『美味しいメロンソーダの秘密1』

「学食のメロンソーダって、市販されているメロンソーダと比べて、やけに美味しくありませんか?」


 放課後、生徒会室にて、今日も市子いちこがどーでもいいことを聞いてきた。

 無視だ。


「そう思いませんか?」


 思わない、無視。

 私は生徒会の仕事があるから、忙しいのだ。

 というか、市子も生徒会役員なのだから、やって欲しいんだけど?

 私の仕事量が多いのは、あなたの分もやってるからなんだけど?


「思いますよね!?」


「ね、ね……ネズミ」


「あ、えとえとっ……味噌カツ!」


「津波」


「み、み、み……ミネストローネ!」


「猫耳」


「あ、また、み! み、み、み……うみゃぁあっ、全く思い付きませんっ」

 

 はい、今のうちに今日の業務を片付けちゃいましょう。

 私はいつもこんな感じに、市子を軽くあしらいながら、生徒会業務に当たっているのだけれど、今日はちょっと違うところもある。

 なので、問題です。


 ––––それは、何でしょう?


 しかし問題を出したところで、明らかに情報不足なので––––いつも通りヒントを出したいと思います。

 まあ、ヒントというか答えなのだけれど。


 では、ヒント。

 生徒会室に生徒会長と書記しかいないのはどう考えてもおかしい。


 というわけで、答えは––––副会長が居る。


「ミンミンゼミ、ほら、次きらりんだよ!」


 私のことを『きらりん』なんて言う、魔法少女のような名前で呼ぶ彼女は、この生徒会の副会長であり、私の先輩にあたる人物である。

 井斉いさい千賀瀬ちがせ


 彼女も私と同じく、立候補してないのに票を集め、生徒会に加入した。


 そう、立候補してないのに、だ。


 この学園の生徒会役員の選出方法を軽く説明すると、新学期の始めに立候補者の中から全校生徒の投票によって決まるという、ポピュラーかつメジャーな方式が採用されている。


 生徒会役員が決まる時期が新学期の始めなのは、この萌舞恵女学院が中高大一貫のエスカレーター式なのが関係している。

 ほとんどの生徒が受験をせずに進学するので、三年生が受験により、生徒会の業務が出来ない––––なんてことはないので、この方式になったらしい。


 投票数一位の生徒が生徒会長で、二位の生徒が副会長、あとは順次、書記、会計に振り分けという感じだ。


 立候補していない私が一位になった理由は、定かではないが、井斉先輩はある程度予想が付く。

 それは、井斉先輩が、成績優秀だとか、とても賢いとか、そういう理由ではなくて。


 ––––可愛いのである。


 小さくて、可愛いのである。

 なので、みんなに大人気なのである。


 正確な身長は本人が絶対に教えてくれないので知らないけれど、百五十センチ以下であることは間違いない(百四十五センチを超えているかも怪しい)。

 それに顔も幼く、仕草もどことなくあどけない。


 立候補すらしてないのに、投票数二位になってしまうのだから、井斉先輩がこの学園において、どれだけ人気者なのかが分かると思う(みんなのマスコットキャラ的な人気だけど)。


