『外出許可が降りない理由2』
「どうしてよ、まさか私が一緒だと嫌なの?」
「あっ、いえ……嫌というわけではないのですが……」
私は井斉先輩とアイコンタクトを取る。井斉先輩も私と同じことを考えているようだ。
「……若王子、何か隠してるな?」
「そ、そそそんにゃことありません!」
「そんにゃことないってさ」
井斉先輩は、ニタリと笑う。うん、明らかに怪しい。
「ねぇ、どこに行って何をするつもりなの?」
私が問いただしても、市子は小さな声で「買い物……」と答えるだけだった。間違いなく、何かある。
「どこで、何を買うつもりなの?」
「……それは、内緒です」
怪し過ぎる。これで怪しむなって方が難しい。
仕方ない、少し強めに聞くしかない。もちろん、それは市子のプライベートを暴くためではなく、萌舞恵女学院の生徒会長としてだ。
「はっきり言うけど、生徒会長として、詳細の分からない外出を許可することは出来ないわよ。もちろん、プライベートなことにまで首を突っ込むつもりはないけれど、私とあなたは長い付き合いなのよ? それでも言えないの?」
「い、言えません……」
意外であった。市子からこんなにも強い拒絶は始めてだった。
いつも、「音羽ちゃん、一緒にお風呂に入りましょう!」だとか、「音羽ちゃん、今日は一緒に寝ましょう!」と言われてきた身としては、市子の反応は予想外の返答であった。
「なんで言えないのよ」
なるべく穏やかに言ったつもりだけれど、市子は少しビクっと身じろぎした。
しかし、何かを決意したのか、市子はこちらを気遣うように、
「その、音羽ちゃんのためです」
と、口をもごもごと動かした。
「いや、私のためを思うなら言いなさいよ」
「きっと、その……後悔することになりますよ?」
『後悔』とは変なワードのチョイスだ。普通こういう場面では使用しないと思われる。言い間違いや、先程の四文字熟語と同様に意味を間違って使用した可能性もあるが、そんなことまで疑ってしまうと、市子の言っていること全てを疑わなくてはいけなくなる。
後悔、後悔すること……聞いたら後悔すること。
私が"後悔"という、市子にしては妙なワードチョイスの理由を考えていると、私と市子のやり取りを注意深く見守っていた井斉先輩が、口を出してきた。
「その買い物ってのは、私や、司が一緒に行っても大丈夫なものなのか?」
「えっと、大丈夫だと思います」
井斉先輩はニヤリと、「だってよ」とこちらに笑いかけた。
一体、どういうこと!? 何故私がダメで、井斉先輩と司くんは大丈夫なの?
……落ち着きなさい、
まず、こういう場合に一番最初に思い浮かべられるのは、私が誕生日とかで、市子がそのプレゼントをこっそり買いに行くパターンだ。『後悔』というワードにも該当する。
サプライズで用意しようとしていることや、プレゼントの中身を知ってしまった場合は、後悔というワードは適切に思える。
でもこれはあり得ない。
私の誕生日は、十二月二十五日。クリスマス当日。まだまだ先である。
他に思い浮かぶのは、市子が私のものを勝手に壊したり、使ったりして、紛失した場合だ。
でも、これは市子が先程言った『後悔』というワードに該当しない。後悔というよりも、
分からない。全く分からない。
私は考えを一旦リセットする為に、席を立ち、コーヒーを淹れる。
コーヒーの香りが生徒会室に広がり、少しだけ落ち着いた気もする。
私は、淹れたコーヒーを一口飲んでから––––椅子に座る。
ふむ、とりあえず、もう一度疑問点を整理してみましょう。
1.買い物に着いてこられると困る。
それも私だけ。井斉先輩や、司くんなら大丈夫で私だけダメな理由とは?
私だけダメということは、私のことを嫌っている人や、苦手な人に、会うとか?
それとも逆に、私自身がその人に対してネガティブな感情を持っていると、市子が考えており、合わせないようにしてるとか?
んー、思い当たるような人は……居ないと思う。
となると、場所? 私にとって好ましくない場所に行くとか?
2.後悔するというワード。
着いてこられるのは嫌ではないが、私は後悔する。
あくまで困るのは私であり、市子ではない。
市子の発言から察するに、私を気遣っての発言だ。
私だけが、買い物に着いて来られると困る。そして、着いてこられるのは嫌ではないが、私は後悔することになる。
私はなんとなく市子に視線を向けた。すると市子は、何故か胸を押さえた。
「……何やってるのよ」
「あ、いえ……今日はブラをしていませんので」
「……ブラをしてない?」
その言葉がキッカケとなり、私は正解にたどり着いた。
分かりたくもなくて、知りたくもなくて、知ると後悔する答え。
それは––––
「……市子、ブラを買いに行くのね」
私がそう尋ねると、市子はコクンと頷いた。
そして、遠慮気味に話し始めた。
「最初は太っただけなのかなと思っていたのですが、どうやら違うようでして……もちろん、体重が少しだけ増えましたので、太ったことにはなるとは思うのですけど……」
井斉先輩も意味が分かったようで、「ははん」と笑った。
「若王子、さてはまた胸がデカくなったのか?」
市子はこちらを見てから、再びコクンと頷いた。
「その、持っているブラのいくつかが、小さくなったり、ワイヤーが切れてしまったりしまして……」
「ワイヤーが切れたですって!?」
え、ワイヤーって切れるものなの? あれって、切れるの!?
私は市子の胸をまじまじと見つめる。うん、キレそう。二重の意味で。
「この半年間は、六つのブラでローテーションしようと思ってたのですが、やっぱり足りなくなりましてして……洗濯物の関係もあって、今日の分が無くってしまい、昔のブラものその––––」
市子は私のことをチラッと見てから小声で、
「キツくて入らないので……」
と言った。
キレそう。いや、キレそう。
市子は、いつも違う柄のブラを着けているなーとは思っていたけれど、それがまさか、着られなくなったから、違うものになっていたとは思わなかった。
「それでその、
「あぁ、みたらのやつも若王子には負けるが、そこそこ大きいからな。なるほどなぁ、それで雲母坂には言えなかったってわけか」
私は自身の胸を見る。胸と呼んでもいいのか、分からない胸を見る。
市子の言う通りの結果になった。私はとても後悔している。市子に聞いてしまったことを。
だから、市子は私には内緒にしようとしていたのだろう。
市子はそんな私を気遣って、
「そ、そういえば行こうと思っているオーダーメイドブラを扱っているお店では、サイズアップブラの種類も豊富ですよ! 音羽ちゃん、一緒に行きましょう!」
とは言ってくれたけれど、当分の間立ち直れそうにはない。
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