ラーメン
夢を見た。
悪夢のようであった。
ご主人様が去ってしまう夢だ。
私は呻めく自分の声で意識が目覚めた。窓から差し込む光は無く、まだ夜のようである。だが、いつもなら横にある気配が感じられず、目を擦りながら横を向いてみた。
ご主人様の姿がなかった。私は慌てて彼女が居たであろう場所に手を置く。まだ、少しだけ温かい気がした。それから鼻を近づけて匂いを嗅いでみる。ふっと体の力が抜けるような感覚に襲われて、胸はとても暖かくなる。私はシーツにそのまま突っ伏してしまう。
「ご主人様…………」
つい彼女を呼ぶ声が漏れてしまう。
私はベッドから起き上がり部屋から出た。タイミングよく悪夢を見てしまったせいでナイーブになっていたが、現実のご主人様が私に何も言わないまま、出て行くなんて考えられない。トイレかもしれないし、リビングで本を読んでいるのかもしれない。それか、急に仕事の準備を思い出して、作業をしている可能性もある。
前向きな思考に切り替えながら階段を降りていると、ヒューっとお湯が沸く音が聞こえてくる。さらに鼻歌も聞こえてくる。フンフンフーンと下手な鼻歌であった。こんなに変な歌を歌うのは私が知る限りでは一人しか居ない。
「おや? リリー起こしてしまいましたか」
ご主人様はお湯を器に入れながら、私に気がつくと微笑んだ。
「いえ、嫌な夢を見てしまっただけなので」
「そうでしたか、ではこれが必要ですね」
そう言うと、お湯が入った鍋を置いて私の元に近寄ってくる。
「ぎゅーですよ」
ご主人様は私のことを抱きしめた。後頭部に触れる手が妙にくすぐったい。ご主人様にただ抱きしめられるだけで、心も体も安心しきってしまう。
「夜起きて何をしてらしたのですか?」
「恥ずかしい話ですが、夜食を食べようと思いまして」
「すみません、お夕飯足りませんでしたか」
「リリーのせいではありませんよ。毎日お腹いっぱい食べさせてもらってます」
「ではなぜですか」
「それが……私も夢を見てしまいまして。沢山食事をする夢だったのでお腹が空いてしまったのです」
「食いしん坊な夢ですね。小さな男の子みたいです!」
ご主人様は恥ずかしいと赤面する。それから器の中身を見せてくれた。
中には温かいスープに細い紐のようなものが入っていた。ラーメンと呼ばれるものらしい。
「これは凄いですよ。火にかけてお湯と一緒に解凍するだけで食べられるのです」
一度作ったものを氷魔法で凍らせているらしい。これはご主人様が作ったものではなく、街のお店で見かけたものと教えてくれた。
「よく分かりませんが、便利なものなのですね」
「そんな所で大丈夫ですよ。美味しいかどうかの方が重要です!リリーも一緒に食べましょう」
「はい。喜んでお供いたします」
席に着いて待っていると器が運ばれて来た。香ばしい匂いが漂ってくる。
「では、食べてみましょう」
「「いただきます!」」
先程見た細い紐のようなものは麺と呼ぶと教わった。私は麺を掴んで口に運ぶ。
ツルッとした舌触りと共にモチッとした感触がする。さらにはスープが絡みついていて口いっぱいに、しょっぱい味が広がる。
ご主人様を見てみると、麺を吸うようにして口に入れていた。次は私も真似をして麺を啜る。だが、上手く飲み込めずに途中で咽せてしまう。
「大丈夫ですか? ゆっくりでいいですからね」
ご主人様は席を立ち上がり、前のめりになって私の背中を優しく叩いてくれる。
「啜るのは置いといて、美味しいですか?」
「びっくりするくらい美味しいです」
「そうでしょう? リリーはこれから悪い子になってしまいますね」
「え?なんでですか?」
「夜中に食べるラーメンほど背徳的な行為はないからです。いけない事ですよ。太りやすいですし、眠れなくなるかもしれません」
「そんな、危険なのですか」
「はい。だからこそこんなにも美味しいのです」
指をクルクルと回しながら、話をするご主人様はとても楽しそうであった。
「あ、いけませんね。麺が伸びてしまいますから、続きは食べ終わってからにしましょう」
私とご主人様は黙々とラーメンを啜る事に向き合った。私はシャキシャキとした食感のメンマと言うものが気に入った。
「「ごちそうさまでした」」
両手を合わせて口にする。
「リリー、付き合って頂きありがとうございました。ラーメンを半分にする事で罪悪感も半分にする事が出来ました。なんだか得した気分です」
「......は、い。よく分かりませんがはんぶんこは嬉しいですね」
ご主人様が言っていることが不明ではあるが、喜んでいることは確かだったので同意した。
「ご主人様、一つお願いを聞いて貰ってもよろしいでしょうか」
「いいですよ。こんな時くらい甘えてくださいよ」
「お腹いっぱいでまだ眠れそうにないので、ボードゲームがしたいです」
「名案ですね。付き合いましょう」
「ありがとうございます」
ご主人様がベッドの上がいいと提案してくれたので、私はボードゲームを抱え、ご主人様の手を引きながら、二階へ上がった。
♦
主人とリリーはベッドの上で、チェスのような盤上遊戯で遊んでいた。
ゲームも中盤に差し掛かり、リリーが次の一手を考えている時に寝落ちしてしまった。
「ふふ、やっぱり寝てしまいましたね。まだまだ子供ですね」
主人は嬉しそうに彼女の体を抱えると、枕に頭が乗るように優しく丁寧に寝かせる。
それからボードゲームを片付け、電気を消して彼女の横に寝転ぶ。
愛おしそうにリリーの頭を数度撫でた後、彼女の背中に腕を回して背中をさする。
「おやすみなさい。リリー」
彼女はそのまま眠りに着くのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます