第3話 恋路と愛人


婚約披露宴に出るからには粗相そそうがないようにしなくてはならない。対人関係は特にだ。恥をかくのは私でなくお父様となるのだから。


しょうがない。今回は乗ってやるか。カレッジに行かずとも大体の世情を把握できるのはアレクシスのおかげなんだもん。私は摘心てきしんする手を止めた。


「チャド、ちょっと部屋に行くわ。すぐに戻って来るからその辺で休んでいて」


部屋に入るとアレクシスの上機嫌たるや。服装の話や、ダンスの話を蒸し返し、正直むかついた。


「楽しそうね。で、ニコラス・ガザードの件だけど」

「ああ、そうだった。忘れてた」


分かってはいたけど、ため息が出る。アレクシスはというと、何もなかったようにしゃべり始める。


「今回、ジュード・ゴードンとキャロル・アーサーズが婚約したわけだが、実はそのニコラスとキャロルは許婚いいなずけだったんだ」


あらま。


「君も知っている通りゴードン家は婚姻でのし上がって来た家系だ。ジュードの母方パウェル家は干拓で農地を拡大し、財をなした家。キャロルのところのアーサーズは異民族と関係を結び、交易で財をなしている。今や飛ぶ鳥を落とす勢い。執政カーティス・ゴードンはそれに目を付けた」


「アーサーズ辺境伯にしても悪い話ではないし、ゴードン公からの申し出であれば断れない」


「ニコラスは死人のようになってしまった。誰が話しかけても反応がない。ふらふらとカレッジに来て、帰るだけ。前はなぜかむやみやたらに僕に突っかかって来たのに」


ライバル視されてたんだね。当の本人は全く感じてないようだけど。


「キャロルは?」


「そうなんだよ。キャロルが一番かわいそうなんだ。ジュード・ゴードンは僕の一学年上だから噂によく聞いたが、屋敷に愛人がいるんだって」


「愛人?」


「使用人だ」


「それは確かなの」


「カレッジでは有名だったさ。僕が知ってるぐらいだ。物凄く綺麗なメイドがゴードン家にいるって。ジュードの女だからゴードン家にお呼ばれしても絶対に話しかけるな、が上級生の合言葉だったらしい」


「ということは、キャロルは当然知っている」


「まぁ、そういうことだ。アーサーズ辺境伯も知っていて、キャロルに泣きつかれたんだろうな。ジュードがその女と別れて、使用人としても解雇するという条件をカーティス・ゴードンに飲ませた」


はぁ。やっぱり楽しくないんだ。一挙に行く気がうせた。パーティーは貴族の仕事とはいえ、お祝いの場だから救われていた。なのに、これじゃ地獄だ。なんとかならないものか。


あ、そうか。その手があるかも。調べる価値は十分ある。


私はお父様の書斎に向かった。アレクシスは、なんだよ、どうしたんだ、と私を追いかけて来る。


お父様は確か会合で不在のはず。私は一応、ドアをノックし、反応がないんで部屋に入った。


「あれ、ここはバニスター公の書斎だろ? いいのか」


無視。


いつでも入っていいとお父様の許可をもらっている。壁の本棚にずらっと並んだ『授爵禄じゅしゃくろく』を引っ張り出し、胸に抱えた。


でかく、表紙が革製の、やたらと重い本だ。全24巻で、私が胸に抱えたのはそのうちの最終巻、№24。デスクの上にドンッと置いて、バタンッと開く。最初のページはウォルトン家である。横からアレクシスが顔を出している。


「僕んとこだ。なにこれ」


無視。


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