『閉鎖された第一女子寮の謎2』
……って、いけない、いけない。早く仕事をやらないと。
いつまでも話に付き合っていたら、作業が全然進まない。
私はもう一度仕事に取り掛かろうとパソコンの画面に視線を落とすが、市子が私の後ろに回り込んできた。
「……今度は何よ」
「どうして、第一女子寮は閉鎖されるのでしょうか?」
「またそれ? 古いからでしょ」
「なら、管理する必要は無いとは思いませんか?」
「しないと、崩落したりする危険性があるからでしょ」
「それなら、取り壊してしまえばいいとは思いませんか?」
「歴史的な建物だから、残しておきたいんでしょ?」
私のありきたりな回答に痺れを切らしたのか、市子は今までの会話をぶった切り、いきなり本題に入る。
「でも、住めますし、入寮希望者もいます。どうして、閉鎖されてしまったのでしょう?」
「…………」
正直、そこは分からない。適当な回答も返せない。
ボロいけど、住めるのは間違いないし、入寮希望者もいる。論理的に考えるのなら、それでも他に住めない理由がある……のかもしれない。
閉鎖されてる理由……そうねぇ、例えば、耐震強度はどうだろう? 昔の建物なのだから、地震には弱いと見て間違いない。
いや、それは浅はかな考えかもしれない。古かろうが、新しかろうが、日本の建物は地震に強い。
昔から日本は地震が多かったのだから、昔の建物だって、地震に強く作られているに決まってる。
実際、何百年前の建造物とか残ってるわけだし。
でも一応、その辺も調べてみましょうか。直近の大きな地震と言えば、3/11になるけど、もっと昔––––例えば関東大震災とか。
「ねえ、第一女子寮が建てられた正確な年代って、分からないかしら?」
私の問いに、司くんが答えてくれた。
「学園のホームページとかに、乗ってるかもしれませんよ」
「そうね、調べてみるわ」
作業中の画面を一旦クローズして、私は萌舞恵女学院のホームページを開く。『萌舞恵の歩み』という項目をクリックして、下にスクロールしていく。
見つけた、『千九百二十九年、女子寮を設立』とある。関東大震災は、確か……千九百二十三年だから、震災後となる。
普通に考えたら、震災後に出来た建物なので、耐震はしっかりしていると考えるのが無難か(直後だし)。少し当てが外れた。
私は他に何かないかと、画面を下にスクロールすると、第一女子寮の前で、当時の生徒達が写っている写真を見つけた。
その写真を見て、市子が後ろから声をあげる。
「みんな、セーラー服です!」
「そりゃ、そうでしょ」
萌舞恵女学院の制服は、開校当初はセーラー服だったのは有名な話だ。今はブレザーになってしまったのだけれど、その歴史あるセーラー服の伝統を守るため、現代においては、生徒会長が生徒の代表として、セーラー服を着用している。つまり、私が着ている。
「やっぱり、セーラー服はいいですねー」
市子のセーラー服姿をちょっと想像してみる。一番最初に、自己主張の強い胸元を想像して、私は後悔した。はぁ……。
「なあ、あたしが言うのもなんだけどさ、この写真に写っている生徒、みんな背が小さくないか?」
いつの間にか、私の横からパソコンの画面を除き込んでいた井斉先輩。そう言われば、そんな気もする。
「それは、九十年くらい前の写真ですよね。なら、当時の平均身長から考えても妥当だとは思いますよ」
「あら、司くん。詳しいわね」
「中等部にいた頃に、夏休みの課題でやったことがあるんですよ。自分の調べたものですと、九十年前はちょっと分からないんですけど、百年前の平均身長は、十八歳の女子で、百四十七センチ程度だったはずです」
「あたしより、ちょっと大きいくらいか」
私、市子、司くんが同時に井斉先輩を見た。
「なんだよ、みんなして……」
私達は顔を見合わせる。どうやら、考えていることはみな同じらしい。
なので、代表して私が聞いてみることにした。
「井斉先輩の身長って、いくつなんですか?」
井斉先輩は少し悩んでから、急に天使のような笑顔を浮かべ、にぱぁっと笑う。
「ちーちゃんはね、第二次成長期がまだ来てないだけなんだよっ」
「前に『背が小さくて良かった』って言ってませんでしたっけ?」
「そ、それは、えとえと……」
「それに、幼女キャラを演じるなら、小さくてもいいんじゃないんですか?」
「そ、それは、ほら、アレだよ!」
井斉先輩の目は少し泳いでいる。
「なんですか、井斉先輩?」
「その、小さくて良かったとは思ってるけど、その……小さいのは気にしてるんだよ! 言わせんな、恥ずかしい! 雲母坂だって、小さいだろ!?」
「私は、百六十五センチですよ」
私が身長を教えると、井斉先輩は仕返しと言わんばかりに市子の胸を見た。市子のバカみたいに大きな胸を見た。その次に私の胸元に視線を動かした。
私は自分の胸元を見下ろす。何も無い。何も……無い……。
「……ぐっ」
「お互い、小さき者同士、分かるだろ?」
「……まあ、気持ちは分かります」
ほんのちょっぴり、井斉先輩との絆が芽生えた––––じゃなくて!
