『閉鎖された第一女子寮の謎1』

「どうして第一女子寮は、閉鎖しているのでしょうか?」


 放課後、生徒会にて、今日も市子のなぁぜなぁぜが始まった。

 市子の疑問に対して、井斉先輩が「そんなことも分からないのか?」とでも言いたげな表情で口を開いた。


「そりゃあ、古いからだよ。あそこは九十年くらい前に建てられたんだ」


「隙間風なんかも凄いとか」


 司くんも、パソコンから視線を離さずに市子の疑問に答えた。

 しかし、市子は納得のいかない様子だ。


「でも、住めないわけじゃありませんよね?」


 確かに市子の言う通り住めなくはない。

 建物はボロいが、歴史的な建物らしく––––人は住んでいなくても毎年ちゃんと整備はされており、状態は悪くない。ボロいけど。

 外観は、風が吹いたら倒れてしまいそうな、みるからに古い木造の一軒家で、四文字熟語で言うなら、古色蒼然こしょくそうぜんって感じだ。

 井斉先輩は、市子に視線を向け、


「なんだ、若王子は第一女子寮に住みたかったのか?」


 と、首を傾げた。


「それはそうですよ、だってあそこが一番格式の高い寮ですから」


 その話は私も知っている。

 昔から第一女子寮は特別で、中学から大学を卒業するまで第一女子寮に所属していた生徒の事を、『萌舞恵っ子』と呼んでいたとか。

 なので、閉鎖されたのを知らない新入生の中には、萌舞恵っ子に憧れて、第一女子寮への入寮を希望する生徒も少なくはないと聞いている。


「でも、萌舞恵っ子って凄く少なかったって聞いたことありますよ」


 そう、司くんの情報は正しい。


「それはね、第二女子寮が出来て以降は、寮の移動が頻繁にあったそうなの。だから、中学から大学卒業まで第一女子寮だった生徒は殆どいなかったそうよ」


 それに、入る寮の希望とか聞いてもらなかったそうだし。今もそうなのだけれど、学校側が空いてる所に割り振っていたそうだ。


「確か––––雲母坂きららざかと若王子は第二女子寮だったな。で、司は第五だっけ?」


「そうですね、自分も会長さんや、若王子先輩と同じ寮なら良かったのですが」


 司くんは残念がっているが、私はそうは思わない。


「第五女子寮の方が、新しいからいいじゃない。オートロックなんでしょ?」


 私の意見に井斉先輩も同意する。


「だなー、あたしは第四だけど、やっぱり第五の施設は羨ましいと思うよ」


 第五女子寮が出来たのは、割と最近だ。建物はマンションみたいだし、内装もとても綺麗だ。

 聞いた話では、お部屋に浴室乾燥機とか付いてるんですって。羨ましいわ。


 反対に、私達が住んでいる第二女子寮もそれなりに古い建物で、外観も歴史を感じる景観だとは思う。

 むしろ、寮というよりも––––洋風のお屋敷と言ったほうがいいかもしれない。


 真っ白な二階建ての童話とかに出てきちゃいそうな西洋館。

 通称、白凪しらなぎ寮。

 この寮を始めて見た時に、私は「あぁ、ここは本当にお嬢様学校なのね」と思ったのをよく覚えている。


「音羽ちゃん、第一女子寮は誰が寮長をしてたんですか?」


「昔は知らないけど、今はアゲハさんよ」


「あげぽよさんなんですか!?」


 市子は驚いた顔をしているが無理もない。アゲハさんは、現在、私達第二女子寮の寮長先生を務めているお姉さんだ。

 嬬恋つまごいアゲハ。一言で言うと、ギャルの人。明るめの髪色に、刺さったら痛そうな爪、ちょっと小麦色の肌。

 見るからにギャルな人であり、そのことにやたらとプライドを持っている人でもある。


 ちなみに市子が言った、『あげぽよ』というのは、アゲハさんが寮生には自分のことはそう呼ぶように強制した名前だ(私はなんとなく恥ずかしいから呼ばない)。


 アゲハさんはギャルな見た目とは裏腹に、寮長先生としてとても優秀であると共に、かつては私と同じセーラー服を着用していた人物でもある。

 つまり、この学園の生徒会長だった。初めて聞いた時には、「嘘でしょ!?」と驚愕したけれど、学園内に飾られているアゲハさんが貰った賞状やトロフィーの数を見たら、納得するしかなかった。

 本当に人は見かけによらないとも思った。

 爪は長いのに料理上手だし、口癖は『まじダルビッシュ』なのに面倒見はいいし(ファッションの相談からメイクの仕方まで)、それでいて無駄に博識だし(自撮りをする時の角度とか盛れるカメラアプリとか)、宿題も手伝ってくれる(主に市子の)。

