『学園内に急に現れた教会の謎2』
お茶をし始めてから、ひと段落ついた頃。
再び、教会の謎解きが始まった。
「
そう言って、井斉先輩は、第二女子寮から、第三女子寮にかけての道筋をスゥーとなぞった。
「確かに走ってますけど、教会は見たことないですよ」
私は井斉先輩の言う通り、最近毎朝走っている。元々は市子がダイエットのためやり始めて、私もそれに付き合わされる形で走っていたのだけれど––––市子はすぐに飽きたのか、辛くなったのかは分からないけれど、辞めてしまった。
逆に私は朝走るのが習慣付いてしまい、未だに早朝ランニングをしている。
だから、第二女子寮付近の道筋は割と詳しい。
第二女子寮の目の前にT字路があり、向かって左に進めば第一女子寮、右に進め第三女子寮があり、真っ直ぐ進めば、この校舎がある。
各寮からはこの寮同士を繋ぐ道ではなく、縦に伸びる道を通って学校に向かうので、基本的にはこの寮同士を結ぶ道を使う生徒は殆どいない。
私のランニングコースとしては、第二女子寮を出てから第三女子寮の方に向かい、第三女子寮から学校を目指して、学校からは第二女子寮までクールダウンも兼ねて歩いている。
「第五女子寮でも、話題になっていますよ。会長さんが毎朝ランニングをしていると」
司くんは、元気よく腕を振るジェスチャーをした。その仕草はちょっと可愛い。
私のランニングがなんで話題になるのか分からないけれど、まあ『生徒会長が走っている』という意味では会話のネタにはなるか。
というか、司くんも早朝ランニングをしている為、コースによってはたまに会う。
「最近、やけに『一緒に走りましょう』と他の生徒に言われるのは、その噂が原因だったのね」
「流石、生徒会長様だなぁ?」
井斉先輩がからかうような視線を私に向ける。
全く、目立つのは好きじゃないのに。
「でも噂じゃあ、雲母坂は走るのが速すぎて、誰も一緒にランニング出来ないって言ってるぜ?」
「そうなんです! 音羽ちゃんはもう、マッハですよ!」
「そんなに出るわけないでしょ。というか、司くんの方が速いわよ」
「いえ、会長も速いですよ。ランニングなのに、かなりのハイペースで走ってましたし」
「あら、ありがとう」
運動神経抜群の司くんに足の速さを褒められたのは、素直に嬉しい。
「てか、雲母坂はふつーに速いだろ。去年の体育祭のリレーで、最下位から一位まで駆け上がって来たのあたしは覚えてるぞ」
「あの時の音羽ちゃんは凄かったです!」
「はいはい、ありがとう」
え、何これ、何で今日はこんなに褒められるの?
占い結果一位だった?
「そういえば会長さん、いつも音楽を聴きながら走ってますよね、何を聴いているんですか?」
「Smooth Criminal」
「雲母坂はマイケルジャクソン好きだもんな」
「リズム感がいいのよ」
「音羽ちゃんがこっそり部屋でムーンウォークの練習しているの見たことがあります」
「それは言わなくていい」
本当に言わなくていい。
「結構上手でしたよ」
そりゃそうだ。沢山練習したもの。
「雲母坂はゼログラビティも得意そうだな。というか、ゼログラビティだもんな」
井斉先輩はなぜか目線を少し下げた。
「何か言いましたか、井斉先輩?」
「ううんっ、ちーちゃん、きらりんのこと大好きっ」
全く、この人はやましい事があるとすぐに可愛い子ぶるんだから。
「それとね、うちの寮の子たちがねっ、きらりんと一緒に走りたいから、頼んでってお願いされちゃったのっ」
「別に構わないですけど––––その幼女キャラはやめてください。あと、お菓子を貰って、なんでも引き受けちゃうのもやめてください」
「雲母坂は何でもお見通しだな」
ニヤリと笑う井斉先輩。きっと今のお願いをする見返りにお菓子を貰ったのだろう。
「でも、どうして私なんかと一緒に走りたいのかしら……」
「……なんだ、雲母坂は本当に鈍感だな……」
分かってねーなぁ、とでも言いたげに手を広げる井斉先輩。
「お前、今やあたしを超えた学園のアイドルになってるぞ」
「……嘘でしょ?」
アイドル? 私が?
「何で私がそうなるの?」
「まあ、アレじゃないか? 真面目に仕事したり、些細な問題を放っておかずキチンと対処したり、学校をよくしようとしてるお前の姿勢が伝わってんだろうなぁ」
「私は当たり前のことをやってるだけですよ」
「謙遜すんなって、萌舞恵のアイドル」
「そうですよ、マイケルちゃん」
「私の名前は、マイケルちゃんじゃなくて、音羽ちゃんよ」
「ちゃんって、自分で言ちゃうんですね」
「そこだけ拾わなくていい」
私はこのくだらない戯言を終わらせる為に、話題を変えることにした。
「ところで、最近妙に早朝に走ってる生徒が多いなって感じたんだけど、まさか私と走りたいから––––ってのは無いわよね?」
井斉先輩は「それもあるだろうが」と前置きをしてから、
「プール開きが近いのもあるんじゃないか?」
「それは、ダイエット的な意味ですか?」
「そうだ、やっぱりみんな気にするもんだよ」
ふむ、それなら最近走っている生徒が増えた理由も納得がいく。
「それで、教会の方はどうなんだ? なんで急に現れる?」
「若王子先輩は実際に行ったんですよね?」
「中にも入りましたので間違いないですよ」
「内装はどうだったかしら?」
「えっと、ステンドグラスって言うんでしたっけ? カラフルなガラスと十字架がありました」
内装が豪華なら、カトリックなのかしら。
って、聞きたかったのはそこじゃない。
「内装は綺麗だったかしら?」
「かなり綺麗でしたよ」
まあ市子の言う通りなら、最近出来たことになるのだから、綺麗なのは当たり前か。
でも、最近出来たというのは絶対にありえない。一体どういうことなのだろう?
