『プリン消失事件1』

「プリンがありません!」


 放課後、生徒会室にて、今日も今日とて市子が騒ぎ出した。


「そんなわけないでしょ、私はちゃんと料理部の子が、冷蔵庫に入れたのをこの目で見たもの」


 ことの発端を話すには、一時間ほど時を遡る必要がある。

 一時間前、私は一人で生徒会室で仕事をしていた。いつもなら、市子も一緒に居るのだけれど––––市子は、補習を受けていたため(小テストの結果が壊滅的だったらしい)、居なかった。


 そこへ料理部の女生徒が差し入れを持って来てくれた。

 内容は、プリン二つと、コーヒーゼリー二つ。プリンは底にカラメルのある普通のやつで、コーヒーゼリーは上にミルクのかかっているものだった。どうやら、生徒会メンバー全員分作ってきてくれたらしい。

 だけど今日は、井斉先輩と、司くんからは、『来れない』と連絡を受けていた。

 なので、私はそのことを話し「プリンとコーヒーゼリーを一つずつ貰うわ」と言ったのだけれど、料理部の子は「それなら、プリンとコーヒーゼリー両方食べてください!」と、勧めてきた。


 まあ、せっかく作ってくれたのだからと、私はその申し出に甘えさせてもらうことにした。

四月の下旬に入ったばかりだというのに、今日はとても暑い。なので、冷たいデザートの差し入れは正直とても嬉しいしね。

料理部の子は、一つずつとは言ってはいるものの、どうせ市子のことだから、


「私はプリン二つがいいです!」


 という希望を口にするのは見え見えのため、とりあえず、私はコーヒーゼリーを一つデスクに置いてもらい(ちょうど、仕事の手が離せなかったからだ)、残りのプリン二つと、コーヒーゼリーは、料理部の子に冷蔵庫にしまってもらった。

 この生徒会室には、戸棚の奥に冷蔵庫と冷凍庫があり、時々こうやって利用している。

冷蔵庫の方は、使っていると戸棚の奥に霜が溜まってしまうので普段は電源を切っているのだが、冷蔵庫の方は市子の買って来たジュースがキンキンに冷えていたり、「ちーちゃんの!」と書かれたシュークリームが、三日前から入っていたりと絶賛稼働中だ。


 戸棚の奥にしまっている理由としては、生徒会室にそういうのがあったら他の生徒に示しが付かないと私が判断したからなのだかれど、料理部の子は生徒会室に冷蔵庫があるのを知っている。


 さて、それはなぜでしょう?


 ヒントは、そうね……この二つは元々料理部にあった––––って、これはヒントじゃなくて答えね。


 というわけで、回答は今述べた通り––––冷蔵庫、ならびに冷凍庫は、料理部から貰ったものなので、料理部の子は大体知っているというわけだ。


 その後、私は仕事をひと段落つけてから、デスクに置いてもらったコーヒーゼリーを食べ(物凄く美味しかった)、仕事に戻った。

その後、補習を終えた市子が生徒会室に来たので、「プリンがある」と言い、現在に至る。


「ほら、見てください! ありませんよ!」


そんなわけないでしょうと、私は席を立ち、開けっぱなしになっている冷蔵庫の中を覗いてみた。


「……本当に無いわ」


 市子は「だから、そう言いましたよ!」と目で訴えてくる。

 しかも、プリンが無いだけならまだしも、コーヒーゼリーまでもない。

 冷蔵庫に入っているはずの三つの容器が、そっくりそのまま消えている。

市子は怪しむような視線を、こちらに向けた。


「おーとーはーちゃーん?」


「違うわよ」


「プリンは美味しかったですか?」


「コーヒーゼリーは美味しかったけれど、プリンは食べてないから分からないわよ」


 私は本当に、コーヒーゼリーを一つしか食べてない。そもそも食べたとしても、料理部の子に「後で容器を返してください」と言われているので、食べたとしても容器ごとなくなるわけがない。

