の住人も知る話のようだった。また、大家さんの話によると数時間前からエントランスで掃除をしているが誰も怪しいやつはマンションに入ってはいないらしい。またこのマンションは防犯に優れており、窓からの侵入は不可能となっている。壁のセンサーが反応し、サイレンがうるさいくらいに鳴り響くからだ。俺も一度洗濯物を落としてしまったときにセンサーに引っ掛かり、朝早くからペコペコと謝ったものである。しかし玄関側はそれほど厳重ではなく、知識のある者ならばすぐに開けられそうな戸である。
さて、必然的に容疑者が絞られてきた。ふと顔をあげると、いつのまにか、三階に上がってきた大家さん含め四人の人物が俺の後ろから部屋を覗き込んでいる。
「なんか叫び声聞こえたんすけど」
「どうかされたんですか?」
「もしかして空き巣ですか……?」
この階の住人達だ。この階には現在、四人の人物が住んでいる。被害に遭った月村さん、金髪で色黒の典型的な遊び人といった風貌の男性の乾さん、美大に通う真面目で堅物な男性の大神さん、あまり目を合わせてくれない眼鏡をかけた女性の海老名さんの四人だ。
「実は空き巣被害が発生しまして……」
「空き巣ですか……?」
海老名さんが怯えたようにこちらを見る。
「警察はもう呼んだのですか?」
大神さんが尋ねる。
「いえ、警察には被害者の方が連絡をしてほしくないとのことで」
「はぁ? どういうことだよ?」
「すみません、乾さん。皆さんにも協力をしてほしいのですがよろしいでしょうか?」
「仕方ねぇな……なんだよ?」
俺が頭を下げると乾さんは思ったより素直に応じてくれた。
「ありがとうございます! さっそくですが皆さん、これまでどこで何をしていたか教えてもらえないでしょうか?」
「わかったよ、ほら」
乾さんは真っ先に戸を開けて部屋を見せた。
「ほら、ここでオンラインカラオケをしてたんだよ」
部屋には今すぐに切断したであろうパソコンとカラオケソフト、スナック菓子が置いてある。なるほど彼の手にも粉が付着していることを見るに本当だろう。
「これで良いだろ? 早くカラオケに復帰したいからよ」
「最後に、月村さんとこれまでに何か交流は……?」
「戸を閉めるのがうるせぇって言われたことはあるよ。それだけだ」
乾さんはそう言って部屋に戻っていった。
「ご協力感謝します」
続いて隣の大神さんの部屋にお邪魔した。大神さんは課題の絵を朝から描いているらしく、大きく真っ黒なキャンバスに真っ赤なリンゴを持つ白い腕が描かれている。手や服にも絵の具が跳んだのか手は所々に赤色や青色が付着し、白いシャツには黒い絵の具や緑の絵の具がベタベタとついている。念のため彼の手や服に触れたがまだ乾いていなかったことから付着してすぐだということがわかる。
「君、月村さんはなぜ警察を呼ばないんだ?」
大神さんは強い口調で俺に聞いてきた。
「本人には言ったんですがね……」
俺は月村さんの言ってたことを説明した。
「空き巣が出れば警察に連絡した方が良いだろうに……」
「最後に月村さんのこと、何か……」
「知るわけないだろう! 私は家ではずっと作品を描いているんだから」
大神さんはそう言いながら部屋の戸を閉めた。
最後に海老名さんの部屋も訪れた。海老名さんの部屋は女性らしい可愛い物で飾り付けられており、本人の地味さとはまるで違った雰囲気を持っていた。また、推理小説マニアらしくトリックや犯罪の方法といった本も多く見られた。
「あの、そういうのいっぱいありますけど……。してません……。本当に」
海老名さんもそれは怪しまれると思ったのか、本棚を眺める俺に小さな声でそう言った。
「じゃあ月村さんについて何かあれば……」
「月村さん……。そうですね、綺麗な人だし憧れの人です。何か私にも力になれれば……」
「あれ?」
見ると海老名さんは手に包帯を巻いていた。
「それ、怪我が何かですか?」
「あ、これはこの前料理で失敗して……」
俺は気をつけてくださいねと声をかけ、部屋から出た。
部屋の外では大家さんが静かに待っていた。
「どうだい? 名探偵さん」
大家さんが入れてくれていたお茶を俺は一気に飲み干した。
「……苦いですね」
「こぼすんじゃないよ? お茶の葉はとりにくいんだから」
じゃあなんでお茶なんだ。
「しっかし犯人も大丈夫かねぇ?」
「どういうことですか?」
「だって三階の窓から飛び降りたんだろう? あたしなら怖くて無理だね」
大家さんは笑った。
さて、自称名探偵の俺だが、実際の事件に出くわすととんと見当がつかない。俺はとりあえず外に出て今までの情報をまとめることにした。
「やれやれ。今朝、遊んでいるときははこんなことになるなんて思いもしなかったよ……」
その瞬間、俺には犯人がわかった。
「……いや、おかしいやつが一人いるじゃないか」
俺は皆を集めた。
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