第18話 蛍火

 生物同士のコミニュケーション手段には、音や匂い、色などがある。

 だが、ごく少数だが光通信を行う生物も存在している。


 一部の昆虫には通信手段として使用されている光だが、別の使い方も可能性としては有る様だ。



 隊列を組んで幹線道路を走る栗林の居る国連軍一行は、【バイオテックラボラトリー】へと近付いていた。

 それまでも、複数のサイボーグに襲われはしたが、全てを撃破していた。

 元より、軍に対抗できるサイボーグなど種類が限られているし、人口調整というbeeingの目的からすれば、軍と戦う必要性が無いのだから。


 それに、栗林の為だけに新たなサイボーグ開発するのも効率が悪い。


 他の部隊が、各地の拠点から軍のヘリコプターでサイボーグ出現地へ呼ばれるのに対して、栗林達は妨害が来るのを前提に、仮想敵本拠地へと陸路を向かっている。

 バイオテックラボラトリーが本拠地でないなら、過度な防衛行動は取らないだろうと考えたからだ。


「どうやら、隊長の予想がビンゴだったようですね。他の部隊からは、駐屯地攻撃すら無いそうです」

「いや、単に目障りな俺だけ狙っているのかも知れませんよ」


 休憩中に部下から言われた賛辞にヘルメットを脱いだ栗林が、わざと意に反した返事をした。

 中国軍も居るので、違和感を出さない為に同じ隊の人間には素顔をさらしているのだ。

 とは言え、隊長だけ白スーツなのは目立っているが。


「本当に本拠地には一人で向かわれるのですか?」

「ええ。表向きは【マトモな研究所】を演じているでしょうし、行方不明の研究員が帰ってきたなら兎も角、軍が大勢で来ていれば『間違いでした』では済まないでしょうから」

「でも、訪問の名目は【軍による査察】ですよね?」

「それでも、大勢で押し寄せるよりは繕いようがありますからね」


 大勢で強制捜査をして見つからなければ、中国軍の顔を潰す事になる。

 洗脳者が複数居る研究所に栗林が探知機を持って一人で乗り込めば、敵は物量で抑えにくるだろう。

 捕らえた栗林を洗脳すれば、一石二鳥以上となるのだから。


『栗林、見えているか?』

「勿論だ。これは紫外線のポインターライトか?」

「隊長?」

「いや、ちょっと外しますね」


 脇に抱えたヘルメットからの言葉に、栗林は部下達から離れた。


「狙いは俺だけか?」

『ああ、まだ追尾してきている』


 昆虫の多くは紫外線が見える事で知られている。

 改造された栗林の目も、紫外線を見る事ができる物となっていた。


 そして、栗林の頭部を照らし続けていた小さな光が消えた瞬間、彼は身体を倒した。


ジュッ!


 栗林の脇にあった車の一部が、音を立てて焦げ付いた。

 ちょうど彼の頭の高さだ。


「実弾じゃなく、レーザーだと?」

『反射光からすると紫外線レーザーか?リストには無いな』

「兵器か?サイボーグか?」

『光を使う昆虫とすれば蛍かヒカリコメツキ、鉄道虫?』

「方向は分かるが距離は、かなり有りそうだぞ」


 現在では、単一波長の光を【レーザー】と呼ぶ事が多い。

 だがレーザーとは本来、同じ波長を重ねる事で影響力を増した光の事で、軍事利用も考えられていた。


 我々がよく使う【白色光】は、単一の光ではない。

 虹やプリズム分光でも分かる通り、それは複数の波長の光が集まった混合色であって、絵具で言えば【グレー】の立ち位置にある。


 光の性質は、ある意味で音に似ている。

 波長を持ち、同じ波長の物を重ねるとエネルギー値が加算される。

 逆に、異なる波長を重ねると使用した総エネルギーの割りに影響力が小さくなるのだ。


 そんな光の持つエネルギー値は波長に反比例するので、紫外線の様な波長の短い光を使ったUVレーザーは、強力な光エネルギーを持っている。


 ただ、【兵器】として使うには、エネルギー値を高めるのに膨大な時間と電力が必要となるので、SFの様な光の線ではなく、単発銃の様な使い方しか出来ない。


「紫外線レーザーをスナイパー用に使っているのか?」

『力押しの次は暗殺と来たか?発電機が見当たらない所を見ると、サイボーグの可能性が高いな』


 紫外線が見えない人間ならば成功していただろう。

 特にヘルメットを脱いでいた栗林には、複数の眼があった事が幸いした。


「蛍の様な生体発光を使う研究はラボラトリーでもされていた様だが、こうきたか?」

『生体発光と言えど、再装填までには時間が掛かるだろう』

「それはスナイパーが一人の前提だろ?」


 身をかがめた栗林だったが、狙撃手はスコープで探して居るだろう。


「何か対策は無いか?」

『簡易的な対策だが、アルミブランケットがあっただろう』

「サバイバルキットのアレか?」


 非常時用品として百円ショップでも売っている、防寒用の【アルミブランケット】という物がある。

 薄いビニールに光反射処置をしただけの物だが、人間が発する赤外線を人間に反射して保温するという物だ。

 レーザーを何処まで反射できるかは不明だが、減退はできるだろう。


「こちら隊長の栗林だ。隊員各位、他の者に無線機の使用を指示しろ」

『了解です、隊長』


 栗林は無線で他の隊員へと連絡をとった。


『A班完了』

『B班完了』

『C班完了』

『輸送班完了』

『中国班完了』


 各班長から返信が来る。

 ここからは、中国語を使った。


「各員バラバラに、ゆっくりと、アルミブランケットを用意しろ」

『『『『『了解』』』』』


 栗林自身もアルミブランケットを用意した。


『A班準備完了』

『B班完了』

『C班完了』

『輸送班完了』

『中国班完了』

「全員動かず静聴しろ。現在、スナイパーの存在を確認した。武器はレーザーらしい。合図と同時に全員でブランケットを頭から被り、車両に戻って個別に移動する。一部の物資は破棄しても構わない。返信不要」


 上空に姿が無い事から、狙撃手は水平線方向に居るだろう。

 一斉に行動する事で狙撃手を動揺させ、同じ銀色が多数動く事で視界を防ぐのだ。

 狙撃手が多数居ても、無駄撃ちはできないだろう。


 栗林は匍匐前進ほふくぜんしんで隊員達の近くに寄った。

 隊員の何名かが、栗林を視線だけで追っている。


「カウントダウン。スリー、ツー、ワン、ゴー」


 全員が一斉にブランケットを広げて頭から被り、移動を始めた。

 端から見ていたら、驚くだろう。

 栗林もブランケットを被って立ち上がり、バイクへと急いだ。

 リモートでエンジンの掛かったバイクに乗り、走りながらブランケットを脱ぎ去る。

 白スーツの栗林が居れば、狙撃手は彼を狙うだろうが、移動中の標的は狙いにくい。


 5キロほど走った辺りで、バックミラーに車列が見えてきた。


『集結完了、損害無しです。隊長』

「了解しました。御無事で何よりです」


 いち早く栗林が囮になった事で、被害は無かった様だ。

 そもそも、狙撃は一発目が外れた時点で失敗と言える。


「最終目的地まで、あと少しだ」


 栗林は、バイクのアクセルを握り締めた。

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