第8話 殺し屋


「オリビアからの仕送りはもう来ない。彼女は昨夜死んだ」


アレクシスがそう言うと女は眼を見開き、口を手で押さえた。状況を察したのだろう。なら、話が早い。


「あなたとその子に危険が迫っている。この御令嬢があなたたちを保護したいとおっしゃっておられる。今すぐ一緒に来てもらいたい」


安心させるために私は笑顔を作った。戸惑いながらも女は私を見てうなずいた。チャドがドアを開ける。女は赤子を抱きかかえると部屋を出た。私たちもそれに続く。


階段を下り、通りに出た。馬車は歩道の向こう。足早に歩き、建物の出口から馬車までちょうど中間あたりだった。建物の影から人が飛び出して来て、私たちの前に躍り出た。


体つきが頑丈そうな、たくましい、筋骨隆々な男だった。手にナイフを持っている。それが襲いかかって来た。


咄嗟に、アレクシスとチャドが私の前に立って壁となった。


しまった、と思った。考えてみれば当然の成り行き。どちらかが、どちらかを、それぞれ守ってくれればいいものを二人とも私のところに来た。


女と子供を守らねば。私は女に向けて飛び出した。


ナイフが女の胸に突き刺さる前に、タイミング良く女を跳ねのけることができた。私は女とぶつかった衝撃で倒れて転がった。女はというと、赤子を守るようにして石畳に丸くなっている。


女は腕を切られたようだった。服が破れ、出血していた。だが、命に別状はない。なんとか屈強な男の一撃目はかわすことが出来た。


二撃目が来る、と思ったその時、アレクシスが男の前に立ちはだかった。チャドは私の前にひざまずき男に向けて壁となっている。


男は一旦下がった。アレクシスが独り言かどうか、低い暗い声でぶつぶつ言っていた。


「御令嬢のお顔を地べたに付けさせるとはなぁ」


男は構えをとった。


「きさまは今すぐ殺してやる」


アレクシスは完全にキレている。すごいオーラだ。男は気圧けおされたようだ。目が泳いでいる。実際私は女にぶつかって転んだんだ。男に直接やられたわけでない。


男はかっと目を見開いた。気を取り戻したようだ。ゴードンが依頼した殺し屋だけはあって肝が座っている。怖気じけずにアレクシスへ向けて距離を詰めて来た。そして、ストレートパンチを放つごとくナイフを繰り出した。


アレクシスは半身になってそれをかわすと男の、ナイフを持つ手を掴んだ。そして、くるりと回った。男の体が宙を舞ったかと思うとバンッと地面に叩きつけられた。アレクシスは足を上げた。男の顔を踏みつぶそうとしている。


「待って!」


間一髪、アレクシスの靴底が男の鼻先で止まった。アレクシスは振り向いて私を見た。目が血走っている。


「殺さないで」


アレクシスは足を男の顔からどけるとしゃがみ、男の顔にこぶしを一撃入れた。男は気を失った。


「まさか君はこいつまで雇うというんじゃないだろうな」


やっぱりアレクシスは完全にキレている。私への言葉が荒い。見境を失っている。


「そいつは当局に任せるわ」

「ばかな。こいつの命は枯れ葉より軽いんだ。風が吹けば飛んでくほどにな」


「わかってる。貴族は平民に何をしようが許される。この男は平民の女性を殺そうとしていた。ただそれだけのこと」

「分かってるなら僕がなにをしたっていいじゃないか。何も出来ないんならせめてこの男だけでもこの場でむくいを受けさせる。いいだろ!」


「だめ! あとは全て私に任せなさい」


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