第2話 ダンスのお誘い


「やっとこっちを向いてくれた」


満面の笑顔である。はっとして、慌てて目線を花に向けた。


「私のところにも来たわよ、その招待状。ジュード・ゴードンからでしょ。婚約披露パーティー」

「招待状は王国全土の令息令嬢にてられている。どいつもこいつも浮足立ってるよ。ていのいい出会いの場さ」


「楽しそうでよろしいですわね」


「いくんだろ」


摘心てきしんの手は止めていない。これをやるかやらないかで2番花の花付きが全然違う。


「そりゃまぁねぇ」


「出るんだ。学校にはいかないのに」

「貴族にとって仕事みたいなもんでしょ」

「よし、決まりだ!」

「なによ。何が決まったの」

「ダンスだよ。社交界と言えばダンス。お相手させて頂きます」


見ちゃいないのに紳士の礼をとっている。


「無理」


「無理って、無理ってどういうこと。もしかして」

「もしかして?」

「他に男でもいるのか」

「何言ってるの。あなた以外いる訳ないじゃないですか」


「っしゃぁ! 誓うよ。僕はもっといい男に、僕はなる!」


ばかじゃない。どんな頭をしているのかしら。もう十分よ。こっちが釣り合わないんじゃないかと心配しているのに。


「で、ソニア。今日は相談に来たんだ」

「なに。手短に」


「服装のことなんだよ。君が赤いドレスに青いサファイアのブローチをするとしよう。僕はタキシードに青いサファイアのカウスボタン。僕らが躍ると青い光がキラキラと線を引く。何て幻想的なんだ」


アレクシスは妄想に浸りながら踊りだす。


だから、ダンスはしないって。めんどくさいなぁ。


ほっとこ。


無視して作業を続ける。しばらくしてアレクシスのステップがピタリと止まった。もう帰るのかな。


「ところで聞きたいんだけど、何でお前がずっとここにいるわけ」


アレクシスの声色が怖い。私の家のバトラー、チャド・ハービィーに難癖を付けている。私がダンスの話に乗って来ないんでチャドにあたってるんだ。


チャドは全無視だった。必要な時以外しゃべらない無口な男で、出しゃばらず、気の利く、空気のような存在だった。私の護衛も兼ねている。


彼は歴戦の勇者だ。数々の戦場に出て、一人だけで帰って来たこともある。それもあって、気配を断つとか戦場で学んでいたのでしょう。私のそばでいつもそのように振舞っていた。


「見れば分かるでしょ。チャドは私に日傘をさしてくれてるの」


「全部聞かれてしまってるんだよぉ、僕たちの話」


僕たちって。なんであんたはそんなに寂しげな顔をするの。


「大した話してないでしょうに」


納得のいかないアレクシス。どうにかチャドを追い払いたいのでしょう、ずっと考え込んでいた。


「そういえば!」


アレクシスは何か思いついたようだ。


「そういえば、ニコラス・ガザードって知っているよな、ソニア」


「ええ。あなたと武術会の決勝で戦った人」

「そうだ。そいつだ。良く覚えていたなぁ」


そりゃぁ嫌でも覚えてるわ。見に来い、見に来いってあなたが五月蠅いから、わざわざ会場に足を運んだのに、あなたは1分もしないうちにその人をのしてしまった。


「それがどうしたの?」

「大問題なんだ。今回の婚約と関係している」


アレクシスはニヤリと笑った。そして、チャドを親指で刺した。


「こいつがいると話せないな。なんせ貴族の、込み入った話だ」

「でたわ」


あ、心の声がでてしまった。


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