「司くん、さっき確か、『当時の平均身長は、百四十七センチくらい』って言ったわよね?」
危ない、危ない。大事なことを見落とすところだった。司くんは「そうです」と頷いた。
「当時は食べ物が今ほど恵まれていなかったので、栄養価の面で考えても、今よりも身長が伸びにくい環境だったのは間違いないです」
逆に食べ物が溢れている現代人の平均身長は、当時に比べて伸びている。
全部胸に行っているおバカもいるけど。
さて、大体情報は出揃った気がする。
ここらで、疑問点を整理してみましょう。
1.入寮希望者がいて住めるのに閉鎖している。
私は内装をアゲハさんに見せて貰った写真でしか見たことがないのだけれど、かなり綺麗に感じた。
アゲハさんも、「ふつーに住めるよっ」と言ってたし。ガス電気水道も通ってるらしいし。
入寮希望者が大勢いるし、私にだけセーラー服を着せて歴史を重んじる癖に、歴史ある第一女子寮を、閉鎖したままにしてるのはおかしくないだろうか?
何か、入寮出来ない決定的な理由があるのだろうか?
2.当時は寮の移動が頻繁にあった理由。
これに疑問を覚えたのは、単純に今は無いからだ。
もちろん、希望者は移動する場合もあるのだが、当時は勝手に移動させられていた––––と聞く。
その結果、ずっと第一女子寮だった生徒、萌舞恵っ子がより特別な存在となってしまった。
何か移動させる理由があったのだろうか?
まず一番最初に思い付いたのは、素行面だ。素行の悪い生徒は、萌舞恵っ子じゃないから、移動させる––––みたいな?
でも、アゲハさんって大学に上がってからは、よくサボっていたって話してるのよねぇ。
これって素行、悪いわよねぇ。
となると、コレは違う。
逆にアゲハさんが移されなかった理由を考えてみる?
うーん、他の生徒と比べて、アゲハさんだけが持っていた特徴……。
あっ、もしかして……!
なら、第一女子寮が閉鎖になった理由は––––
「あっ、音羽ちゃんが、答えが分かった時の顔をしています!」
市子が
「そんな顔してないけど、まぁ、分かったわ。どうして、第一女子寮が閉鎖されたのか。それは––––」
言いかけたところで、今日も市子はパーを突き出してきた。
「待ってください!」
「はいはい、ヒントですねー、分かってますよー」
少し投げやりな物言いでも、市子は「やりました!」と今日も元気に胸を揺らした(物理的に)。まあ、出し惜しみするのも感じが悪いし、ちゃっちゃと出してしまおう。
「じゃあ、まず最初のヒント。アゲハさんが管理人なのは、距離が近いのもあるだろうけど、多分もう一つ理由があるわ」
私のヒントに対して、井斉先輩はからかうように笑う。
「それは雲母坂みたいな生徒を、ギャルにするためか?」
「私のどこがギャルだって言うんですか?」
井斉先輩は目線を下げた。胸より下まで。その目の動きは、追うまでもない。
反対に司くんは、先程のヒントに対して首を傾げていた。
「つまり、第三、第四、第五女子寮の寮長では、出来ないからってことですか?」
「そこまでは分からないけれど、アゲハさんが適任ではあると思うわ」
「難し過ぎます! 次のヒントを要求します!」
仕方ない、ちょっとサービスして分かりやすいヒントを出しちゃいましょう。
「コレはおそらく私の予想なのだけれど、第一女子寮から他の寮に移動した生徒は、高校生や、大学生が多かったはずよ」
「学年が上がると寮を移動する? むぅう、分かりません!」
察しの悪い市子とは裏腹に、井斉先輩と、司くんは今のヒントで分かったようだ。
「なんだ若王子、まだ分からないのか?」
「若王子先輩、自分からもヒントです。井斉先輩は大丈夫ですけれど、自分は間違いなくダメだと思います」
「司くん、サービスし過ぎよ」
司くんが中々いいヒントを提示したものの、市子はまだ頭を悩ませていた。仕方ない。
「じゃあ、最後のヒント」
というか、答えなのだけれど。
「昔の建物は天井が低いわ」
「……天井が低い……それで、司くんはダメで、井斉先輩は大丈夫……あっ、もしかして!」
「じゃあ、答え合わせの時間ね」
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