第17話 白蟋蟀

 蟋蟀コオロギ

 それは、ある程度の羽を持つ昆虫の中でも飛べないものの一つで、飛行の為の羽を生殖行為にのみ使用している。

 だが、全てのコオロギが飛べない訳ではない。

 成虫になった直後や環境によっては、飛行する能力を残している場合もある。

 ある意味では、後天的に能力の改変を行う種類の一つと言えよう。




 日本の自衛隊は、国連軍として幾つもの国に派遣されていた。

 多くの国が自衛隊の装備や情報を欲しがったが、日本は断固てして断った。

 戦後日本が優位に立てる数少ない機会だったからだ。

 但し、洗脳発見器と移植物質情報に関しては、各国に提供している。


 beeingの被害は、国としての人口密集度に比例して多い事が調査の結果判明しており、モナコやシンガポールなどが注目されているが、面積の広い国も一国あたりの総数としては多くなる。

 2022年時の人口密集度は、アジア圏では日本は28位で隣国の中国64位、韓国15位と比較的高い。

 この内、韓国は日本の自衛隊が来る事をかたくななに拒み、中国は軍の同行を条件に認めた。


 国土面積が世界第三位の中国は、面積上位のアメリカやロシアより密集度が高いために、事件の総量で群を抜いていたのだ。



 クリケット一行は国連軍/自衛隊に紛れて、そんな中国入りしていた。

 複数の巡洋艦や輸送艦を使い、海路での移動だ。


「たぶん、あの研究所がbeeingの本拠地と見て間違いないだろう」


 【バイオテックラボラトリー】


 栗林は自分の腕の擬態を解いて、そこに刻まれた【WindCricket 0001】の刻印を確認した。


「量産品1号は、問題点を見付ける為にも、下請けには任せないはずだからな」


 栗林が助かったのも、開発手順が未確定な面があったからだろう。

 つまりは、0001である栗林が処置されたバイオテックラボラトリーこそが本拠地である可能性が高いのだ。


 【違法サイボーグ】に対処する自衛隊員の装備は、改良したクリケットの装備に酷似したものとなっている。

 それはクリケット用装備の量産品であると同時に、彼の活動をカムフラージュする目的も有った。

 バイク等に原子炉や攻撃ドローン、変形機構などは付いていないが、ガソリンタンクを増量したりバックパックを付けたりして、遠目には区別が付きにくくなっている。

 栗林自身にも、自衛隊員としての立場が与えられているので、公的にも咎められる事はないし、いざとなれば【隊長仕様】で通す話もついている。


 この国連軍は、幾つかの部隊に別れて上海に近い軍港である舟山海軍基地を発った。

 クリケットが率いる部隊が向かうのは、バイオテックラボラトリーのある方面で、簡単に言えば他は擬装カムフラージュと言える。

 隊員数や車両構成は、どの部隊も同じだが、クリケット部隊以外の輸送車の中は空荷に近い状態だった。

 仮に【本拠地】で無くとも、バイオテックラボラトリーには確実にbeeingの手が入っているからだ。


「他の隊員達は敵に遭遇しても大丈夫でしょうか?」

『囮部隊と言っても、小隊規模なら十分に戦える装備は有りますから』


 クリケットの疑問に、副隊員を任じられた者が無線で答える。

 部隊編成は、12台の武装バイクと機銃付き車両2台、輸送車3台の編成に、中国軍の装甲車が2台随伴している。

 beeingと戦うだけなら、武装バイクの装備だけで十分になっている。


 そんな会話の直後に、ヘルメットから栗林に情報が送られた。


「総員警戒!付近に相当数の敵が居る様だ」

『了解、ドローンを先行させます』


 バイク集団から数機のドローンが飛び立つ。

 戦闘バイクは全てが同じではなく、戦闘特化や情報特化などの役割り分担がある。

 搭載されたドローンには、クリケット並みに性能を上げた洗脳者発見器が組み込まれていた。


『ドローンで確認。地上に兜虫ライノセラスタイプ5、上空に蟋蟀クリケットタイプ12、伏兵は不明!』

「お出迎えの様だな?上空のは俺が対応します。先ずは地上のを優先してお願いします」

『了解!隊長、御武運を』


 部隊から突出したクリケットが、走りながら飛行形態へと移行して飛び立っていく。


『あれ、俺等も欲しいっすね』

『動力源は極秘らしいし、操作もA.I.抜きじゃ無理らしいぞ』


 残された隊員達は、栗林の飛行を見ながら武装を準備した。


