唐揚げ

 学校の私室でネコミミを頭の上に生やした青髪の女性が腕を目一杯上げて伸びをしている。普段は外すことはないトンガリ帽子を机の上に置いて椅子に浅く腰をかけ、だらけきった姿勢でリラックス状態である。


 午前中の授業が終わり、午後の授業に向けてのお昼休憩の時間である。この時間に自然と教師も昼食を摂ることになる。教員部屋では教師同士が談笑を交えながら昼食を摂っているらしいのだが、私は一人の方が楽なので一人一人に一室、支給された部屋に篭るのだ。


 教壇上で小さな双肩にのしかかる重圧から少しばかり解放されることができる癒しの時間である。


 私は一息つくと、鞄からお弁当箱を取り出す。家で待っている桃髪の少女が持たせてくれたお手製弁当だ。蓋を開けると栄養バランスや彩りなどが良く考えられたとても美しい弁当であった。匂いを嗅いでいるとお腹がそれを求めるように声を上げる。両手を合わせて挨拶を口にする。


「いただきます」


 今日の主菜は唐揚げであった。冷めてしまっても美味しい不思議な食べ物だ。外でもリリーが作った料理が食べられるのは本当に嬉しいことだ。家で待っているはずの少女の姿を思い浮かべて感謝していると扉がノックされた。


 私は急いで机に置いた帽子を手に取って被り、入っても良いと返事をする。扉が開くと黒い髪を二つ結びにした女生徒の姿があった。


「エリン先生失礼します。少し相談があるのですがお時間いいですか」


「はい大丈夫ですよ。昼食を摂りながらでも構いませんか」


「私もご一緒しても宜しいでしょうか」


「いいですけど」


 彼女の料理を前にしてお預けなど、どんな罰よりも辛いことだ。だが、一緒に昼食を摂ることを提案されるとは思いもしなかった。


 彼女に簡易的な椅子を用意して私の向かい側に座らせる。


「わー!素敵なお弁当ですね。先生の手作りですか?」


「恥ずかしい話ですが、同居人が作ったものです」


「先生って結婚していたんですね」


「していませんよ。ですが、私だって立派な大人ですのでそれは失礼ではありませんか」


「申し訳ありません。え!先生って私達とそう歳が変わらないと思っていました」


「人を背丈で判断してはいけませんよ」


 エリンは背丈が小さいのと、童顔なせいで年齢を低く見られがちなのである。

 与太話はこの辺にして本題へと話を促す。唐揚げを口に運ぶことも忘れはしない。


「実践の授業で上手く防衛魔術が行使出来なくて」


 パンをひと齧りすると彼女は話始めた。この手の悩みの相談は多く受ける。それは防衛魔術に於いて私の右に出る者が居ないからである。この学校の生徒ですら、その事実は誰もが知っていることだ。だから、防衛魔術に関する質問は大抵私の所に来る。


「そうですね。そもそも、魔法を同時に複数行使する事はとても大変なのです。先ず、自分では終了したはずの術がまだ体の中では終わっていないことがあります。これは自分とそれぞれの術との親和性によるものが大きいのです。お弁当の中の好きなおかずだけを食べ過ぎてご飯が最後に残ってしまうみたいなものです」


 唐揚げを食べる。明らかにご飯とのバランスを間違えていることに気がつく。好きな主菜を得意な魔術に置き換えたのだが、分かりづら過ぎて余計に彼女の事を混乱させてしまったようだ。


「もっと砕いて言うと脳みそを切り替えるという事ですね」


 唐揚げを食べる。脳をリセットしてご飯を食べる。

 攻撃魔術を行使する。脳をリセットして防衛魔術を行使する。


「よく分からないですよ。ですが、アドバイスありがとうございます」


そう言うとパンを口に放り込んで席から立ち上がった。腑に落ちていないことは明らかであった。それから頭を抱えて部屋から出て行く彼女に喉を詰まらせないようにと忠告を添えて見送る。


 エリンは誓うのであった。絶対にご飯を食べながら生徒の相談には乗らないことを。


「失敗してしまいましたが、美味しいものを食べて忘れます!」


 自分一人しか居ない部屋の中で声に出す。

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