『一つだけ香りの違う芳香剤2』

「オリジナルというと、自作したってことですか?」


「そうよ、おそらく糺ノ森ただすのもり先輩の自作フレグランスよ。前に糺ノ森先輩が淹れてくれたオリジナルハーブティーを飲んだことがあるのだけれど、とてもいい匂いがした記憶があるわ」


 糺ノ森みたら。

 美化委員長であり、学園内に存在するガーデンエリアの主だ。

 三年の先輩で、井斉先輩ととても仲がよく(井斉先輩が『幼女キャラ』を演じているのも知っている)、学業優秀、美人で、家柄も良い、絵に描いたようなお嬢様だ。

 だが、そんなステータスを鼻にかけることもなく、とても丁寧な話し方をする人で、物腰も柔らかく、人望もある人だ。


 私もかなり仲良くさせてもらっていて、去年の誕生日には、ブランド物の香水を頂いたくらいだ。


 私は困った時や、仕事に行き詰まった時など、ほとんどの場合迷わずに糺ノ森先輩に相談することにしている。

 その度に、糺ノ森先輩はハーブティーを振舞ってくれるのだが、その時に聞いた話だが、そのハーブティーはお手製らしく、学園内で自家栽培しているハーブを使って作っているという。

 なので、同じ要領で芳香剤も作れるのでは? と思ったわけだ。

 もちろん、ハーブティーと芳香剤の匂いの作り方が同一だとは思わないけれど、糺ノ森先輩なら、それくらいは出来ると思う。

 しかし、市子は納得していないようで、「それはあり得ません」と首を横に振った。


「どうしてよ?」


「確かに糺ノ森先輩は、オリジナルのフレグランスを作れなくはないと思うのですけれど––––あの香りはいくらなんでも、学生が作れるものではないと思います」


「それは、ほら、糺ノ森先輩の技術力がプロ級みたいな」


「あの香りはブランド物の香水並みでした。しかも、他の芳香剤と比べても明らかに匂いの格が違います––––それにもしあのレベルの芳香剤を作れるのでしたら、全てオリジナルにすると思いませんか?」


 確かに、市子の言う通りかもしれない。

 市販品よりいいのが作れるのなら、そうした方がいいに決まっている。


「……そういえば、あの匂い……どこかで嗅いだことがある気がします」


「お手洗いじゃない?」


「別の場所ですよ!」


「それは、学園内かしら?」


「そうですね、確か……ガーデンエリアで糺ノ森先輩とお茶をした時だったと思います」


「じゃあ、その近辺に材料となるものがあるのかしら……」


「あ、でも、図書室でもしましたよ」


「それは、嘘ね」


「いいえ、しました」


「嘘よ。だって、市子が本を読むわけないでしょ」


 だから、図書室に行くわけがない。


「失礼な! 私だって本くらい読みますよ!」


「じゃあ、何を読んだのか言ってみなさいな」


「egg」


「ファッション誌じゃない!」


「でも、糺ノ森先輩も読んでましたよ」


「嘘っ!?」


 え、あの人、egg読むんだ。なんか、意外。

 でも、ちょっと待って。


「ねえ、図書室で同じ匂いがしたっておかしくない?」


「それは、図書室にも芳香剤があったのでは?」


「ありえないわ。だって、本に匂いが移っちゃうから、そういうものを図書室に置くわけないもの」


 そして、図書室はガーデンエリアからも離れているので、材料となる何かの匂いが漂ってくることもない。

 これは、明らかにおかしい。


「んー、可能性として考えられるのは、糺ノ森先輩に香りが付いていた––––とかかしら」


「それは、自作フレグランスを作成した直後で、自身に匂いがついてしまっていた––––ってことですか?」


 司くんが、私の考えを補足してくれた。


「そっ、司くんの言う通り、糺ノ森先輩自体が歩くフレグランスになってたってわけね」


 芳香剤ってどうしても匂いの強いものだから、その香りが付着してしまうのは仕方のないことだ。


「で、図書室で糺ノ森先輩に会ったのはいつなの?」


「今日です」


「……つまり、今日作った可能性があるわね」


 とは、言ったものの、あくまで自作フレグランスは私の推測であり、確証は無い。

 そもそも、現物の香りを嗅いでみないことには何とも言えないのが現状だ。

 でも、こうして話している間も私の指はキーボードを正確に叩いている。

じゃないと、晩御飯に間に合わなくなっちゃうのよねー。


「自分が匂いを確認してきましょうか?」


 驚いたことに、司くんが私の考えを読み取ったかのような提案をしてきた。


「別にそんなことまでしてくれなくて平気よ」


「あ、いえ、この書類、職員室に持っていくのでそのついでに見てきますよ」


 司くんはホチキスで止めた書類を振ってみせた。美化委員会が使用している教室と、職員室はとても近い距離にある。


「悪いわね、それじゃあ、ついでにお願い出来るかしら。出来れば、スティックを一本くらい拝借して来てちょうだい」


 それくらいなら後で返せばいいし、無断で拝借しても大丈夫だろう。


「スティックですね、任せてください」


 これで香りのチェックは出来る。

 司くんは書類片手に、生徒会室を早足に出ていった。なんだか、後輩を使いっ走りに行かせたようで気は進まないけれど、司くんはそういう役を自ら買って出るので、私はついそれに甘えてしまう所がある。