……分からない。全然、分からない。
「てかさ、なんで教会なんだろうな、うちはミッション系じゃねーのに」
それだ、教会が急に現れたのもそうだが、ミッション系じゃない学校に、教会がある理由とは?
「アレですよ、多文化を尊重する、じゃないですか?」
市子の言っていることも分からなくはない。
「でもそれなら、シスターさんが居ないとおかしくない?」
もちろん、居ない所もあるとは思うが、萌舞恵は学校であり、迷える若人を導く為に、教会という場所を正しく機能させる為に、シスターは必要なのでは?
なのに、この学校にそれらに該当する人物は居ない。
ふむ、今回の一件はおかしな点が多い。
とりあえず、疑問的をまとめてみよう。
1.教会が急に現れるのはどう考えてもあり得ない。
まずはこれよね。
教会なんて一日二日で出来るものじゃないんだから、そんな魔法みたいにパッと現れるわけがない。
敷地面積の大きな学校だから、建設されたのに気付かなかったと一般生徒が言うなら分かるが、その建築されたというデータが残っていないのはなぜ?
まさか、本当に建築されずに、急に現れたって言うの?
それとも、今まで見えなかったとか?
周りを木々が覆っていて、見えなかったとか?
一応、大規模な森林伐採の記録を確認してみる。
ここ数年は無い。
まさか、学園側の許可を得ずに建築された?
2.学園内に教会がある理由とは?
萌舞恵はミッション系ではない。なのに、学園内に教会がある理由とは?
この学校にカトリック教徒の生徒を受け入れる為に作ったとか? なら、シスターや神父さんは何故居ない?
それに、市子の言う多文化への尊重と言うなら、何故カトリックの教会だけあるの?
プロテスタントの教会は? モスクは?
んー、まあ、これは世界的に教徒の多い、カトリックの教会を作ったと考えれば……納得は出来ないけど、理解は出来る。
まさか、作る教会を選べなかったとか?
なんで?
作るなら選べるし、萌舞恵の敷地は広大なのだから、他の宗教に配慮した建造物も建てられるでしょ?
なんで、カトリックの教会だけあるの?
いや、待って、建築記録が無いのなら、もしかして……!
「て言うかさ、ここって第二女子寮から近いだろ? 何で雲母坂と若王子は知らないんだ?」
「それは––––」
教会の場所は第一女子寮と第二女子寮の間にあって……。
「あっ」
と、声をあげた私に対し、三人が同時に顔を上げた。
「音羽ちゃん、もしかして分かったんですか!?」
「……そうね、多分間違いないと思うわ」
何故、教会が急に現れたのか。
何故ミッション系ではない萌舞恵に教会があるのか。
私は自分の考えを
うん、無いわ。
「いつも一人だけ分かって、ズルいです!」
市子はくちびるを尖らせていた。
「はいはい、じゃあいつものようにヒントを出してあげるから」
市子はそれを聞いて、今日も元気に「やりました!」と胸を弾ませた(物理的に)。
私はいつも通りソレを見なかったフリして話を続ける。
「じゃあ、まず最初のヒント。当たり前だけど、敷地が広すぎたのはとても問題だった」
「まあ、萌舞恵は生徒数こそ少ないですが、中高大一貫校ですからね」
と司くんは考えながら言う。
「ですが、敷地の広さと教会が急に現れたことに関係性は見出せませんよ……」
「じゃあ、次のヒント。私の早朝ランニングは間接的な原因になっているわ」
「あれか? 雲母坂のランニングコースが、召喚陣となって教会が出現したみたいな……」
「そんなオカルトはあり得ないです」
井斉先輩は「じゃあ、降参だ」と手をヒラヒラとさせた。
「それじゃあ、最後のヒント」
というか、答えなのだけれど。
私は地図のある道を指差した。第一女子寮と、第二女子寮を結ぶ道だ。
「私はこの道を通った事がないわ」
井斉先輩と司くんは、少しだけ考えてから納得したように頷いた。
「なるほどなぁ、そりゃ無いよなぁ」
「ですね、ここは通らないですよね」
ここで、先程からずっと黙っていた市子が声をあげた。
「私は通りましたよ!」
「最近でしょ?」
「そういえばそうです……」
「前にみんなで第一女子寮に行った時に通った道を覚えているかしら?」
市子は「ここです」と学校と第一女子寮を結ぶ道を指差した。
「この道も多分、初めて通ったんじゃないかしら?」
「確かにそうです! どうしてでしょう!?」
「それはね、第一女子寮に用件のある人がいないからなの」
市子はハッとした様子で、地図を見てから顔を上げた。
そう、第一女子寮は閉鎖されているので、訪れる人など、管理をしているアゲハさんくらいなものだろう。
「音羽ちゃん、私も分かりました!」
「そう、じゃあ」
私は言う。いつものように。
「答え合わせの時間ね」
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