第4話 血筋


貴族は順位を重んじる。例えば王が結婚式を教会で挙げたとしよう。教会へ入るには順番が決まっている。また、今回のように誰かがパーティーを開いたとしよう。退出時の混雑は大変なものだ。高い順位の者から先に馬車が用意される。


つまり、貴族は自分の立ち位置を把握しておかなければならないってこと。そして、それに必要なのがこの本なのだ。


爵位は基本的に家でなく、個人に与えられる。個人が手数料を支払い、請願書を提出。王家が認可するという形式だ。


授爵禄じゅしゃくろく』はその記録が記されている。王室発行で高価な本だが、持っていない貴族はいない。ただ、ウォルトン家は別だ。持ってはいようが、見たためしはない。


万年1ページ目のウォルトン家はほぼ王家である。王家が途絶えればウォルトン家から王を出す。執政を努めるカーティス・ゴードンなんて家格から言えば目じゃない。


私はゴードン家とアーサーズ家のページに目を通した。さらにはそれぞれの母方、パウェルとギブソンのページを開く。


クレアという女性の名がアーサーズとパウェルの中にあった。『授爵禄じゅしゃくろく』には爵位を持つ者の配偶者も記載されている。彼女らも爵位を持つ者と同等な権利が与えられるからだ。


キャロル・アーサーズから見てクレアは父方の高祖母に当たる。一方、ジュード・ゴードンとクレアの血のつながりは見てとれない。クレアはジュードの母方パウェル家第6代当主コンラッドの配偶者であったが、子を作るいとまもなく夫のコンラッドが早世したようだ。


パウェル家はコンラッドの弟ロッドが継いだ。その後、8代ダトリー、9代アダムとロッドの血筋がつながる。


10代目のヒューゴーで私の目が止まった。彼はジュード・ゴードンの母方の曽祖父に当たる。記録には男爵の爵位を辞退し、公爵を取得している。パウェル家は代々公爵の爵位を授かる。注釈を見るとダンヒル家の当主だったと記載されていた。


「ああ、ヒューゴー・パウェルな」


私が本に穴があくほどヒューゴーの名に釘付けだったのだろう、アレクシスが横から口を挟んで来た。


「知っているの?」


「知ってるも何も有名じゃないか。干拓事業を始めたのは彼なんだ。今のパウェル家の繁栄は彼なしには語れない」

「有能なのね」


私は『授爵禄じゅしゃくろく』をめくっていった。男爵を辞退したからにはダンヒル家は男爵ということになる。最後の方に記載されているはずだった。だが、№24には無かった。


どういうことだろう。考えられるのは、今はもう無いってこと。私は本棚の前に立った。七十年前。そのあたりが適当なんでしょう。


授爵禄じゅしゃくろく』は十年に一度発行される。私が望むものが記載されているとすれば№17あたり。本棚から引っ張り出し、デスクで開いた。ページをめくる。


「あった」


ダンヒル家はパウェル家の分家だった。そこにヒューゴーの名があった。注釈には養子とあり、当然爵位請願時には無爵だった。さらには4代当主の彼以降、ダンヒル家に当主の名前がない。


私は№18も確認した。ダンヒル家のページ自体がなかった。ダンヒル家が途絶えたのはヒューゴーの代。これじゃぁ、分家のダンヒル家が本家のパウェル家を食ったも同然。


パウェル家の養子となったダンヒル家の養子ヒューゴー。彼はどこから来たのか。ダンヒル家の養子の注釈には血筋に当たるものは何も書かれていない。常識の範囲で考えれば、アレクシスのウォルトンが王家のスペアと同じように、ダンヒル家もまたパウェル家のスペア。


ヒューゴーは本家から来た。そして、本家に戻った。それなら辻褄が合う。


「ねぇ、アレクシス。頼みごとを聞いてくれない」

「もちろん」


満面の笑みだ。私の言葉を待っている。まるでしっぽを振る子犬のよう。そんなかわいいアレクシスをずっと見ていたい気もするが、そうも言ってられない。


「私の考えだとこのヒューゴーはもともとパウェル家の人間だった。パウェル家で見るとヒューゴーから上のアダム、ダドリー、ロッドとつながる家系はコンラッドの弟筋。ヒューゴーが本家から出されるとすれば、そして、その出生を明らかにしないとすれば、あなたはどんなことを考える」


「ロッドにとって邪魔な存在だった。おそらくは早世したコンラッドの令息。あ、ああああ!」

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