『外出許可が降りない理由1』
「どうして、私だけ外出許可が出ないんですか!?」
放課後、生徒会室にて、今日も市子がやかましい。
生徒会室にずっといることが多いので、どうしても季節感が感じられずに忘れてしまいがちなのだけれど、明日からゴールデンウィークである。
なので、今のうちに仕事をしておきたかったのだけれど––––市子のバカはそれを阻む気満々らしい。
まあ、今日は井斉先輩もいる事だし、黙っていれば井斉先輩が市子の話し相手くらいになってくれるだろう。
そして、その目論見は当たった。
「なんだ、
「そうですよ! ですが外出許可がおりないんです!」
萌舞恵女学院は、全寮制の女子校であり、規律を重んじる名門校なので––––その辺、ちょっと厳しいのよねぇ。
なので学外に出る際には教員、もしくは寮長先生の許可が必要だ。
「アゲハさんに頼めばいいだろ?」
「それが、ダメって言われました!」
「はぁ? 何でだよ?」
市子は軽く咳払いをしてから、モノマネをするような口調で話し出した。
「『ごっめーんっ、いっちーはさぁ、前回の小テストで赤点だったしょー? それで補習だからさー、外出許可とか出せないんだよねぇ』って言われました!」
「あぁ、若王子はバカ王子だもんな」
「えっへん!」
「いや、褒めてねーし、あと胸揺らすな」
「あ、今日ノーブラなんです」
「なんでだよ!」
「……えっと、下にキャミソールは着ているのですが、その……あっ、
「若王子のくせに難しい言葉知ってるな」
「音羽ちゃんに教わりました」
「意味もちゃんと分かってるのか?」
「それはさておき」
「合ってるな、うん」
「話を戻しますね。えっと、補習といいましても、一日中というわけでもないですし、少しくらいは大丈夫だと思うんですが……」
「そりゃ、あれだ日頃の行いが悪いからだ」
「私は、
「若王子は品性方向じゃないし、無事息災なのは関係ないだろ」
「正直、今言った四文字熟語の意味はあんまり分かりません!」
「お前と会話するの難易度高すぎるわ!」
井斉先輩がため息をつきながら、こちらに「助けて」と視線を送ってきた。仕方ない。
「市子、こっちにいらっしゃい」
市子は、まるでフリスビーを目にした子犬のようにこちらにかけてきた。
「なんですか、音羽ちゃん!」
「一回だけ、アルプス一万尺をやってあげるから、大人しくしていてね」
「私は、小学生ではありませんよ!」
「はい、じゃあ行くわよ」
私が両手を合わせると、何だかんだ言って市子も手を合わせた。「せーの」の掛け声で、始める。
『アルプス一万尺、小槍の上で、アルペン踊りを、さぁ、踊りましょ、ランラ、ラン、ラン、ラン、ラン、ランラ、ラン、ラン、ラン––––』
「お前らちょっと、アルプス一万尺速すぎねぇ!?」
市子とアルプス一万尺に興じていると、なぜか井斉先輩が驚いた顔で声をあげた。
「別に普通ですよ」
「そうよ、普通よ」
「もっと速く出来ますよ」
「プロかよ! お前らアルプス一万尺のプロかよ!」
私と市子は、井斉先輩が何に対して驚いているか分からずに、顔を見合わせた。
「井斉先輩、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもねーよ! 速すぎるんだよ、手の動きが! 見えねーよ! 若王子なんか、胸揺れまくりだよ!」
市子の胸が揺れてたのは確かだが、私はそのことは無視する。
「糺ノ森先輩は、もっと速いですよ。私でも着いていくのがやっとです」
「なんで、みたらの奴までアルプス一万尺やってんだよ……」
「というか、みんなやりませんか?」
「いや、やっている人がいるのは知ってるし、私も小学生の頃はやった覚えがあるが、ここは高校だぞ、やらないだろ、普通!」
市子も不思議そうな表情で首を傾げた。
「アルプス一万尺、ホイスト、ピクショナリーは萌舞恵三大ゲームとして、昔から親しまれてきたものですよ」
「すまん、アルプス一万尺しか分からない」
井斉先輩は「だめだ、こいつらには付き合いきれん」と再びため息を付きながら、今日もどこからか貰ってきたであろうお菓子を口にした。
「雲母坂も食べるか?」
「要らないですよ」
私はお菓子の差し入れを断り、資料を引き出しから出して、再び仕事に取り掛かろうとしたが––––市子はそれを許さなかった。
「おーとーはーちゃーんっ」
「……何よ」
「何かお忘れではありませんか?」
もちろん覚えてはいるが、私はシラを切る。
「あぁ、そういえばゴールデンウィーク中に井斉先輩は帰省する予定でしたよね」
市子はムッとした表情を浮かべたのに対して、話をふられた井斉先輩はお菓子をポリポリと頬張りながら、「ほおだ」と頷いた。
「若王子は補習があるからともかく、
私は積んである書類を一枚取って、振ってみせた。
「仕事があるので」
「んなの、ほっときゃあいいのに」
「そうもいきませんよ。それに、私は実家が田舎なので、帰るのに半日くらいかかるんです」
「そういえば、言ってたな。秋田だったか?」
「そうです。新幹線に四時間くらい乗って、その後乗り換えて、駅から車で三十分くらいですね」
「うわぁ、私ならそれ一生こっちにいそうなやつだ」
「私も帰るのは、ちょっと
実際、冬休みなどは雪が積もると電車が止まって帰れなくなる。
なので、新年は寮か市子の実家で過ごしている。
「てか、なんでこっちの学校来たんだ?」
「おばあちゃんが萌舞恵の卒業生なんです」
「ああ、なるほど」
私が田舎から都会にある萌舞恵に来たのは、別に田舎が嫌いだったとか、都会の暮らしに憧れていたとか、そういう理由ではない。
おばあちゃんが、「萌舞恵に行きなさい」と言って聞かないから、そうしただけに過ぎない。
私のおばあちゃんは、とても優しくて、私のことにとやかく口出しをする人ではないのだけれど、進学先だけは絶対に譲らない様子だった。
私もおばあちゃんっ子だったので、素直にそれを聞いて、中学からこの萌舞恵女学院に進学した。
ちなみに市子とは、第二女子寮を探して迷っている時に出会った(萌舞恵の敷地はちょっと広すぎる)。
市子の第一印象としては、丁寧な言葉使い、気品溢れる立ち姿が印象的な、見るからにお嬢様という感じだったのだけれど––––すぐに中身がおバカだと分かった。
私は心の中で、このことを『第一印象詐欺』と呼んでいる。
「おーとーはーちゃーんっ」
「うるさい、第一印象詐欺」
「急にどうしたんですか!?」
仕方ない……まあ、今日もちょっとだけ、本当はしたくないし、やりたくもないのだけれど、少しだけ市子に付き合ってあげることにした。
仕事があるとはいえ、明日からゴールデンウィークで、時間も結構取れそうだし。
「それで、何だったかしら……あぁ、そうそう。『外出許可が貰えない』だったわね」
「そうなんです!」
これは理由はともかく、すぐに解決出来る。とても簡単に。
「じゃあ、私が一緒に頼んであげるわ」
「え、いいんですか?」
「生徒会長である私が、『私も一緒に行きます』と言えば全く問題ないでしょ」
これで解決––––と思いきや、市子は途端に浮かない表情を見せた。
「それは……ダメです」
なんと市子に拒否されてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます