無駄にしてしまったサンドイッチ
「ご主人様、行ってなさいませ」
桃髪の少女がお昼のお弁当が入った袋を持って送り出してくれる。
「ありがとうございます」
私は彼女の手からバスケットを受け取る。彼女が蓋付きの籠網を渡すときは、中身が決まっている時だ。
「わー!今日はサンドイッチですね」
「そうです。お好きですよね」
「はい!ピクニックを思い出してしまいます」
家は森の深くにあるので、家から出て行う娯楽といえば森林浴ぐらいであった。彼女がもう少し小さかった頃は、退屈させないようによく外でご飯を食べたり遊んだりしたものだ。だが最近は滅多にやらなくなってしまった。
「懐かしいですね。ご主人様さえ良ければ近い内にしたいです」
「では、約束ですよ。リリー」
首を揺らして、にんまりとしている彼女に向かって小指を立てて差し出す。私の意図を察して、彼女も小指を立てる。指通しを絡ませて誓いを立てる。
「行ってきます」
「......なるべく、早く帰ってきてください」
扉を開けようと振り返ると、細い声で呼び止められた。
「分かりましたよ。最高速度で飛ばして帰りますから」
「あ、嬉しいのですが。気を付けてくださいね」
私は手を振って家を出た。
特に変わった事もなくお昼休みまで授業が終わった。私は使った荷物をまとめていると、声がかけられた。
「先生、この後話聞いてもらえますか」
「いいですけど、ご飯食べながらでもよろしいでしょうか」
私の事を頼ってくれる生徒の気持ちには応えたいが、可愛い従者が作ってくれた昼食を無駄にしてしまうのは避けたかった。しかし、先日も同じような状況があった事を思い出した。
「話というのは授業の件でしょうか」
「そうじゃないです。でも、先生にしか話せそうになくて」
「分かりました。話するにはピッタリな場所があるので行きましょう」
私は彼女のことを私室まで案内した。
「初めて入りました。先生の部屋なんて」
「そういうものなのですね」
「やっぱり先生を選んで正解でした」
何やら嬉しそうにそう伝えてきた彼女を私は椅子に促す。横長のテーブルの向かい側に私は座り話を聞くことにした。
「話ってなんでしょうか?」
机にお弁当箱を出しながら尋ねる
「実は私も、先生がこどもと一緒に楽しそうにしている所を見かけたんです」
「はい。この間は取り乱してしまいました」
「いや、責めているわけではなくて。あんなに幸せそうな先生を見たのは初めてで、びっくりしちゃいました。それで相談できるって思ったんです」
「これ以上辱められては、もう貴方を出て行かせるしかありませんね。早く本題を話してください」
私はどれほど緩んだ顔でリリーと接しているのかと考えると顔から火が出そうである。彼女はすみませんと謝罪をする。
「実は好きな子がいるんです」
「はぁー、脈絡が掴めませんよ」
私は呆れてしまった。私は結婚などしていないし好きな男性なんて居た試しがないのだ。
「いや、あんな優しそうな人は私の身近にいないのですよ」
「母親にでも頼みばいいではありませんか。私は紛いなりにも教師です。それに防衛魔法に於いては私の右に出る者はいません。それを弁えてください」
私は腹が立ったのだ。この生徒は私だからということをやけに強調する。リリーといる時の私は彼女の為だけの私だ。今ここにいるのはエリンジュームという魔法学校の教師である。立場は他の教師と変わらない。それを彼女はわかっていないのだ。敬意を欠いた生徒の相談に乗るほど私は優しくない。
「申し訳ありません」
彼女はそう言い、頭を下げると部屋から出ていった。
すっかり食事を摂る気分では無くなってしまった。
とぼとぼと帰路に着いている。
私はすっかりリリーとの約束は忘れてしまった。
「ただいま戻りました」
「ご主人様?おかえりなさい」
リリーがいつものように出迎えてくれる。
「何か、嫌なことでもありましたか?」
「いえ、心配には及びません」
「嘘ですね、ご主人様がサンドイッチ召し上がらないなんて、そんなことが起きるはずありません!」
彼女には全てを見透かされてしまったようだ。私は観念して、彼女に話を聞いてもらった。
「らしくないですよ」
話を聞き終わった彼女は一言呟いた。
「どういう意味ですか」
「その子は先生を蔑んでいるから、相談相手に選んだわけではないと思います」
彼女は落ち着いた様子で整然と言葉を並べる。
「苦しくなるくらい悩んだ上で誰にも打ち明けられずに、最後の頼みの綱がご主人様だったわけですよね。それなのに酷いと思います。今の主人様が嫌いな権威や立場を盾に陥れようとする人達にそっくりですよ」
言い終えた彼女は震えていた。これからどんな言葉を私が言い放つのかが不安なのだろうか。それ程今の私は彼女にとって恐い存在に見えているのだろう。
「ありがとうございます。流石私の従者ですよ。主人の失態を軽蔑してくれるなんて、私はなんて幸せ者なのでしょうね」
私は最大限の笑顔で感謝の気持ちを伝えた。
「明日、彼女に謝ろうと思います。私はどうかしていました」
「いえいえ、恐かったです。帰って来た時はいつものご主人様じゃないみたいで」
彼女が目から涙をこぼして膝から崩れ落ちた。
「ごめんなさい。恐かったですよね」
私は彼女に近寄って抱きしめる。
「それに、早く帰ると約束したのに破ってしまいました」
「......もう一つありますよ」
リリーは涙ぐみながら声を絞り出す。
「はい。サンドイッチを無駄にしてしまって申し訳ありません」
「お夕飯抜きですよ」
「甘んじて受け入れます」
「嘘ですよ。お腹空きましたよね。それに、疲れていたのならもっと早くに私を頼ってください。私は従者ですよ。その気になれば学校にだって助手として入ることが出来ます」
「ありがとうございます。こんなに立派な従者がいるのですから、一考の余地はありますね」
私はやっぱり昼間のサンドイッチを食べたいと彼女に伝えたが、お腹を壊しては困ると断られてしまった。それから、ゆっくりと昼食も採れない学校の環境が頭にきているらしく、彼女のお叱りは止まらなかったが私は全てを受け入れて肝に銘じることにした。
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