第5話 許嫁


「そうよ。もしかしてヒューゴーの母はクレアかもしれない」


「ジュードの高祖母はクレア! キャロルの高祖母もクレア!」

「そうよ。四親等血族の禁に触れる」


四親等血族の禁とは250年前に制定された近親婚を禁ずる法だ。大貴族が後継ぎを残さずに死去したことで王国が大混乱に陥った事件がきっかけだった。


当時、婚姻は近親で盛んに行われ、血が濃くなるほどに長く生きれる者が少なくなっていった。


これはこれで国家として深刻な問題なのだが、それだけではことが済まされなかった。近親の貴族たちが、主人の無い領地の相続を主張する。言葉では解決できなければ軍を動かす。度々これが行われ、ことが大貴族となれば動く兵の規模も膨大で、国内の被害は甚大となる。


「私の考えだと、おそらくクレアはコンラッドが亡くなって後、一旦は自身の実家に戻り、それから再婚した」


「クレアの素性が分かればいいのだが、この『授爵禄じゅしゃくろく』じゃなぁ」

「そう。ここではこれが限界」


「だけど、良く気付いたな、ソニア」


「婚姻をねじ込むということはこういうリスクがある。だから皆、若いうちに許婚いいなずけを決めておくんでしょ。キャロルとニコラスもそうだけど、あなたとわたしの関係もそう。あなたはどう思ってたの」


「運命」


はぁ? 呆れた。ちょうポジティブ。


「君の言うことは分かったよ。つまりだな、僕がクレアとヒューゴーの関係を明らかにすればいいんだね。この『授爵禄じゅしゃくろく』では断片的だし、配偶者の素性もわからない。王室の公文書とか極秘文書をあたるよ。あそこで分からないものは何もない」


「あなたしかできない」


「ありかとう。きっといい結果になる。ニコラスも喜ぶ」


満面の笑み。私もうれしくて、アレクシスにほほ笑み返した。


チュッ。


あっ、油断した! アレクシスはキスを私の唇に置いてさっさと出て行ってしまった。


チッ。確信犯。初めからこのタイミングを狙ってたな。


でも、まぁ、いいか。お駄賃と考えれば。因みに私は16才でアレクシスが18才。彼は私の二つ年上の先輩です。


「キャロルたちの件はアレクシスに任せたとして、もう一つ、問題が残っている」


こっちの問題の方が深刻かもしれない。急がないと。


私は窓を開け、庭に向かってチャドを呼んだ。いつもならすぐに現れるのに、庭に姿を見せない。


「姫様」


わおっ! 私の後ろにいた。どいつもこいつも油断ならん。







屋敷のロータリーに馬車を付け、私はアレクシスを待っていた。カレッジでは授業がもう始まっている頃だが、私を優先してくれるはず。


案の定、馬車が一台、車輪を弾ませ、猛スピードで庭園の道を走って来る。ロータリーに入ると傾きながらカーブを曲がり、車輪を横滑りさせつつ私の馬車の後ろに停車した。


アレクシスは、馬車のドアをほぼ蹴破るように飛び出した。


「なんかあったのか!」


私がこのようにアレクシスを呼び出すことは一度たりともなかった。アレクシスはよっぽど心配したのだと思う。血相を変えている。


「いいえ。わたしはなんでもないわ。ただ」

「ただ? どうした」


「話は馬車の中で」


ここでやっと我に帰ったのかアレクシスは私のかっこに気が付いた。馬車もいつもの豪華なものではない。チャドが用意したブルジョア仕様の馬車だった。


「ズボン? 狩りにでも行くのか」


「いいえ。行き先は15番街」


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