『一つだけ香りの違う芳香剤1』

「お手洗いの芳香剤が、一つだけ市販されているものとは違う匂いな気がします!」


 放課後、生徒会にて。

 今日も今日とて市子のなぁぜなぁぜが始まった。

 だけど、今日はかなりマシな方である。

 それは、頼りになる会計が来ているからである。


「会長さん、足りなくなった備品の発注リストをクラウドで共有しておきました。それと複数購入で割り引かれる物の中から、これからの時期、消費が増えそうなものをリストアップしておきました」


 なっ、なんてインテリジェンスに溢れた言葉の数々!

 これだけで、彼女がこの生徒会にとって如何に重要か分かると思う。


 萌舞恵もまえ女学院高等学校生徒会会計、坂辻さかつじつかさ

 一年生なのに会計を任されている司くんは、『司』という名前からよく男の子に間違われるけれど、ちゃんと女の子である(女子校なので当たり前だけど)。

 まあ、間違われる要因になっているのは、名前だけではない。


 彼女はとても身長が大きいのだ。とてもとても大きい。

 私も女子としてはそこそこ大きい方で、百六十五センチはあるのだけれど、司くんは私より更に大きく、現在百七十六センチだと前に教えてくれた(この学園で、もっとも高身長だ)。


 それに顔立ちもキリッとしていて、運動部に所属しているため、とても筋肉質であり、スタイルもいい。

 私は、ファッション誌などは読まないので知らないのだけれど––––よく読む市子曰く、司くんは『イケメン女子』というやつらしい。

 そのため、彼女のことを『司くん』と呼ぶ生徒も多く、私もなんとなくそう呼んでいる。


 司くんは一年生ではあるのだけれど、これまた立候補していないのに、多数の投票を集めた。

 まあ、その理由は井斉先輩と同じく、一年生であっても、中高大一貫校なので、目立つ生徒の名前は、上級生、下級生問わず知っているのも大きいかもしれない。

 実際、私も知ってたし。


 ただ本人は当選するとは思っていなかったらしく(立候補していないので当たり前だが)、もうすでにバスケ部に入部してしまっていた。

 なので、生徒会の仕事は難しいという話ではあったのだけれど––––今年の生徒会の編成がヤバすぎるので、私が頼み込んで、時間のある時は来てもらえることになった。


 そう、今年の生徒会はヤバいのである。はっきり言って、私と司くん以外は、無能と言ってもいい。

 市子はくるくるぱーだし、井斉先輩は基本的に頼りにならない(というか居ない)。

 その中で司くんは、私にとって唯一頼りになる存在であり、唯一の希望と言ってもいいくらいだ。

 実際、普通の人の三倍は仕事が出来る。

 仕事は正確で早く、気も利いて、要求以上の仕事をサラッとやって退ける。

 司くんが来ている日は、普段以上に生徒会職務の効率がアップする。

 なのに、市子ときたらいつも通り邪魔をしてくる。


「どうして一つだけ、違う匂いがするのでしょうか?」


「そんなの私じゃなくて、美化委員に聞きなさい。そういうのは全部任せてるから、私は知らないわ」


 市子を軽くあしらうと、なぜか司くんが元気に手を挙げた。


「なら、自分が聞いてきますよ」


「いいえ、こんなくるくるぱーの言うことを聞く必要はないわ」


「私はくるくるぱーではありません!」


「そう、なら邪魔をしないでその辺で遊んできなさい。今日はいい天気だから、お外で遊んできなさい」


「なぜですかー! なーぜーでーすーかー!」


「はぁ……」


 ため息。市子はこうなると、もう何も聞かない。お菓子をあげても無駄だし、おもちゃを与えても無駄だ。

 なので。

 本当はしたくないけれど、本当にしょうがなくなのだけれど、ちょっとだけ付き合ってあげることにした。

 まあ、今日やっておくべきことは司くんのおかげで粗方終わったし、残りは話しながらでも出来そうだしね。


「で、いい匂いがするって言うけど、それもう好みの話よね」


「だから、違うんです! 市販されているラインナップには無い匂いなんです!」


「他のメーカーのを使ってるとかじゃないの? ほら、詰め替え用とか売ってるじゃない」


「それが上手く言えませんが、市販されているものとは明らかに香りのタイプが違うんです!」


「香りのタイプが違うなんて言われても、私は調香師じゃないんだから、そんなこと分からないわよ」


「そうではなくて……」


 市子は続けて何かを言おうとはするが、上手く言語化出来ないようであった。

 それを見て司くんが、いい提案をしてくれた。


「それなら備品リストから購入した物を調べてみてはどうでしょう? 何か分かるかもしれませんよ」


「さすが、司くん。頼りになるわ」


 私は司くんの言う通り、パソコンを使い、備品リストから何を購入したかを調べる。直近の美化委員会の購入品に、芳香剤がある。コレに間違いない。

 内訳は、同じメーカーの物が三種類。


「あ、これ自分も知ってますよ、三千円くらいするオシャレなやつで、お部屋のインテリアとしても使えたりするんですよ」


 司くんがパソコンを覗き込み、商品の詳細を説明してくれた。

 てか、三千円って––––高っ!

