『学園内に急に現れた教会の謎3』

 場所は、第一女子寮と第二女子寮の間にある、教会。白い建物で、一番天辺に十字架が見える。

 もちろん、私は来るのは初めてだ。


「まさか、なんてなぁ」


 そう言って、井斉先輩は左右を見渡した。

 第二女子寮から第一女子寮に向かう生徒はいないので、この教会があるこの道にあることを知っている人はまず居ない。


「ランニングをしている会長さんを探して第二女子寮を目指しているうちに、ここの教会にたどり着いてしまったんですね」


 第四、第五女子寮は向かい側にあるので、学校からの道を通ってこちらに来る。

 そして、学校から第二女子寮に向かう途中に、間違ってこの教会にたどり着き、その結果、今まで見たことのない教会がある事に気が付き、「急に教会が現れた」になったのだろう。


 誰も知らない建物が、多くの生徒の目に一気に触れたことにより、認知度を増し––––急に現れた。

 今まで認識していなかったものを、急に認識したので、いきなり現れたように感じたのだろう。

 例えるなら、新しい言葉を覚えて、その言葉を見たり読んだりした際に、とても目立って見える––––みたいな。


「ですが、この教会の建築記録が無いのは何故ですか?」


「それはね、


 首を傾げる市子。


「それは、どういうことですか?」


「だから、最初からあったの。


 要するに、建設記録が無いのは、教会は最初から存在し、学校の方が後から出来たから。


「この教会の手入れは、これまたアゲハさんがしてるそうよ」


 井斉先輩は、第二女子寮の方角を見ながら「近いもんな」と呟いた。

 教会のデータは、建築記録には無かったが、改修工事の記録はかなりあった。

 綺麗なのも––––アゲハさんの手入れが行き届いているのもあるが––––それが理由だろう。


「さっきえみちゃんにLINEで聞いたんだけどね、教会がもっと人の多い所に移転するのを聞いて、その跡地を周辺の土地を含めて、そのまま買い取ったそうよ」


「そんで、建物はそのまま教会として利用したってわけか」


 と井斉先輩は頷いた。


「多分その理由––––ミッション系ではないのに教会があるのは、市子の言った多文化への理解だったんじゃない?」


「それは、カトリック教徒の生徒が祈れるようにですか?」


 市子は手を合わせ、お祈りポーズをしながら、小首を傾げた。

 ……罪深い仕草だ。


「まあ、そうね。多文化への尊重を最初から見越して、最初から教会がある場所に学園を建設したの」


「なるほど、神父さんやシスターさんは、必要なら、その移転した場所から来て貰えばいいわけですね」


「そっ」


 司くんのいう必要な時が私には分からないけど。ミサとかかな?


「では、カトリックの教会だけあるのは何でですか? 他の宗教でも教会に該当する建物はありますよね?」


 市子の質問の答えは、目の前にある。


「この教会に誰も祈りに来ないからじゃない?」


 だから、他の教会も必要ないと判断された。

 萌舞恵は広大な敷地を誇るのだから、作る場所などいくらでもある。

 なのに無いのは、シンプルに需要が無かったから。


「地図に載ってなかったのも、多分同じ理由ね」


 私は市子に第五女子寮が出来る前の地図を渡した。


「載ってます!」


 そう、ちゃんと載っている。

 最新版にだけ、載ってない。


「まあ、地図の作成者が載せるのを忘れちゃったんでしょうね。この学園に教会があることを知っている人がその地図を見ても、教会が無いことに気付かないくらい、存在を認識されてないってことね」


「……なんだか寂しいですね、こんなに立派な教会なのに」


「なら、市子が毎日祈りに来ればいいじゃない。近いし」


「そうですね、内装とか派手ですし、映えスポットですよね」


「それは、悔い改める必要のある考え方ね」


 そして、市子自身も悔い改めることが多過ぎる。

 市子がこの教会でしないといけないのは、お祈りではなく、懺悔だ。

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