『一つだけ匂いの違う芳香剤3』

 場所は、美化委員室前のお手洗い––––ではなく、私の部屋。

 私は、糺ノ森ただすのもり先輩から頂いた誕生日プレゼントを取り出した。

 そう、である。


「この匂いでしょ?」


 私は空間に向かって香水をシュッシュと吹きかけた。


「そう、この匂いです!」


 スンスンと鼻を鳴らし、匂いを確認する市子。

 要するに糺ノ森先輩は、お気に入りの香水の中身を芳香剤の容器に移し替えたというわけだ。


「これ、多分相当高いものだから、他のお手洗いには置けなかったんでしょうね」


「なるほど、それなら市販されている芳香剤の香りよりも、高級感が出るのも頷けますね」


 司くんもクンクンと鼻を鳴らしながら、納得の表情で頷いた。


「それと、ガーデンエリア、並びに図書室で同じ匂いがした理由も、糺ノ森先輩が、この香水を身に付けていたからよ」


 ここが、大きな勘違いだった。

 最初は、糺ノ森先輩が調合した芳香剤だと思っていたのだけれど、まさかフレグランスをそのまま使っているとは思いもよらなかった。

 ガーデンエリアに素材となる原料があったのではなく、糺ノ森先輩自身がシンプルに同じ匂いを放っていた。

 図書室も、当日に調合したから匂いが移ったのではなく––––同じ匂いの香水を付けていただけである。


「それに、この方法なら素人でもプロ並みの芳香剤が作れるわ」


 とても簡単で単純な作り方。

 元からあるいい匂いのする液体を、そのまま容器を移し替え、スティックを刺すだけ。

 やり方を知ってさえいれば、簡単に出来るナイスなアイデアだ。

 流石は糺ノ森先輩ね、これだけでセンスの良さが分かるもの。


「あっ、そうだっ」


 ここで市子があからさまな、「いいこと思い付いた!」的な表情を浮かべたので、即座に牽制。


「はい、却下」


「何故ですかっ!」


「どーせまた、おバカなこと言うんでしょ?」


「おバカとは何ですか! 私は生徒にとっての学園生活がより良いものになる為の提案をしようと思って!」


「ふぅん、なら言ってみなさいよ」


「ふふふっ、それはですね」


 私は無感情に、司くんは––––別にしなくていいのに––––期待を込めた眼差しで市子を見つめる。


「私はメロンソーダが好きです」


「うん、知ってる」


 例のメロンシロップを用いて作るメロンソーダは市子の大好物で、今日も飲んでいた。


「あのですね、メロンソーダにスティックを刺せば、メロンソーダの香りがする芳香剤が出来ると思いませんか? 早速作って生徒会に置きましょう!」


「……はぁ」


 ほらね? 市子ってどうしようもないくらいおバカでしょ?

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