第9話 婚約破棄パーティー


ゴードン邸で行われていた婚約披露パーティーはジュードの婚約破棄もあり、キャロルも帰って、何のパーティーか分からなくなっていた。それでも令息令嬢たちは自分たちが何で集まっているのか忘れるぐらいパーティーを楽しんでいた。


なんとも滑稽だった。パーティー自体を取り止めにする時間は十分あったはずだ。カーティス・ゴードンはヒューゴー・パウェルの出生証明書を何日も前に手にしていた。


メンツを保つため続行したとなれば、きっとカーティス・ゴードンはこの場に現れる。パーティーをキャンセルしていた方が良かったのに。私も助かるし、彼自身も大勢の前で恥をかかなくて済む。


「君がパーティーに残ってくれるだなんて」


アレクシスが耳元でささやく。私たちもダンスを楽しんでいた。私は彼の望み通り、赤いドレスに青いサファイアのブローチ。彼はタキシードに青いサファイアのカフスボタン。私たちはクルクル回る多くのペアの中にいた。


「楽しいかい?」

「ええ。楽しいわよ」


「ほんと?」

「ええ。ダンスだけじゃないのよ。あなたといるといつも楽しいの」


「え? それはほんとかい」

「しつこいわね」


「いつも邪険にするじゃないか」

「恥ずかしいだけ」


頬を合わせていたアレクシスが、向き直して私を見つめる。満面な笑みだ。


「やめてよ。皆が見ている。恥ずかしいじゃない」


ふふっとアレクシスは笑った。また頬を合わせる。


「ところで、あの殺し屋はどうしたんだい。まさか雇ってないだろうね」

「大丈夫。当局に引き渡したわ」


「警察か? 治安官のタイナー卿はカーティス・ゴードンの言いなりだ。不問にせられる。そんなこと分からない君でもあるまい」

「いいえ。引き渡したのは憲兵隊よ。ハリスン・パッカー公に事情を話してね」


アレクシスは声を出して、けど、静かに笑った。


「憲兵隊は尚更お門違いだ。君らしくもない。ことは平民の殺人なんだぜ。国王リチャード3世直轄の憲兵隊がそんなことで動くことはない」

「あら、国王陛下はカーティス・ゴードンがお嫌いらしいわ。失脚のチャンスを狙っているってもっぱらの噂よ」


「残念だが平民の殺人事件だ。理由としてはとぼしいよ。この国では日々何千何万という平民が死んでいる。しかも、殺人の管轄は警察だ。無理だね」

「そうかしら」


アレクシスはそれ以上この話について突っ込んでは来なかった。せっかくのダンスだった。険悪なムードになりたくなかったのでしょう。話を変えた。それはそうと、とアレクシスは前置きし、言った。


「あのメイドだった女とジュードの子供はどうした。まだ君んちにいるのかい」


「ええ。私のメイドをしているわ。今日の着付けだって彼女にやってもらったのよ。子供も元気。すくすくと育ってる」


「ドレス姿の君もすばらしい。君は君に見合った有能なメイドを手に入れたようだね」


気が付けば、会場で踊っているのは私たち二人だけであった。令息令嬢たちは大きな円を作り、私たちを見守っている。


「ソニア。踊っているのは僕たちだけだよ。やめるかい」

「いいえ。ぶつからなくていいじゃない」


「そうだな。じゃぁ、ちょっと派手におどるか」


私たちは広い空間を大きく使って踊った。人垣に近付いては離れ、近付いては離れる。


令嬢たちはアレクシスが近付く度に黄色い歓声を上げる。卒倒する令嬢もいた。令息たちは食い入るように見ている。アレクシスが手本なのだろう。


唐突に、スプーンでコップを叩く音がした。鳴らしたのは主催者ジュ―ド。音楽が止み、カーティス・ゴードンが現れる。明らかにアレクシスの顔に嫌悪感の色が現れた。


「どうやら、お開きのようだ」


私は、ふふっと笑った。随分ともったいぶっていらっしゃったこと。


特別ゲストの登場に令息令嬢たちは大きな拍手を送りつつぞろぞろと会場の中央に集まって行った。それと入れ替わるように、私たちは隅へと移動した。


カーティス・ゴードンは令息令嬢たちに礼をした。そして、今回のいきさつを話し始めた。まぁ、平たく言えば、全てがアーサーズの落ち度。やっぱりぼろっかすである。


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