第10話 美しい皇子 ②
「ン”ン”! あー、いや。皆の者よ、これは失礼した。そこで縮こまっているのは、宰相セルグリードが甥のシャルダである」
謁見の間に響き渡るお父様の声。その言葉に、部屋にいる一同は改めて姿勢を正すと、私へと注いでいた視線をお父様へと戻していた。
言い知れぬ緊張感から解放された私は、体中の力が抜けてその場にへたり込む。
「こ、怖かったぁ……大勢の人の視線に貫かれて、殺されるかと思った」
多くの視線が怖い私にとっては、本当に地獄のような時間だった。
「その、あれだ……いつもは世情の勉強の為に謁見には参加させておるのだが、今回は大切な話しが故に遠慮せよと儂が諫めたのだ。だがしかし、どうにも諦めきれなった様子。黙って勝手に部屋へと忍び込んでおったらしい、相済まぬ」
「す、すすすす、すみません……」
お父様の発言に続くように、私はお腹から声を振り絞りだす様に謝罪する。その事に少しザワついた使者団に対して、宰相のセルグリードが綺麗な所作で一礼した。
「ランスロー殿下、それとデイムの使者の方々。まことに、失礼しました。こちらにいる者は、我が甥ながら好奇心の強い若者でして。この者に代わって、無礼をお詫び申し上げます。どうかお許し頂けはないでしょうか?」
セルグリードの謝罪の言葉を聞いたランスロー皇子は、その冷ややかな瞳で私を一瞥する。そして、表情を微塵も崩す事無く、静かに口を開いた。
「宰相殿、頭をお上げられよ。自国を取り巻くに世情に、興味を抱かない若者はおりますまい。こちらは一向に構いませんので、彼も同席させれば宜しいでしょう」
淡々と話すランスロー様の声が、私の耳に心地よく響く。顔がイケメンなら、声もイケメン。クールな見た目に合った、清涼感のある透き通った声に心の奥が震える。
「殿下の寛大な御心に、このセルグリード、感服いたしました」
セルグリードは人のよさそうな笑みを浮かべて、再び頭を垂れた。
「ドライオン国王陛下よ、どうぞお話の続きを」
「うむ、では続けるとしよう」
と、とりあえずは、何とかなったみたい……
お父様とセルグリードの機転でどうにか助けられた私は、この機に乗じて足早に定位置へと向かう。謁見中は、壇上の下に控える茶色のガウンを羽織った細身の初老の男性、宰相のセルグリードの横が私のいるべき場所だ。ドライオン王国の頭脳とも呼ばれる彼が、私にどう動くかの指示をくれる。セルグリードに従っていれば問題など全くないのだ。
私は頭一つ分高い彼の横に立つと、帽子の位置を調整しながら囁く様に謝った。
「ごめんね、セルグリード」
すると、彼は私の事を肩越しに見下ろして返事を返してくれる。
「なになに。姫様のためあらば、こんな頭など、いくらでも下げましょうぞ」
セルグリードは薄い頭を一撫でして、シワだらけの顔でニッコリと笑った。そんな彼に対して、私も感謝の意を込めて笑顔で返した。
とにかく今は、ランスロー皇子のことはしばらく置いておくとしよう……と、考えながらも、やはり彼の事が気になってしまってチラチラと盗み見てしまう。
シャルターユ、集中よ、集中。
「だ、誰からにする?」
早速、私は心を読む相手を誰にするのかをセルグリードに尋ねた。
「そうですね……私たちから見て、一番手前の男をお願い出来ますか?」
「ん、了解」
セルグリードの言う通りに、私は一番手前にいる平凡な顔をした人物を視界に入れて、意識を集中する。キィンと言う耳鳴りと、わずかばかりの頭痛と共に、彼の心の声が頭の中に響き始めた。
【先ほど衝立を倒した音にはビックリしたが、あのシャルダとか言う男……とっても可愛かったな】
私の体がビクンと跳ねる。
【なんというか、中性的で、肌なんかも雪の様に白くて、まさに女性の様だった。彼みたいな可愛い男と一緒に酒でも飲み交わし、これからの世界経済について朝まで語り合えたのなら、さぞかし楽しかろうな。なんなら、ベッドの中で……】
と、こちらをチラリと見た男と視線が合った。
あまりの気色悪さに、私の背中を悪寒が秒で走り抜けて、全身の毛という毛が逆立っていく。なぜだか彼は乙女の様に頬を染めながら、慌てて私から視線を外した。
【え? シャルダも俺の事を見ていた? なぜだ? まさか、彼も俺の事を……】
「ねぇよ……」
鳥肌が止まんない私はそう小さく呟いて、心を読むのを止める。
「いかがでしたか、姫様」
「次」
「え?」
「次」
「……そうですか。では、反対側の男をお願いします」
「ん」
セルグリードが言う順に、私は使者の一団の心を読んでいく。だが、他の者達も大した事は思っておらず【謁見なげぇな】とか【早く国に帰って恋人に会いたいよ】とか特に気になる事を考えている者はいなくて順調に進んで行った。そして……
「では姫様。最後にランスロー皇子をお願いします」
「……」
彼の名前を聞いて、私の心臓がトクンと強く脈打った。そして今一度、ランスロー皇子の顔を見る。その美しい線を描く横顔に、胸の奥がキュっと苦しくなった。
「姫様?」
「え? あ、う、うん」
ランスロー皇子の心の声を聞くことが、なんだかとても躊躇われた。
彼が何を考えているのか聞きたいような、聞かない方がいいような。私の心を掴んで離さない彼の事を知りたいけれども、全部を知ってしまっては後悔する……みたいな、葛藤があった。
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