ご近所さんの事件簿

雪野スオミ

事件は突然に

 探偵と聞くと諸君はどのようなイメージを持つだろうか。怪盗を捕まえたり、殺人事件のトリックを見事解き明かしたり、そんな華やかなものを想像するに違いない。かくいう俺もそう憧れてフリーの探偵になったは良いが、そんな事件なんてこの日常には転がっているわけもなく、俺の事務所は近所のお悩み相談室と化している。どうやら探偵というものはドラマや本の中だけでしか、あんな大それた活躍はしないものらしい。

 というわけで、今日も子供を数人連れて、公園で遊んでいるのを眺めておくというアルバイトだ。幸い、近所のおばちゃんには顔が知られているおかげで信用があるのか、仕事には困らない。しかし、事件の一つも解決してみたいものだ。

「平井兄ちゃん! 鬼ごっこしよう!」

「平井兄ちゃん、ブランコ押して!」

「滑り台のペンキで汚れた~!」

「はいはい、わかったわかった」

もっとも、こんな事件なら毎日だ。

「まったくもう……」

まずは滑り台の青いペンキがついた子の服を水で濡らしたハンカチで拭き、注意する。

「端っこにある滑り台、ペンキ塗り立てみたいだから遊んだり近づいたりするなよー!」

はーい、と元気の良い声を聞き、その後ブランコを数回押してやる。

「わーい!」

「足をタイミングよく曲げりゃ、一人でもスピード出るぞー」

「兄ちゃん、鬼ごっこ~!」

「わかったわかった」

そしてそれから俺はずっと鬼ごっこに付き合わされたのだった。

 延々と続くかに思えた鬼ごっこも、公園で遊ぶ時間が終わることで、ようやくゲームセット。依頼人である保育園の先生の長話が始まる前に俺はさっさと帰宅することにした。

 保育園から家へはさっきの公園の方へと戻る必要がある。この公園は自慢ではないが、この辺りでは一番大きいとうわさされるほどらしい。東には子供が好き放題走り回れる大きさの広場があり、先ほどのように昼間は子供が鬼ごっこをしたり、ボール遊びをしたり、意味もなく走ったりしている。北には花壇や足つぼを刺激する道が点在しており、早朝にはお年寄りの方がゆっくりと散歩しているのを見かけたりもする。西には大きな滑り台があり、すぐ隣のマンションの二階ほどの高さから滑ることができる。さらにロケットのような形の天井がついていて子供には人気のスポットでもある。だからさっきは余計な仕事が増えたわけだが。あと南は入口で水道や町内地図なんかが置かれているが、最近はあまり使っている人を見かけない代物だな。

「あら、おかえり!」

マンションの大家さんが箒を片手にエントランスを掃除していた。公園の西にある御茶ノ水マンションは駅や大学が近くにあり、学生向け故に家賃が安い。以前住んでいたマンションを追い出されそうになりダメ元で頼んだところ、平井くんならまぁいいかとよくわからない理由で承諾を得た。以来、おばちゃんからはたびたび何かしらを頼まれることが多い。ついこの間は台所の流しをひたすら擦らされた。今日も大方、何かを頼むつもりで外に出ているのだろう。

「平井くん! ちょっと頼みたいことがあるんだけど、良いかい?」

ほらそうだ。俺は仕方なく話を聞いた。

「最近ね、305号室のあの子、月村ちゃんだっけ? 夜帰ってくるのが遅いじゃないかい? あんまり年頃の子が遅くなったら危ないだろって言おうと思ってるんだけどね、あんた一緒に言ってくれないかい?」

「いや、大学生なんだからそれくらいは別に……」

「それとね、あの子なんだか最近急におしゃれしだしたでしょ? お金でも入ったのかねぇ?」

「さぁ、そこまでは……」

 俺は苦笑いしながら後ずさりをした。冗談じゃない、月村さんには一度会ったことがあるがいかにも俺の苦手な派手な子だ。だいたい今どきそんな注意してみろ、お節介にも程があるぞ。

「あら、大家さんに平井さん。お疲れさまです」

うわさをしていると月村さんが帰ってきた。相変わらず派手な服装とアクセサリーだ。

「あ、どうもどうも」

俺は情けなく愛想笑いをした。月村さんはこちらをちらりとも見ずに三階へと上がっていった。

「もう、ちゃんと言ってあげてって言ったでしょ?」

あんたも何も言わなかったじゃないか。呆れながら俺も自室に戻ろうとした。

「きゃああ!」

その瞬間、上から女性の叫び声が聞こえた。俺は急いで階段を駆け上がる。その声の主は月村さんだった。

「どうしたんですか?」

俺は玄関で座り込んでいる月村さんの元へ駆け寄った。

「帰って……。戸を開けたら……。部屋が……」

見ると部屋が荒らされていた。おそらく空き巣だろうか。

「泥棒……ですかね、今警察を……」

「待って!」

俺が携帯を取り出すと、月村さんは慌てて静止した。

「警察は呼ばないで……」

「どうしてです? 多分これは泥棒ですし、警察は呼ばないと……」

「あたしのお父さん、すっごく厳しくて、一人暮らしも許してもらえなかったの……もし警察呼んでこのことがバレたら実家に連れて帰られる……」

月村さんはそう言って俺の顔を見た。

「そうだ、あんた探偵なんでしょ? 犯人見つけてよ!」

「えっ?」

「だから、犯人見つけてって! それなら警察呼ばなくても良いよね?」

本当は駄目だが、俺の探偵として活躍できるという思いが、その申し出を受けることにした。

 

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