第20話 復讐劇

 栗林はとうとう所長室にたどり着いた。

 挨拶回りをして時間をかけていたのは、アポイント無しで訪問した者としての礼儀だ。


 所長室前に居たのはサミエル・朴。

 研究所から逃げる時に捕獲担当した蜘蛛型サイボーグだ。

 今はスーツを着込んだ【人間形態】のままだが、戦闘用のマスクも持っている様だ。


「お久しぶりです、朴さん。議員はやめたんですか?」

「元気そうだな栗林君。そうなんだ、失態があって降格されて出戻りだよ。さぁ、所長が御待ちかねだ。鞄を預かろうか?」


 失態とは、栗林を逃がしてしまった事だろう。

 それまでは、ほぼ完璧だった計画が、栗林のせいで今や被害甚大なのだから。

 鞄とヘルメットを差し出した栗林から鞄だけを受けとり、朴は扉を開いた。


「ヘルメットを持っていけと言う事か」

「そのヘルメットも、元々が当研究所の物だからな」


 朴は鞄を持ったまま、扉の外に戻っていく。

 扉を閉めて進むと、所長であるクリスティーナ・リーが見えてきた。


「お帰りなさい、クリケット」

「その名前を知ってるという事は、やはり貴女もbeeingでしたか」


 栗林の推測通り所長もbeeingの関係者だった。

 部屋の左右を見ると、クリケットタイプのサイボーグが十人ほど、戦闘モードで並んでいる。


「無線機を起動している様ですが、この部屋の位置は外との電波を遮断する構造にしてますから、無駄ですよ」


 所長の後ろにある窓ガラスには、電子レンジに使われている様な黒い編み目のフイルムが貼られている。

 所長室と周囲の壁に、電波遮断の細工がされているのは嘘ではないだろう。


「そうなんですか?」


 リー所長の言葉に栗林は、少しおどけて見せた。


「栗林さん。貴方は私の意見に賛同してくれると思っていたのですが残念でした」

「確かに自然環境と人間について、よくお話ししましたから、ちゃんと相談してくれれば状況は変わっていたかもしれませんね」


 実際に相談されてもbeeingのやり方を受け入れるとは、栗林自身も思ってはいなかったが、一応は話を合わせた。


「義手の機能を人間までに限定しようとしていた貴方ですから、事後承諾でしか受け入れないと思ったのです。しかし、こうして戻ってきてくれたのですから、よしとしましょう」

「やはり、貴女が【女王蜂】なんですか?」

「そうと分かっても、貴方には敵いようがないでしょ?これだけの数のクリケットを前にしたら」


 栗林は追加装備で強化してきたが、単体での戦闘力は他のクリケットと変わりない。

 たった10メートル程の距離だが、目の前に居る所長に手が届かないのは明白だ。


「電波妨害も無い様ですね」


 彼女は、栗林にヘルメットを被る様に手で指示した。

 抗っても、力ずくで押さえられて被せられるだろう。

 最悪、手足を折るくらいはされる。


 恐らくは、非戦闘モードでの同種同調機能を利用して栗林を拘束し、洗脳処置を終了させるつもりなのだろう。

 自衛隊と一緒の時は、同調電波の周波数帯を電波妨害していたが、今回は機材を持ち込んではいない。

 そして、その同種同調機能に関する装置はA.I.のシステムから切り離せない様になっている。


 栗林は周りを見回して、わざと嫌な顔をしながらヘルメットをかぶった。


「ぐっ!ぐあっ!」


 栗林は叫びながら膝をつき項垂れて動かなくなった。


「さぁ皆さん。0001を処置室へと運びなさい」


 リー所長が声を掛けるが、クリケット達は動こうとしない。


「どうしたのです?命令ですよ」


 已然としてクリケット達は、全く動かない。


「くくくくっ、クリケットの設計図を持ってる俺が、何もしてないと思ってたんですか?所長」


 栗林は、自分のヘルメットをトントンと指で突っつきながらゆっくりと立ち上がった。


 事前に越智に開発させていたA.I.用のコンピュータウイルスが他のクリケットに感染していたのだ。

 栗林を拘束しようとした命令が、それを発したクリケット達の肉体を拘束していた。


「日本で見付けたサーバーはデータを壊されていましたが、やはりアレがバックアップサーバーでしたか」


 事態の急変に逃げようと立ち上がるリー所長に栗林は飛び掛かり、その両肩を手で押えて膝で大腿部を押さえた。

 公の場に出る為に身体改造をしていない所長には、戦闘サイボーグに抗う力が無い。

 そして、洗脳されていない栗林には【女王蜂】の命令は効かない。


「ぎゃっ!な、何をした?」


 リー所長の体に激しい激痛が走り悲鳴をあげる。

 見れば栗林に押さえられた所から大量の血が吹き出していた。


「お前に、そんな能力は無いはずだ」

「俺の専門を忘れたんですか?サイボーグ用の義手義足開発ですよ」


 栗林の手の平や膝から杭の様なスパイクが出て突き刺す様に自らを改造していたのだ。

 スパイクにはもりの様にカエシがついていて、容易には抜けない様になっている。


「この状態で、どうするつもりだ?噛み殺すのか?じきに外の者も気が付く。連絡手段のないお前には援軍も来ない。私を殺せても、部下達が来てお前を殺す。違法サイボーグであるお前の死体を差し出せば、中国軍に加えて国連軍にも圧力が掛けられるぞ」