実際、私が食べたコーヒーゼリーの容器は、先程まで作業していたデスクの上に置いてある。


 そして、この部屋には、市子が来るまで誰も立ち入ってないし、私が部屋を空けることもなかった。

 つまり、これは『密室プリン消失事件』と言っても過言ではない。


「音羽ちゃん、私は怒りませんから、白状してください!」


 市子の疑いの目は、相変わらず私に向いている。


「食べたとしても、『後で容器を返してください』と言われてるの。だから、空の容器が無いとおかしいでしょ」


「音羽ちゃんが隠したとか」


「だから、食べてないって言ってるでしょ。それに隠す理由もない」


「音羽ちゃんは、食べたのを隠蔽工作しています!」


「してない」


「一人で四つも食べて、なんでそんなに食いしん坊なんですか!」


「だから、食べてない」


 市子はここで、私の口元を注視する。だけど、プリンなんて付いているわけがない。コーヒーゼリーは付いてるかもしれないけど。


「音羽ちゃん」


「何よ」


「ちょっと失礼します」


市子は急に近付き、一生懸命背伸びをしながら、私の口元に鼻を近付け匂いを嗅ぎ始めた。


「ちょっと、何するのよ!」


「匂いチェックです、プリンの匂いがしたら有罪です!」


「そんなことしても、コーヒーゼリーの匂いしかしないわよ!」


「それは、プリンを先に食べてから、コーヒーゼリーを食べて、プリンの匂いを消したからでは?」


そんな餃子の後に、ブレスケア理論を展開されても困るのだけれど。

とにかく、私に疑いを向けるのはやめてほしい。


「いい加減にしないと、市子が中等部の頃に右手に包帯巻いたり、左目に眼帯付けてた話をみんなにしちゃうわよ」


「それは絶対に秘密と約束したではありませんか!」


「なら、少し大人しくしてなさい。私は、プリンを探すから」


「ふんぬばらさかりば! おっちゃんぱらけ!」


 私は、興奮して何言ってるか分からない市子の戯言を無視して考える。

誰かが入って来たという覚えはないし、気が付かないというのもあり得ない。

 私の座っていた場所からは、この部屋に一つしかない入り口が見える。しかも、最近立て付けが悪いのか、扉を開くとキィーと音がするので絶対に気が付く。

 窓からの侵入はもっとあり得ない。ここは四階だ。当然、ベランダも無い。


 料理部の子が、冷蔵庫に入れないで持ち帰った––––なんてのもあり得ない。先程も言ったが、私は彼女が冷蔵庫にプリンをしまうのをこの目で見ている。


ふむ、大体この辺かしら。

それじゃあ、疑問点をまとめてみましょう。


1.密室なのに無くなった。

誰かが入室した気配も、退室した気配もないのに、プリン並びにコーヒーゼリーが消失した。

私は仕事に集中していたとはいえ、誰かが来たら気付くし、考え過ぎかも知れないけど、誰かがこの生徒会に隠れていて、プリンを盗んだとしても––––そこまでやる? プリンに? 市子じゃあるまいし。


2.冷蔵庫の存在を他の生徒は知らない。

生徒会メンバーや、料理部の子以外は冷蔵庫や冷凍庫の存在を知らない。

戸棚の奥にあるし、外から見ただけでは分からない場所にある。

うーん、可能性があるとしたら、市子や井斉先輩がポロッとその存在を漏らしちゃったとか? それをズルいと思い、プリンを盗んだとか? いやいや、ありえない。


ふぅむ、まともに考えてみたものの、どれも現実的にあり得ない。

 ……となると、考えられる可能性は一つ。


「あ、音羽ちゃん、もしかしてプリンがどこにあるか分かったんですかっ?」


「まぁね、プリンは––––」


「待ってください!」


市子は今日も手をパーにして、私の眼前に突き立てて来た。


「自分で探してみます」


「はいはい、じゃあ、今日もヒントを出してあげる」


市子は「やりました!」と今日も元気に(物理的に)胸を弾ませた。

私はソレを毎度の如く見なかったフリをして、話を続ける。


「まず、この部屋には市子が来るまで、私と料理部の子しか入っていない」


「じゃあ、そのどちらが犯人です!」


「そして、


「そんなのおかしいですよ!」


それがおかしくない。


「じゃあ、次のヒント、プリン並びにコーヒーゼリーは料理部の子の手を離れてから、多分ずっと同じ場所にあり、移動や持ち出されたりはしていない」


「では、なんで冷蔵庫に入ってないんですか?」


「最後のヒント、冷蔵庫の隣にあるのは?」


 私は席を立ち、冷蔵庫ではなく電源の入ってないの方を開いた。

 中には案の定、三つのカップ入っていた。


「ほら、あったわよ」


「さっすが、音羽ちゃん!」


市子は満面の笑みを浮かべ、先程まで私を疑っていたことなど忘れてしまったようだ。

全く、調子だけはいいんだから。


「きっと、料理部の子は冷蔵庫と冷凍庫を間違えちゃったのね。この二つは見た目も似てるし、別々の戸棚に入ってるから」


 私は「戸棚の奥に冷蔵庫があるから、そこに入れてもらえる?」とお願いした。多分、料理部の子は冷凍庫の方の扉を開いて、そっちに間違えて入れてしまったのだろう。私も遠くからだったので、入れたのは見えたけど、どちらに入れたかまでは見えなかったので、その間違いを指摘出来なかった。

 これで、問題解決––––と思いきや、


「音羽ちゃん! プリンがありません!」


 と市子が、再び先程と同じセリフで再び騒ぎだした。


「いや、冷凍庫の中に入っているじゃない」


 市子は「見てください」と三つの容器を取り出した。

 そこにある容器の中身は、

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