「というか、そういうのは市子が行きなさいよ」


 雑用くらいしか出来ないのだから、率先して職員室まで行って欲しいものだ。


「私は職員室苦手ですので」


「どうして?」


「よく怒られていますので」


「はぁ……」


 ため息。市子はおバカゆえ、その成績の悪さを日々咎められ、補習を受けさせられている。

 まあ、市子のおバカは治るようなものではないと思うのだけれど、その治らないおバカに真摯に付き合ってくれている先生方には、頭の下がる思いだ。


 私は使いっ走りに行ってくれた司くんを労わる気持ちと、あとは休憩も兼ねて、コーヒーを入れることにした。


「市子は?」


「お砂糖ミルクマシマシマキシマム!」


「はいはい」


 謎の呪文みたいなオーダーを受けてから、私はカップを三つ用意して、それをドリップマシンにセットして、順番にスイッチを押す。

 さてさて。

 コーヒーを淹れている間に、疑問点を整理しておきましょうか。


 1.既製品以上の香り。


 まず、いくら糺ノ森先輩にセンスがあるとはいえ、素人が既製品以上の香りを作れるはずはない。

 それとも、

 料理のレシピみたいに。

 手順通りにやれば、素人でもプロ並みのものが作れますよ、的な。

 自作ではない場合も一応想定しておきましょう。

 例えば、容器だけ同じ物を使い、自分が気に入っているメーカーの芳香剤に入れ替えたとか?

 それだったらそのメーカーの芳香剤を買えばいいのでは?

 他のお手洗いもその芳香剤にすればいいわけだし。

 んー、物凄く高いから––––とか?

 いや、それなら容器を入れ替える必要が無いか。

 自分達だけ高い芳香剤を使っているカモフラージュととも捉えられるが––––購入品リストに載っていないのだから、自腹で買ったものになる。

 なら、隠す必要はない。

 この線は無いか。

 やはり、可能性が高い。


 2.美化委員室の前にだけ置かれている。


 既製品よりもいい香りがするのなら、他のお手洗いにもそちらを置いた方がいいと考えるのは当然だ。

 なのに置いてない。

 考えられるのは一つ作るのにやたらと手間や時間がかかるとか、あとはシンプルにとか? つまり、材料費で一つ三千円以上かかるとか?

 それとも、素材の倉庫となる菜園の供給が間に合わないとか?


 ふむ、こんなところかしら。

 後は司くんが帰って来てから、考えましょう。

 出来上がったコーヒーを、応接用のテーブルに置いた頃に、司くんが戻ってきた。


「おかえり、コーヒーを入れたわ。少し休憩にしましょう」


「あ、すいません、会長さん。ありがとうございます」


「ふー、疲れました!」


「いや、市子は何もしてないでしょ」


 私達がソファーに座り、コーヒーを一口飲んだ所で、司くんの報告が始まる。


「一応、他の三種類の芳香剤の匂いも全て嗅いだ上で、目的の芳香剤の匂いを嗅いだのですが、全くの別物でした」


「そこまでしてくれなくて良かったのに……」


「それと、これはあくまで自分の感覚になりますが、三つの芳香剤を混ぜたり、何かを足したような匂いではなありませんでした」


 なるほど、市子の意見と一致する。一人ならまだしも、二人が同じことを言っているのだから、信憑性は高いと見ていいだろう。


「それと、糺ノ森先輩の匂いも嗅いで来ようと美化委員室を尋ねたのですが、留守のようでした」


「司くん、そこまでしなくていい」


 司くん唯一の弱点を上げるとすれば、真面目過ぎる所だ。真面目過ぎるが故に、時々市子みたいなことをやりだす。というか、市子が悪い。

 司くんみたいな真面目な生徒に、悪影響を与えないで欲しい。


「あ、それと、こちらがスティックになります」


 と司くんは、ティッシュに包まれたスティックをテーブルに置いた。

 私はそれを取り、匂いを嗅ぐ。

 ふむふむ、なるほど、なるほど。

 あー、自作は自作でも、だったか。

 とても、センスがいいと言わざるを得ない。

 そう、私は


「あっ、その顔、さては音羽ちゃん、答えが分かりましたね!」


 市子が急に私の顔を覗き込んで来た。市子の私に対する距離感が近しいのはいつものことなので、私は特に気にせずに先程思い付いた答えを提示する。


「まあね。答えは––––」


 と言いかけたところで、やはりと言うべきか、市子が「ストップ!」と割り込んできた。


「自分で当てたいです!」


「はいはい、じゃあ、今回もヒントを出してあげるから」


 市子は「やりました!」と今日も(物理的に)胸を弾ませた。私は揺れた胸を見なかったフリして、話を続ける。


「じゃあ、まず最初のヒントね。アレは間違いなく、糺ノ森先輩の自作した芳香剤よ」


「やはり、あの匂いを作ったのですか?」


「それはちょっと違うわ」


 市子は「むぅ」と表情を曇らせる。

 そう、自作ではあっても調香師のように、


「じゃあ、次のヒント、他のお手洗いに同じ芳香剤を置けないのは、高いから」


「それは、芳香剤の材料費がってことですか?」


「そうね」


「では、ガーデンエリアのハーブ等は使っていないと?」


「間違いなく、使ってないわ」


 そう、材料に菜園のものは使わない。


「ここで特大ヒント、このフレグランス、簡単に作れるわ。なんなら、私でも、市子でも作れるわ」


「こんな複雑な香りがですか?」


 市子はスティックの香りを嗅ぎながら、眉に皺を寄せた。


「作り方を知ってれば、誰でも作れるわ」


「ますます、訳が分かません……」


 むっとした表情を向ける市子。仕方ない。おバカにも分かるように言ってあげよう。


「じゃあ、最後のヒント」


 というか、答えなのだけれど。


「糺ノ森先輩と、その芳香剤が同じ匂いなのは、糺ノ森先輩が同じ香りをまとっているからよ」


「匂いを纏って……、芳香剤と同じ匂いを…………あっ、もしかして……!」


 漫画的な表現をするなら、市子の頭の上にライトが点灯した所で私は言う。いつものように。


「じゃあ、答え合わせの時間ね」

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