 ヘルメットの口元を開いた栗林は笑っていた。


「そんなに直ぐには楽にはしてあげませんよ。所長は気が付いていない様ですね?俺が入所後に何をばら蒔いていたかを。あのドアの向こうに何が有るかを?」

「何をって、万年筆?いや、まさか通信の中継器か!では先程までの会話も?」

「その通り。施設攻撃するのに十分な物証を提供済みですよ」


 栗林が万年筆を配った者には洗脳済みの者も居て動向の報告は受けていたが、誰も万年筆を分解してはいなかった。

 機密保持が必要な所長室は構造的に外部に電波が届きにくくなっているが、ドアのすぐ前や、要所々々ようしょようしょに中継器を設置しておけば、通信は可能だ。


 所長室の窓ガラスが、外部からの風で震えていた。




 研究所前に待機していた自衛隊員達は、栗林から送られてきた映像を見ていた。


「どうですか?これで所長自身が首領だと判明しましたし、サイボーグも多数確認できました。攻撃してもよろしいですよね」

「信じられないが、これを見せられれば認めざるをえないだろう」


 副隊長の提示した映像に中国軍も承諾せざるを得なかった。

 洗脳に使われているのが蜂の体組織だと判明しているし、この映像も記録されている。


 中国軍人は軍本部へと衛星電話をかけ、詳しい説明を始めたのだった。




「なぁ、副隊長。ちゃんと録画もできたか?」

『はい、栗林隊長。既に中国軍からの承認も取りました。我々は計画通りに退避します』

「退避だと?援軍に来るのではないのか?」


 栗林と副隊長の通信をリー所長は理解できなかった。


 その直後、激しく繰り返される機関銃の音と共に窓ガラスが割れ、壁ごとドアの向こうにいた朴達を撃ち殺してしまった。


「クリケットの移動ユニット?無人でか?」

『援軍参上ぉ~でござる!』


 誰も乗っていない移動ユニットから声がした。


「電波障害を予想して、移動ユニットにもA.I.を付けておきましたよ」

『殿、既に出入り口は塞いでござる』

「何をするつもりだ、クリケット!」


 動けぬ体で、所長がもがく。


「所長は持物、この施設ごと破壊します」

『武士道とは死ぬ事とみつけたりぃ~』


 栗林の移動ユニットが所長室を通り抜け、廊下側へ突っこみ大破した。

 沢山の金属片が飛び散り、水蒸気が辺り一面に充満するが、炎はたいして上がらなかった。


「不発ですか?クリケット。威勢の割りには御粗末な最後でしたね。外の部隊は退避したし、援軍もコノあり様。異常を聞き付けて部下達が来れば、私は逃げおおせるわね」


 痛みと出血で気を失いそうになりながらも、所長は勝利を確信した。

 だが、その笑顔は長くは続かなかった様だ。

 研究所内に、放射能漏れのアラームが鳴り響いたのだ。


「放射能漏れ?何処から?」

「さて、所長。何が壊れたかな?」


 所長の視線は、栗林の移動ユニットへと向いた。


「まさか、原子力?でも連鎖反応はしていない。分かってるわよ!この程度の汚染では、そうそう死なないわ」


 原爆と同じ反応で加熱する原子力発電は、核物質が少量でも発熱による発電ができる。

 だが、【核爆発/連鎖反応】を起こすには、一定量以上の核物質量が必要となるのだ。

 持物、少量でも隔離の外に出れば放射線を発して周りを汚染はする。

 しかし、それも核物質の近くに行かなければ後遺症も起きない程度なのだ。


「確かに爆発はしない。だが、汚染された空気は衛星からでも観測できるんですよ。所長」

「それを誰が見ると・・・・まさか軍艦?」


 栗林達は【国連軍】として戦艦でやって来ている。

 戦艦には当然だがミサイルが積まれており、中国軍は攻撃を承認している。

 栗林の部下達が退避した事を考えれば、その方法が合理的だ。

 あとは情報を改竄して、研究所で核爆発が起きた事にすれば、現場からは放射能が検出される。

 その規模すら改竄すれば【研究所が起こした事故】にする事も可能だ。


「やめさせて栗林。私の行動は人類の為だと分かるでしょ?放っておけば人類も自然も壊れる。既に生物の突然変異も始まってしまっているのよ。貴方の行動は人類の未来を閉ざす事になるのよ」


 栗林がミサイルを止めるか、所長を逃がせば、beeingは存続できるのだろう。

 それは、人類の未来を守る事に繋がるのかも知れない。

 リー所長に同化してしまった女王蜂も、環境汚染により突然変異を起こしたものだった。

 beeingの誕生は、人類にとって因果応報とも言える。


 だが、栗林は首を横に振った。


「所長、俺は知ってるんですよ。この手の処置を受けたサイボーグの寿命が五年しか無い事を。俺も、そう長くはないんです」


 無理をすれば、その弊害は何処かに帰ってくる。

 不自然な生物の改造をした末路は、大半が短命な結末だ。

 素体となる人間は捨てる程に存在している。

 老朽化した体組織を付け替えるより、新規に作った方が精度も品質も高いのは建物や道具と同じだ。


 それに働き蜂達は、巣を守るためには己の命など問わない。道具として生まれてきているのだ。

 元より人間である自分達が生き長らえているのはbeeingの目的に反する行為だ。


「それに、コレは【正義】なんかじゃなく、未来を閉ざされた俺の【復讐】なんです。ですから人類の未来なんて知った事じゃないんですよ」


 結局、人間を強く突き動かすのは道理や正義感ではなく、本能的な【感情】なのだ。


 割れた窓ガラス越しに、カン高い風切り音が聞こえ、爆音と衝撃が研究所全体を襲った。


「そうか。お前は私を道連れに死ぬ気なのだな?」


 崩れ去る所長室の中で、クリスティーナ・リー所長の口元に笑みが浮かんだ。

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