 え、お嬢様学校ってトイレの芳香剤に三千円もかけるの?

 今更の自己プロフィール紹介になるが、私は庶民の出身で、この学園には成績優秀の特待生として、学費免除で通っている。

 なので、こういう生徒会業務とか、模範的な優等生として振る舞わないといけないため、おざなりにできなかったりするのだ。

 まあ、それはさておき、だ。


 芳香剤は、瓶にスティックを刺すタイプで、トイレの芳香剤というより、ルームフレグランスと言った方がいいかもしれない。

 萌舞恵のお手洗いは、全ての個室にこれが置かれている。

 お嬢様学校、恐るべし。

 私は、芳香剤を販売している企業のホームページを確認し、詳細をチェックする。


「この芳香剤三種類あるわよ、匂いが違うって言うけど、それは種類が違うからじゃないの?」


「見せてください」


 市子はそう言いながら、私の後ろに回り込み、いつものように胸を私に押し付けながらパソコンを覗き込んできた。正直に言うと重い。


「ローズ系と、グリーンフローラル系と、シトラス系ですね」


「よく分かるわね」


「全部買ったことがありますので」


 そういえば、市子の部屋で同じような物を見たことがある気がしてきた。


「じゃあ、全部嗅いだことがあるのね?」


「そうです、でも……明らかにこの中にない匂いがするんです」


 備品リストを見るに、他のメーカーの物を購入した記録はない。個人的に買ったのなら可能性は無くはないだろうけど……。


「ちなみにその一つだけ匂いの違う芳香剤は、どこにあるのかしら?」


「美化委員室の前にあるお手洗いです」


 市子の言う通りなら、美化委員会は自分達の所だけ別の芳香剤を使用していることになるが、それを問題視するような私でもない。


「あ、写真を撮って来ました」


 と、市子はスマホを取り出し、香りが違うという芳香剤の画像を見せてきた。

 ふむふむ、間違いなく私が見ているホームページの画像と同じ商品だ。

 しかし、だ。


「あのね、画像を見せられても匂いが分かるわけないでしょ?」


 情報伝達の手段として、何故写真を撮るという手段に至ったのだろうか?

 普通に、ティッシュなどに匂いを染み込ませてくるとかして欲しかった。

 今回の疑問点は、匂いなのだから。


「無難に思い付くことと言ったら、三種類の芳香剤を混ぜた––––とかですかね?」


「そうね、その可能性はあると思う」


 司くんの考えに私も同意だ。

 他にあるとすれば––––何かを足したとか?

 料理に調味料を足すだけでガラッと風味が変わるように、決して専門的な知識があるわけではないが、香りというものも、何かを足すだけで全く別の香りになる可能性はあると思う。


「いえ、多分違うと思います」


 市子に否定された。


「何でそう思うの?」


「トップノートの香りがまず違います」


 は、何て?

 私は助けを求めるように司くんに視線を向けたが、司くんもよく分からないと言いたげな表情を浮かべていた。


「トップノートって何なの?」


「香りって時間経過と共に変化するものなのですが、トップノートと言いますのは、簡単に言えば最初に感じる匂いのことです。あの芳香剤は、フレグランスオイルが満タンまで入っていましたので、おそらく開けたてです」


 うん、市子の女子力が高いことが分かった。

 市子って、くるくるぱーの癖にそういうことに関してはやたらと知識があるのよねー。

 その調子で、勉強もすればいいのに。


「じゃあ、市子の話を信じるなら、混ぜてはいないと」


「そうですね」


「何か足したりした可能性は?」


「無いと思います」


 まあ、ここは市子の女子力に裏付けされた意見を信じるしかない。

 私はそういうのよく分からないし。

 というか、大体の予想はついた。

 写真を見る限り、容器は間違いなく同じ物。

 混ぜたり、足したりしてない。

 他のフレグランスが備品の購入リストに無いのだから、答えは一つしかない。


「きっとそれ、よ」

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