〔何だ?あのスペックは?〕

〔ジェットエンジンも無しに我等より速いだと?〕


 追撃に来た12機の飛行モードクリケット部隊は驚愕していた。

 改造がされているとは聞いていたが、ここまで速度差があるとは思っていなかったのだ。

 栗林は、やって来た部隊の中央を突破して、クリケット部隊を自衛隊から引き離した。


 射撃されにくい様に、上下左右へと不規則に揺れながら引き離していく。


〔なんだ?あの機動力は?弾が当たらない〕


 栗林の機体にはメイン推進の他に、補助的にドローンの推進力が加わって、予測のできない動きをしている。

 彼を狙う銃の銃身方向をヘルメットのA.I.が予測して回避行動をとっているのだ。


〔無理をするな!あの速度と機動ではバッテリーが持つ訳がない〕


 案の定、栗林は減速を始めた。


〔よしっ!狙え〕


 栗林の後方でクリケット部隊が円錐形に近いフォーメーションを組む。射線が重ならない様にしているのだ。


「戦闘機でもないのに、なんで真後ろ取るかねぇ?」


 栗林はバッテリーが切れたのではなく、相手が密集隊形をとったのを見て減速したのだった。

 そんな彼の機体から、黒い煙が流れ出す。


 ジェットエンジンを積んでいても、クリケット達の飛行は音速近くまで出せる訳ではない。

 放たれた煙は、後を追うクリケット部隊へと広がりながら、降りかかった。


〔煙幕か?無駄な事を〕

〔いや違う!チャフだ!〕


 ジェットエンジンは、速度に関係なく大量の空気を吸い込む。

 それ故にフィルターなどができず、航空機も【バードストライク】と呼ばれる異物混入事故があとを絶たない。

 異物は鳥に限らず、砂ぼこりなども機械を痛める。

 【チャフ】とは本来はホコリの総称だが、電波妨害の金属片を指す事もある。


 だが、栗林が放ったのは用途が違った。

 クリケット部隊のジェットエンジンが炎をあげたり煙を出し始めたのだ。


〔クソッ!火薬と金属片か!〕

〔だ、第一小隊は二機、第二小隊は一機、第三小隊も二機脱落〕


 地上部隊を中心に円を描いて逃げる栗林の後で、次々とクリケットが地上へと降りていき、二周目に回ってきた栗林からのリトルナパームで燃やされていく。

 ナパームは飛び散る為に、数を撃てば直撃しなくとも範囲攻撃ができるのだ。

 炎と黒煙が舞い、無事だったジェットエンジンにも不調をきたしている。


 電動でファン推進である栗林だけは、重量が軽くなった事で更に速度をあげていた。


「伏兵も来たし、そろそろ殲滅しますか」


 辛うじて生き残った七機に、隠れていた四機が合流しにやって来た。

 リトルナパームを撃ち尽くした栗林は、無線を飛ばす。


「援軍を装甲車の機銃で狙えますか?」

『あの速度なら新開発の散弾トレンチ砲の方が有効でしょう。』


 飛行する敵に対して開発された、徹甲弾の散弾バージョンだ。


「任せます」

『了解です。射線に入らないで下さいよ、隊長』


 栗林は、射線に入らない場所で逃げる事をやめ、残存部隊と混戦を始めた。

 地上戦は既に終了しており、部下達が栗林の戦いを見守っている。


『隊長!見分けがつかないために援護できません』


 八つの黒い飛行物体が入り乱れているのだ。援護射撃しようとしても区別がつかない。


「じゃあ、そろそろ御披露目といこうか?」


 栗林の黒い外皮が、移動の度に宙に舞う。

 姿を現したのは、白いコオロギだった。

 言うなれば変種【White Cricket】。

 昆虫の脱皮特性を使った仕様変更だ。


『隊長、ちゃんと避けて下さいよ』


 栗林から一時的に離れた敵を狙って、赤外線追尾の【91式携帯地対空誘導弾】が放たれていく。

 栗林はジェットエンジンではないので安心だが、巻き添えを喰わない様にとの配慮だ。


〔クソッ!これか?〕


 報告による知識があっても、体験するのは話が別だ。

 彼等のはジェット戦闘機とは違い、マッハで飛来するミサイルを避けれる飛行システムではない。


〔クソッ!クソッ!裏切り者がぁ~〕


 狙いを付けられたクリケット部隊は次々と撃ち落とされ、僅かに残った者も栗林の機動力に撃破された。


 洗脳された彼等には【逃げる】という選択肢は無い。

 だが、そこには立場の違う人間の感情はあった。

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