『落とし物の多い噴水2』
私は席を離れ、ドリップマシンのスイッチを押す。
そう、この生徒会室にはコーヒーのドリップマシーンがある。
なんでも、海外から取り寄せたかなりいいやつらしい。
てなわけで、コーヒーを淹れている間に、ちょっとした生徒会室の設備紹介。
この生徒会室は校舎の四階にあり、元々は理事長室として使われていた。
しかし、理事長がお歳の為、階段を登るのが年々辛くなっている––––という理由から、理事長室が一階に移されたため、現在は生徒会室として使われている。
設備などは、その時に使われていたままで、ちょっといいクラシックホテルのような内装をしている。
ラグジュアリーな応接セット、高価なティーセットが仕舞われた戸棚、幅百八十センチもある、重厚感のあるデスクにムーブキャビネット。
そして––––座り心地のいいゲーミングチェア。
そう、ゲーミングチェア。
私がさっきまで座っていた椅子だ。
これは、別に私が欲しいと言ったのではなく、元からこの椅子だった。
なんでも理事長がネットで、「座り心地のいい疲れない椅子」と検索し、出て来たのがこれだったそうだ。
いや、座り心地は文句ない。むしろかなりいい。
でも、問題はそこではなく、雰囲気にあってない。内装TPO違反だ。
どうして、アンティークな家具の中にゲーミングチェアが紛れてるの?
パソコンもゲーミングパソコンだし、キーボードがピカピカ光ってるし。
パリピなの?
私が
「理事長、ゲーム好きだったんですかね?」
「想像は出来ないけど、やっていても不思議じゃないわ」
理事長、
昔から理事長は、えみちゃん、えみちゃんと呼ばれ親しまれてきたそうなので、ほとんどの生徒はそう呼んでいる。
だが彼女の外見は、えみちゃんという可愛いらしい少女のようなあだ名が似合うようなものではない。髪は白髪ではあるものの綺麗に整っており、歩く時は背筋をスッと伸ばしてとても優雅に歩く。その姿は、年配の女性というよりも、マダムだとか、貴婦人のような、格式高い言葉がよく似合う。
それでいて、生徒の名前と誕生日は全て覚えてくれていて、誕生日にはお祝いの品も送ってくれる。
全校生徒にとっての、優しいおばあちゃん。
伝統ある萌舞恵の理事長は、そんな感じの温かみを感じる人だ。
私は出来上がったコーヒーを取り、デスクへと戻る。
「あ、音羽ちゃん、まーたコーヒーを飲むんですか?」
「カフェインは、身体にいいのよ」
私はカップを傾け、コーヒーを一口飲んだ––––うん、美味しい。
「そういえば、正門の方は落ちてないの?」
「ないそうです」
「何か違いがあるのかしら……」
「水の色とか」
「変わらないと思うわ。確かに中庭の方が日当たりがいいから、水の中のお金が光って見えるとは思うけど」
「あっ、中庭の噴水には女神様がいらっしゃいます!」
「そうね」
先程も軽く触れたが、中庭の噴水には女神像が立てられている。しかし、その女神像がなんの女神様なのかは、誰も知らない。
さてさて、この辺で一旦情報を整理しましょう。
1.何故噴水に物が落ちているのか?
ありきたりな理由は、不注意になる。噴水の中なので、回収は難しく、落とし物として届けられずに溜まっている、とか?
いや、それなら、月一の清掃で回収されるはずだ。
正門の噴水も、中庭の噴水も、月一で業者さんが清掃している。
ならば、その時に回収出来るはずだ。
その報告がないということは、落とし物が増えたのは今月から?
広範囲に落ちているのも気になる。落とし物ならば、噴水の手前に落ちるのが自然なはず。
そうではないということは––––なんらかの意図があるとか?
2.何故お金だけ落ちているのか?
当たり前な考えだが、お金が多く落ちているのには理由があるはずだ。
それが、人為的なのか、それとも人が関わっておらず、市子が言ったようにカラスのような存在が、何らかの理由であの噴水にお金を落としているのか。
お札ではなく、小銭––––硬貨な理由は?
うーん、お金ではなく、お金自体を別の用途に使う物体として捉えるとか?
例えば、コイントスに使うお金は、お金ではあるが、裏表で絵柄が違う硬くて薄い円形の小さな物体とも言える。
他にも、スクラッチを削る時に使用する場合は、接地面の小さな丸いヤスリとなる。
このように、お金をお金として捉えるのではなく、別の用途に使用している可能性もありえるのでは?
んー、お金を光り物、つまりビーズみたいな感じの装飾物と捉え、それを噴水に落とし、その輝きで噴水をゴージャスにしてるとか? 二つの意味で?
中庭の噴水は日当たりもいいし、太陽に反射した硬貨が輝き、綺麗に見えるのは間違いないだろう。
いや、これは無いな。
だって、それをお金でやる意味は? デコレーションするなら普通にもっといい材料があると思うし、そういうことをするなら生徒会に届け出があるはず。
お金は、やはりお金でしかない。
何かを得る為の通貨として使われている?
「分かりました! あの女神様はきっとお金の女神様なんです!」
私が考えを巡らせていると、市子がまーた訳のわらかないことを
「あのね、確かに、この国では信仰の自由が認められているけど、そこまで自由に神様をつくられたら溜まったもんじゃないわ」
日本には、八百万の神様がいるらしいけど、流石に多過ぎると思うわ。
もう、増やさなくていいでしょ。
「それに、お金の女神様だから、噴水にお金を落としちゃうなんてありえな……いや、ちょっと待って」
「どうしたんですか?」
疑問符を浮かべる市子を他所に、私は考えをまとめる。
私の考えが正しければ落ちているお金は––––
「分かったわ、どうして噴水にお金が落ちているのか」
市子は今日も手をパーにして、私の顔面に突き出した。
「私は自分で当てたいです!」
まあ––––今回も友達のよしみで付き合ってあげましょうか。
「じゃあ、今日もヒントを出してあげる」
市子はそれを聞いて、今日も元気に「やりました!」と胸を弾ませた(物理的に)。
「トレヴィの泉」
「……それは何ですか?」
「…………」
市子はおバカだった。ヒントと言っておきながら、まんま答えを言ったつもりでいたけれど、市子には無意味だったらしい。
「なら、別のヒントを出すわ」
「聞きましょう」
「小銭ばかり落ちていて、お札が落ちていないのは何故かしら? そもそも、お金って普段どこに入ってる?」
「財布です」
「そうよね、なら落としたのなら、小銭ではなく、財布が落ちないとおかしいわよね」
「……確かに」
市子は胸の前で腕を組み、考え始めるが、すぐに、「うー、分かりません!」と早すぎるキブアップ宣言をした。
しょうがない、次のヒントを出しましょう。
「お金が広範囲に散らばっているって、これも落としたのなら有り得ないわよね」
「何故ですか?」
「手前に落ちているなら分かるけど、中央に落ちているのはおかしいわよね?」
「……確かにそうですね」
うんうん、と頷く市子。
「じゃあ、投げ入れられているとしたら?」
「……なぜ、そんなことをしますの?」
そう、なんでそんなことをするのか。
私は、市子に最後のヒント。というか、もう答えみたいなヒントを出してあげた。
「市子のカラスの話に、思いっ切り答えのワードが出てたわ」
「カラスさんの話……えっと、お賽銭を……」
「そう、お賽銭」
「あっ、もしかして……」
「じゃあ、答え合わせの時間ね」
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