第16話 髪切り虫
クリケット達の用意した【洗脳者発見器】によって、多くの公務員が【病院送り】と言う名の隔離をされた。
社会的には【脳に腫瘍が見つかった】とされたが、ネットでは奇病説や陰謀説も流れている。
実際にCTスキャンで異物が見つかるのだから間違いではない。
勿論、病院は容易に接触ができない隔離施設である。
サーバーデータから【移植】に関しての情報も提供されたが、【洗脳からの解放】は想定されていない様で、【治療】の手段は掲載されていなかった。
一部の患者で薬物投与や外科的切除も試みられたが、脳障害を引き起こすだけで芳しい結果は得られていない。
さりとて、合法的に処分するには罪状が明確でない者が殆んどだ。
行政や政財界は機能不全を起こし始めているが、放置すれば更なる破局をもたらすのは必至なので、ひたすら洗脳者狩りを行うしかなかった。
【洗脳者】は便利な捨てゴマだったらしく、サイボーグを用いた救出行動は確認されていない。
しかし、未だに全ての洗脳者を捕獲できた訳ではない。
加えて【協力者】と言う潜在的な敵も存在する。
ただ、クリケット達の与えた情報と武器を使った自衛隊の活躍で、あからさまなbeeingの破壊活動は鎮圧できていた。
そんな状況なので特に急ぎの行動が無いクリケット達は、自衛隊の富士演習場で装備の実験を行ない、更なる改良を行っていた。
合間を見て、クリケット自身が標的となり模擬弾による自衛隊員の訓練も行われている。
仮想標的を使った自衛隊員の実銃などでの訓練の合間ではあるが。
「【協力者】によって、この訓練内容も知られている可能性が有るので、圧倒的物量で挑む必要があります」
「それに同意です。ですが幸いにもサイボーグより兵器の方が量産しやすい。後はソレを使う人間の技量次第ですが、人間以上の性能を相手にするのに、クリケット殿の協力は有りがたい限りです。既に海外で活躍中の隊員からも報告が来ています」
国連軍の名目で、海外でサイボーグと戦っている自衛隊員も、今回の様にクリケットと模擬戦を行ってきた。
彼も無キズとはいかないが、クローニングに使う【培養液】をも用いて、多少のケガは治療できる。
「バイクのリモート飛行も訓練できるので、こちらも助かってます」
「その飛行を利用して、迎撃訓練もさせてもらってますから、御互い様ですよ」
最近の訓練にはバイクの飛行能力をも併用して行っている。
だが、そんな秘密訓練も、何度も繰り返せば情報が漏れるものだ。
「観測班より入電!樹海より飛行物体多数接近、形状は【ロングホーン】形状は【ロングホーン】」
「ロングホーン接近を了解」
「ロングホーンビートル!カミキリムシか?」
クリケットの入手したサイボーグの情報の一部は、自衛隊にも回してある。
当然、サイボーグ構造や作り方までは伝えてないが、形状や基本性能は伝えてある。
甲虫の一種であるカミキリムシの特徴は、長い触角と大顎にある。
挟む目的のクワガタと違い、樹木の繊維切断を目的とした強力な顎だ。
中でもオオキバウスバカミキリは15センチと大型な上に体長の30%にも及ぶ巨大な大顎を持つ物も居る。
カミキリムシ型サイボーグは、飛行能力を活かして上空からの射撃と斬撃が攻撃手法だ。
空中機動力も有るが、高い防弾性能を持っている。
カミキリムシの触角の様な長いスタビライザーで安定した飛行をしているが、特に【カミキリムシ】の形状をしている訳ではない。
その長いスタビライザーが特徴的なだけで、複眼ヘルメットとハードスーツ、バッグパックを背負った人型に過ぎない。
防弾機能なども生体で構成せず、装甲服などのオプション扱いにする様な合理性を持っている。
だが、そんなbeeingに対しても、基本性能が分かっていれば対処のしようはあるものだ。
「通信係は付近の部隊に応援要請。他の隊員は対空装備、よぉ~い!」
「「「対空装備よぉ~い!」」」
隊長の命令に、隊員達が用意したのは【91式携帯地対空誘導弾】だ。
これは、隊員一人で持ち運びと発射のできる赤外線誘導弾で、熱源体を迎撃できる。
