『学園内に急に現れた教会の謎1』

「最近、萌舞恵もまえの敷地内に教会が出来たの知っていますか?」


 放課後、生徒会室にて。自称情報通の市子がそんな話題を振ってきた。

 しかし、生徒会長として言わせてもらうが、市子の情報は間違っている。


「会長さん、若王子先輩の話、ちょっとおかしいですよね?」


 私と同じく、市子の情報に疑いを持った司くんが眉を細めた。


「そうね、おかしいわ」


「どこがおかしいんですか?」


 私は市子を自身のデスクに呼び、学校設備予算のページを開いた。


「ここ数年––––というか、萌舞恵に教会が建築されたというデータは無いわよ」


 そう、萌舞恵に教会が建築されたという、痕跡こんせきが何もないのだ。

 萌舞恵には歴史があり、開校記念品、第一女子寮が出来た日付、プールが出来た日など、全てデータが残っている。

 歴史ある萌舞恵には、その歴史の数々が記録として刻まれている。

 その中に教会が出来たという記録は無い。

 だから、教会などあるはずがないのだ。


「まさか、急に生えてきたとか言わないだろうな?」


 井斉先輩がからかうように市子にたずねた。


「それが、急に出来たというか––––突然現れたんです!」


 ますます訳が分からない。


「そんなオカルトがあるわけないでしょ、何かの見間違いじゃないの?」


「いえ、実際に行って見てきました。間違いなく教会でしたよ」


 どうしよう、市子がおかしいのはいつものことだけれど、これは本当に色々おかしい。

 なんで、教会が突然ニョキっと生えてくるの?


「あ、そうだ、写真ありますよ」


「見せて」


 市子はスマホを取り出し、私に画面を見せてくれた。


「これです」


「……教会ね」


 間違いなく教会だった。

 白く美しい建物がそこにはあった。

 外装は、茶色の扉の上に半円のステンドグラスがあり、屋根の色は黒く、一番上に十字架がある。

 十字架があるのだから、キリスト教よね。


「それで、その教会はどこにあるの?」


「あっ、えっと……」


「待って、地図を出すから」


 私は、デスクの引き出しを開いて地図を取り出した。そして、応接用のテーブルに広げる。

 萌舞恵女学院の敷地は、本当に広く、大体『50万m2』くらいと言われている。これはディズニーランドと同じくらいの広さで、東京ドームだと、多分十個分くらいある。

 なので、初めてこの学園を訪れた生徒はもれなく迷う(私ももちろん迷った)。

 市子は地図を少し見てから、第一女子寮と第二女子寮を結ぶ道を指差した。


「ここです」


「いや、ここには何も無いわよ」


「それがありました」


 となると、地図には載っていない教会ということになる。

 地図には載っておらず、急に出現した教会って––––何それ? 隠しダンジョンか何かなの? 何か出現条件を達成したの?


「皆さん、こちらに座っていますし、お茶でも淹れてきますよ」


 私が悩んでいると、司くんがお茶汲み役を名乗り出た。


「ちーちゃんは甘いやつ!」


「いっちーも!」


 え、何この流れ。私も、「きらりんはブラック!」とか、言わないとダメなの?


「会長さんは、ブラックで構いませんか?」


「……大丈夫よ」


 司くんが私の心情を読んだのか、空気を読めなかったのかは分からないが、助かった。

 市子と井斉先輩は残念がっていたが。


 司くんは後輩だからというのもあるけれど、お茶汲みや雑務などを率先してやってくれるは本当にありがたい。

 本来なら、仕事をまったくしていない、市子やら、井斉先輩がすべきだと思う。

 でも、市子は何かコップとか割りそうで怖い。


「むっ、音羽ちゃん、何か失礼な事を考えていませんか?」


「考えてない、考えてない」


 市子の癖に鋭い。

 食器の音と共に、コーヒーのいい香りが生徒会室に広がる。やっぱりコーヒーはいい。匂いを嗅いでいるだけで幸せになれる。


「そうだ、冷蔵庫に料理部から貰ってきたクッキーがあるから、一緒に食おうぜ」


「賛成です!」


「司ぁー、冷蔵庫のクッキーも頼むー」


「あっ、了解でーす」


「井斉先輩、後輩を顎で使わないでください」


「えー、ちーちゃん、分かんなーいっ」


「立場が悪くなったら、『幼女キャラ』するのやめてください」


 井斉先輩の行動に苦言を呈したところで、「おまたせしましたー」と司くんが戻ってきた。

 司くんはトレーをテーブルに置き、一人ずつカップを配る。


「いただきまーす!」


 私はクッキーを取ろうとした市子の手を掴んだ。


「音羽ちゃん! 何するんですか!?」


「そこにウエットティッシュがあるから手を拭きなさい」


「……はーい」


 渋々ウェットティッシュで手を拭く市子。

 全く、子供なんだから。


「会長さんはまるで、若王子先輩のお母さんですね」


 司くんは、私と市子のやりとりを見て苦笑していた。

 井斉先輩もクッキーを頬張りながら、ニヤリと笑う。


「雲坂だもんな」


「音羽ママー!」


「ていっ」


 抱きついて来ようとする市子にデコピンを食らわせてやった。


「な、何するんですか!?」


 全く、こんなのと年がら年中一緒にいると、本当に仕事が"ママ"ならないわ。


「……ふっ」


「音羽ちゃん、急に笑って気持ち悪いですよ」


 ……黙りなさい。


「まあ、サイズ的にはこっちがママだけどな」


 井斉先輩は市子の胸元を見て、からかうように笑った。


「井斉先輩、何か言いましたか?」


「きらりんっ、ほら、クッキー食べてみてっ」


「…………」


 私は井斉先輩の『幼女キャラ』をスルーして、クッキーを食べてみた。

 うん、美味しい。普通のバタークッキーだけれど、変なベタつきもなく、甘みもちょうどいい。

 クッキーの甘みが口に残っているうちに、コーヒーを飲む。最&高。

 ……って、なんか普通にお茶し始めちゃったけど、教会よ、教会。


「音羽ちゃん、美味しいですね!」


「……そうね」


 ……まあ、もう少ししたらでいっか。

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