 初めてアゲハさんを見た時は、「あっ、この寮ハズレだ」なんて失礼な事を思ったものだけれど、その考えこそが、大外れであった。


「あたしも、アゲハさんの噂は聞いてる。なんでも、TOEICで満点を取ったとか」


「自分も、日商簿記の一級を持っていると聞いたことがありますよ」


「でも、運転免許は持ってないそうですよ」


「教習所に通うのが面倒くさいって言ってたわ」


 とまぁ、アゲハさんは、名前を出すだけで話が盛り上がる人でもある。


「ですが、どうしてあげぽよさんが第一女子寮も管理しているのでしょうか?」


「そりゃ、第一と第二が近いからだろ。ほら、歩いて二分くらいだろ?」


 市子の疑問に、またまた「そんなことも分かんねーのか」と言いたげな表情で、井斉先輩が答えた。

 実際は徒歩五分くらいなのだけれど、近いのは間違いない。

 というか、今更になってしまうのだけれど、ついうっかり仕事を忘れて、今日も市子に付き合ってしまった。まあ、今日は井斉先輩も司くんもいることだし、市子のおもりは二人に任せて、私はちゃっちゃと仕事を片付けてしまおう。

 私は三人の会話をBGM代わりに、キーボードを叩く。


「そういえば、アゲハさんって、遠目からしか見たことないけど、結構長身だよな」


「あっ、それはですね、いつも十五センチのヒールを履いているからです」


「十五センチはすごいですね、それで足とか痛くならないのでしょうか……」


「慣れだそうです」


 補足、というか追加情報にもなるけれど、アゲハさんの実際の身長は、市子よりちょっと小さいくらいだ。市子が百五十五センチで、アゲハさんが百五十三センチに届くか、届かないかくらいだと前に言っていた。

 成人の女性にしては、小柄な方だとは思う。

 けれど、第二女子寮は土足オーケーなので、基本的にアゲハさんはいつも私より大きい。さすがは、十五センチヒールだ。


「アゲハさんって確か、最後の萌舞恵っ子らしいですよね」


「そうなんです、凄いですよね!」


 聞いた話では、アゲハさんの卒業と同時に、第一女子寮はその長い歴史に幕を閉じたらしい。


「アゲハさん、ギャルだけど優しそうでいいよなー。うちの寮長なんかさ、厳しくてさー、服装とかにも口出ししてくるんだぜ」


「アゲハさんも服装には厳しいですよ」


「まじぃ!? あんなにアゲアゲなのに!?」


 アゲアゲって表現、古くない? それとも、アゲハさんだから、アゲアゲなの?

 まあ、どっちでもいいのだけれど。


「アゲハさんは、オシャレじゃないと怒るんです」


 そう、逆にね。


「身だしなみをキチンとと言いますが、外見に気を使っていないと怒られる––––みたいな」


 だからと言って、市子みたいにヘアセットに一時間もかけて、朝食を食べ逃した挙句、遅刻するのもどうかと思うけど。


「後は、気が付くとタンスの中の靴下とかが増えてますね」


「それは、アゲハさんがこっそり入れてるとかですか?」


「多分そうだと思います、三メートルもあるルーズソックスですし……」


 井斉先輩は「ギャルぅ!」と謎の叫び声をあげた。


「第二女子寮ギャル化計画絶賛進行中じゃねーか」


「音羽ちゃんなんて、知らない下着がよく増えているそうですよ」


 三人が一斉にこちらを向いた。


「……何よ」


 その視線に耐え切れずに、反応してしまった私に、三人を代表して井斉先輩が尋ねてきた。


雲母坂きららざかぁ、どんな下着を貰ってるんだ?」


「ピンクと黒のトラ柄とか」


 井斉先輩は再び「ギャルぅ!」と謎の叫び声をあげた。


「あとは、キティーちゃんとか」


「それは一周回ってギャルいな、うん」


 本当は他にも沢山貰ってるけど、無難なものはこの辺りだと思う。実際、私は第二女子寮に入寮してから、自分で下着を買ったことがないくらい貰っている––––というか、勝手に増えている。


「でも一番多いのは、黒色のシースルーだと思います!」


「それは言わなくていい」


 上手く避けてきたのに、市子のおバカが要らないことを言った。

 おかげで、井斉先輩は目を細め、ニヤリと笑い、司くんは、少し顔を赤くしていた(司くんは結構ウブなところがある)。


雲母坂きららざかはそんなの穿いてんのかよ、やべーな」


「夏場とか、蒸れなくていいですよ」


「そうなんです、夏場って本当に蒸れて、汗疹とか出来ちゃいますよね。私は胸元が蒸れて、本当に大変なんですよっ」


 ……萎めばいいのに。

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