『体重が急に四キロも増えた理由2』

 気を取り直して。

 市子に貰ったアイスを食べたあと、温かいコーヒーを飲みたくなったので––––淹れることにした。


 私は席を立ち、ドリップマシンにカップをセットしてスイッチを入れる。そのまましばらく待っていると、コーヒーのいい香りが鼻腔を刺激した。

 やっぱり、ドリップコーヒーはいい。

 私はインスタントコーヒーも、缶コーヒーも結構好きだけど、それでもどのコーヒーが一番好きかと聞かれたら––––迷わずドリップコーヒーと答える。豆の挽き方、お湯の温度、その日の気分によってドリップコーヒーは表情を変える。


 私は、コーヒーが入るのを待つ時間がとても好きだ。ぽとり、ぽとりとカップの底に溜まるコーヒーを見つめながら、ぼんやりとする何でもない時間が好きだ。


 ドリップマシンが音を立てて、抽出終了のランプが点灯したのを見てから、私はカップを手に取った。

 そして、出来上がったコーヒーを一口飲みながら、席に戻る。


「音羽ちゃんは、ちょっとコーヒーを飲み過ぎだと思います」


「大丈夫よ、カフェインは身体にいいんだから」


「いつもそう言いますけど、それを言うなら糖分も脳の栄養って言うではありませんか。ですが、糖分は太る元ですよ? 矛盾してると思いませんか?」


「市子は、頭を使わないからじゃない?」


「むっ」


 不満な視線をこちらに向ける市子を他所に、私は考える。

 学校の体重計の単位が、キロではなくポンドだったという可能性はないだろうか?

 いや、これもあり得ない。ポンドで表示された場合、その体重の誤差は四キロ程度ではすまない。確か、百ポンドが四十五キロくらいだった気がする。


 市子が体脂肪率を体重と間違えている可能性はどうだろう?

 いや、これはもっとあり得ない。確かに市子の胸には余計な脂肪は付いてはいるけれど、それを踏まえても、体脂肪率が体重と四キロ差なんてのは馬鹿馬鹿しい考えだ。

 ……胸、何キロなんだろ?


「ねぇ、市子の胸は何キロくらいあるのかしら?」


「四キロくらいです」


「萎めばいいのに」


 は、はあ––––––––!? 二リットルのペットボトル二つ分って、はあ––––––––!?

 何故天は、胸の大きな人と小さな人をお作りになったのですか?

 何故天は市子に大きな二物を与えたのですか?


「音羽ちゃん! いつもの素敵な音羽ちゃんに戻ってください!」


「心配しないで、今のは冷静な『萎めばいいのに』だから」


「そんなこと言われても、私には分かりませんよ!」


 一旦落ち着こう。

 私はコーヒーをもう一口飲み、冷静になるために一度深呼吸をした。

 ふぅ、よし。大丈夫。

 ここまでの市子の発言で気になってことと言えば––––やっぱり、市子の胸の重さと、増えている体重が一緒なのは、ちょっと突っ掛かる。


「もしかして、自宅で体重を測る時に、胸だけどこかに乗せたりしてないでしょうね」


「そんなことしませんよ」


 まあ仮に自分で持ち上げたとしても、体重は変動しない。


「市子の四つの体重計はいつぐらいに買ったものなの?」


 とは聞いたものの、市子がそんなことを覚えているとは思えない。だか、その予想は外れた。


「全部半年前に購入しました。どれを買おうか悩んでしまい、結局全て購入しちゃいました」


「市子にしては物覚えがいいわね」


「設定とかが大変でしたので、よく覚えています」


「設定ねぇ、身長とか、年齢とかかしら?」


「そうですね、後は……性別とか、地域とか」


「性別は分かるけど、地域まで設定するの?」


「場所によって、体重が変わるそうですよ」


「最近の体重計は本当にすごいわねぇ」


 色んなものが、知らない間にどんどん進歩しているのを見ると––––高校生ながら歳をとったと感じてしまう。


「音羽ちゃん、それで私の体重が増えた理由は分かりました?」


「全然分からないわ」


 体重計、本人、身の回り、その辺の物に何かあるかと思ったけれど、特に何もなかったように思える。


 ふむ。ここら辺で、一旦疑問点を整理してみましょう。


 1.急に四キロ増えるのは有り得ない。

 まずはコレよね。体重は変化するものとはいえ、朝と放課後に計測して、四キロも増えているのは絶対におかしい。

 そんな増量は人体的にありえない。

 となると、外部要因で増えた可能性があるが、身に付けていた衣服は体操着のみ。

 さらに、市子はその体操着までも脱ごうとしたので、少しでも体重を軽くするための行動をとったはずだ。

 つまり、市子は重りになるようなものは身に付けていない。胸以外。

 市子が自己申告した胸の重さと、体重計の増加量が一致しているのも引っかかる。



 2.体重計は故障していない。

 学校の体重計も市子の体重計も間違いなく故障してない。

 なのに、四キロの誤差が生まれた。

 そしておそらく、

 二リットルのペットボトルはちゃんと計測出来ていた。となると、他の生徒の計測も正しかったはずだ。

 市子の体重計も、のだから、間違っているはずがない。

 あるとすれば、四つとも故障している? そんなのってあり得る?


 まあ、この辺ね。


「市子の体重計は、胸の重さを自動的に減らす機能とかもあるのかしら?」


「そんな機能ありませんよ、確かにこれが無ければ大分体重は軽くなるとは思うのですけど……」


 市子はそこで少し考えてから、「あっ」と小さな声をあげた。


「何よ」


「分かりましたよ! 体重が増えた理由!」


「どーせ、またおバカなことを言うんでしょ?」


 しかし、市子はチッチッチと、生意気にも指を振った。そして目をキラキラさせながら言う。


「今日は私がヒントを出す番ですね!」


「……もしかして、やりたかったの?」


「そりゃ、やりたかったですよ! 音羽ちゃんのヒントを出す時の顔を見たら、いつかやり返したいと思ってました!」


「私の顔がなんだって言うのよ」


「まるで、『こんなことも分からないの? ヴァーカ!』って言っているような顔でした!」


「私はそんなこと言わないし、そんな顔もしないわよ」


「いいえ、してます!」


「してない」


「してます!」


 これでは拉致があかない。私はコーヒーカップを傾けてから、市子を促す。


「ほら、ヒントを出したいなら、早く出しなさい」


「では、ヒントです!」


 と威勢よく言ったはいいものの、市子は言葉に詰まってしまった。


「早く出しなさいよ」


「ヒントって出すの結構難しいですね……」


「学校の先生が、テスト問題を作る感じによく似てると思うわ」


「分かりにくい例えです」


「それで、ヒントは出るの? 出ないの?」


「出ます!」


「なら、早くしてちょうだい」


「では、ヒントです! えと、体重計には服の重さを、手動でマイナスにする機能があります!」


「それは知っているけれど、それがなんの関係があるって言うのよ?」


 市子は間違いなく、全裸で体重を測っているのでそんな機能は必要ない。


「それがあったんです。だって私は、その機能を半年前に四つとも設定しています」


「半年前は服を着て計ってたの?」


「いえ、全裸でした」


 やっぱり。まあ、追求はしないけど。


「二つ目のヒントはいりますか?」


「いらないわよ」


 正直ため息しか出ない。

市子の体重が何故四キロも増えたのか?

それは––––


「じゃあ、答え合わせの時間ですね!」


「それ、私のセリフ」

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