 でも、市子同様に問題児なのよねぇ。

 ほとんどの人は井斉先輩のことを、ただの可愛いだけの人だと思っている。

 だけど、実際は––––


「背が小さくて、可愛いとみんなからチヤホヤされて、すげー楽だわー、お菓子とかちょー貰えるし」


 と、井斉先輩は応接用のソファーに胡座をかいて座った。その目の前のテーブルには、これから女子会をすると言われても否定出来ないような量のお菓子が置かれていた。


「またお菓子を貰ったんですか?」


「そうそう、雲母坂きららざかもいる?」


 井斉先輩は、お菓子の箱をペリペリっと開けながら、こちらを見る。


「仕事があるので……」


「そんなのほっとけばいいんだよ、雲母坂は真面目だなぁ」


「そんなこと言わずに、井斉先輩も少しは手伝ってくださいよ」


 井斉先輩は「やだよー、面倒いし」と頬をかいた。


「それなら、何故生徒会に入ったんですか?」


「そりゃ、少しは内申点が上がると思ったからだよ。でもさー、よく考えたらこの学校中高大一貫だからさ、内申点とか関係ないのな」


「他の大学に進学するのなら、話は別ですけれど––––井斉先輩は、確かこのままエスカレーター式で進学希望でしたもんね」


 井斉先輩は、「まあな」とお菓子を頬張る。


「それに気が付いた時にはもう生徒会入っちゃってたしさー、普段から、『可愛いくて、小さなちーちゃん』を演じてる身としては、今更辞めるだなんて言い出し辛いし」


 何て言うか、ビジネスロリって感じである。井斉先輩は、生徒会メンバー以外の前では自称、幼女キャラを演じている。

 ちなみに、私のことを「きらりん」なんていう魔法少女みたいな名前で呼ぶのは、幼女キャラモードの時だけだ。


 可愛い振る舞いをしていれば、色々な人からチヤホヤされて、優遇される。

 幼くて、あどけない仕草は言ってしまえば演技であり––––実際は、幼いのは幻で、あどけないではなく、あざといが正解である。


 普通だったら、背の低い人はそのことを気にしたりするらしいけれど、井斉先輩は『背が小さくてよかった』と言ってしまうような人なのである。


 まあでも、助かっていることもある。

 例えば、部活動の予算会議では、私は三年生の先輩方を相手に交渉しなくてはならなかった。

 当然、軽く揉めた。

 その時に井斉先輩が「お願いっ」と可愛らしく頼んだら、すんなりと予算案が通った覚えがある。本当に"可愛い"の使い方が上手な人である。


 しかし、それを踏まえても、私にとって井斉先輩は、市子と同じくらい問題児だということに変わりはない。市子同様に仕事もしないし。サボり魔だし。


 おまけに会計の子は、部活との兼任であまり来れないので––––この生徒会は、現状私一人で回していると言っても過言ではない。

 実質四人分の仕事を一人でこなしているのだ。

 だから、メロンソーダの味とかはどうでもいいし、そんなことに構っている暇はないのである。

 しかし、


「み、み、み……皆さんはメロンソーダの味が気にならないのですか?」


 と、ついにしりとりトラップを克服した市子がまたやかましく騒ぐのは予想が付くので、本当はしたくないんだけど、ちょっとだけ付き合ってあげることにした。

 メロンソーダねぇ……。


「そういえば、学食のメニューにある飲み物は、メロンソーダだけよね」


「どうして、メロンソーダだけあるのでしょうか?」


 と市子は悩み顔を見せるが、それは井斉先輩がすぐに解決してくれた。


「そりゃあ、他の飲み物は自販機で買えるからだろ」


「なるほど、確かにそうですね!」


 二人は、その理由で勝手に納得してはいるが、先程の疑問に対する根本的な問題は、ソコではない。

 なぜ学食のメニューに、? である。

 別にジュースは、他にもある。りんごジュース、オレンジジュース、カルピスとかとかとか。

 なのにそれらはメニューには載っておらず、メロンソーダだけが学食のメニューに載っている。もちろん、自販機のラインナップにもメロンソーダは存在するので、メロンソーダだけ自販機にないから、学食のメニューにある––––なんてこともない。


 それと、メロンソーダがメニューに追加された時期も気になる。確か、去年の秋辺りから急に学食のメニューに追加されたのを覚えている。


「私は、ジュースはあまり飲まないのだけれど、メロンソーダって人気なの?」


「あたしは結構飲むよ、奢ってもらえるし」


 と井斉先輩は緑色の舌を見せた。メロンソーダの着色料が舌に付いてしまっている。


「こうやってやると、可愛いって言われるからよくやる」


「ちーちゃん先輩、可愛いっ」


「だろ?」


 仕事しろ。


「メロンソーダを飲んで、舌を見せて、さらにメロンソーダを飲める永久機関だな」


 本当に自身の見た目を有効活用している人である。そして、それを聞いて羨ましがる市子。


「ちーちゃん先輩ズルいです!」


「若王子も、その大きな胸を雲母坂に押し付ければ––––」


 井斉先輩は私の方をチラッと見る。その後、目線を少し下げた。


「––––って、それはダメだ逆効果だ」


「何か言いましたか、井斉先輩?」


 私が井斉先輩に視線を合わせようとすると、井斉は急にニッコリと笑った。


「……ちーちゃんは何も言ってないよっ」


「急にぶりっ子をしないでください」


「きらりん怖いよー、綺麗な顔が台無しだよー?」


「おべっかを使っても、無駄ですからね」


 井斉先輩短く「ちっ」と舌打ちをした。

 全く、市子も市子だが、この先輩にも困ったものだ。

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