つまりは、beeingの使用している水素ジェットエンジンを追尾攻撃できるのだ。
「て~っ!」
隊長の掛け声と共に一人が発射され、飛行中だった射程内のサイボーグを撃ち落とした。
赤外線誘導の場合、複数の標的が居る時には一発づつ発射した方が効率が良い。
「て~っ!」
「て~っ!」
「て~っ!」
「て~っ!」
わずかな時間差で次々と空中のサイボーグが迎撃されていくが、幾人かは状況を見て地上に降り、バックパックであるジェットエンジンシステムを外しはじめた。
「着地地点確認後、支援部隊に通達し、直ちに砲撃依頼せよ」
「了解」
演習場を管理している観測班と、砲撃演習をしている部隊の連携で、直ぐ様砲撃が飛んでくる。
四十体ほども居たカミキリムシサイボーグも、クリケット達に辿り着く前に半数以下になってしまっていた。
「森林地帯に深入りせず、徹甲弾と手榴弾で炙り出してリトルナパームで対処せよ」
特殊工作員に近いbeeingのサイボーグ達は、軍隊との正面衝突に耐えられないだろう。
『栗林、サイボーグ達の反応が変だ』
「どうしたクリケット」
戦闘形態の栗林にヘルメットであるクリケットが声をかけてきた。
『よくわからないが、奴等の匂いが何かオカシイ』
ヘルメットが言っているのは、beeingが敵味方識別に使っている【匂い】についてだ。
『それに、別方向にモグラも居る様だ』
「モグラと言うと【
地下系のサイボーグは対戦能力が低い代わりに、特殊工作や潜伏に長けているので、今回の戦闘での情報収集が目的かも知れない。
「地下系のサイボーグは手に負えないから、アッチはパスするしかないな」
自衛隊員の戦闘を遠目に見ながら、クリケットは隊長に声をかけた。
「隊長さん、武装した自衛隊相手に直接大量のサイボーグを投入する意図が見えないんですが?」
「それだけクリケット殿を危険視してるんじゃないですか?実際、貴方のお陰で彼等に対処できているのですから」
隊長は、ほぼ殲滅が終わった状況を指差しながら言った。
そんな隊長の元には、常に状況報告が飛び込む。
『攻撃隊から報告。サイボーグの六割強がサイボーグを模したドローンと判明。一人が二体のドローンを牽引していたものと見られます』
「クリケット殿の予測通り、自衛隊への威力偵察だったみたいですね。実際は指揮官とドローン牽引13名といったところでしょうか」
機械化量産で対応した自衛隊同様に、beeingも機械化で効率化したと言う事だろうか?
「それでも合計14体のサイボーグを使うなんて勿体ないですよね」
「世界では百体以上のサイボーグがクリケット殿の協力で倒されていますから、その元凶に対しては妥当じゃないですか?」
クリケットから更なる技術提供が行われれば、被害は増える一方だと考えたのかも知れない。
「しかし、確かにbeeingの行動が変化する可能性が有りますから、防衛省の方にも意見具申してみましょう」
隊長は、クリケットの懸念を理解してくれた様である。
今回の様にbeeingのサイボーグは、昆虫の生体組織と能力を取り入れているが、必ずしも形状まで模倣していない。
人混みに紛れる必要性などを考えても、人間形態に近い方がメリットがあるタイプも居る。
ヒーロードラマの様に全てが戦闘タイプな訳でもなく、誘拐や破壊工作に特化した者も居る。
だが、それらも侮れるものではない。
実は要人や関係者が巻き込まれていたりする各地のテロ行為。
地域や世界をを丸ごと死に至らせる謎の奇病。
大規模な不作による食料危機が引き起こす暴動と抗争による死傷者。
以前に現れた【毒蛾】のサイボーグも、【即死系の毒粉】ではなく【遅延性ウイルス】だったりすると被害は戦闘タイプにも勝るのだ。
いや、サイボーグ達より、自らの命をも犠牲にする【洗脳者】達による戦争の方が、多くの人間を殺すのかも知れない。
beeingの目的は利益や支配力の獲得ではなく【人類の人口調整】なのだから。
ある意味で、クリケットを含む戦闘特化型サイボーグは、陽動目的なのかも知れない。
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