第14話 蝉の音

 蝉の仲間は気候帯の熱帯から亜熱帯にかけて多く生息する。

 日本の様な温帯が北限の様にも見えるが、実際には亜寒帯にまで存在している。

 日本では夏の季語にも使われる蝉も、数匹の鳴き声ならば風情も有るが、これが数十匹ともなると安眠妨害やイライラの元となる。


 その音は種類によって異なるが、楽器同様に大きくなるほど低周波へと移行する。


 騒音は一般にはキンキン音の様な高周波音の方が迷惑に感じるが、実は耳に聞こえない20ヘルツ以下の低周波騒音も人体に異常を生じる。

 その症状は、精神的には幻覚・圧迫感・イライラ・不眠・脱力感・不安感などを生じ、肉体的には肩こり・しびれ・足のだるさ・吐き気・動機・息苦しさ・めまい・血圧上昇・頭痛・耳の痛みなどを生じたりする。


 もし、巨大昆虫が音を発したら、その音は低周波騒音にまで至るかも知れない。



「蝉サイボーグは、飛行能力と音波攻撃ができるが戦闘能力は低い筈だ。他のサイボーグが居ると音波が使えないから、武器を持ってると考えるべきか?」


 見晴らしの良い場所に出てクリケットが銃を構えると、上空にには五体ほどのサイボーグが降下してくるのが見えた。


「やはり銃を持っているか」


 クリケットは、先手必勝とはがりに、自分から遠いサイボーグを集中的に射撃しながら、越智の居る建物から離れていく。


「裏切者クリケット。御前は死刑だ!」

「ソレはシャレのつもりか?」


 長く英語圏で暮らした栗林は笑いながら移動した。

 英語では蝉は【cicada】と書き、日本語で発音すると【シケイダ】となるのだ。


 蝉サイボーグ達はクリケットを囲む様に移動しながら銃撃を続けた。

 銃声を耳にして出てきた武装警備隊が、近付くと同時に頭を押さえたり、膝から崩れる様に倒れていく。


「複数の共振によるパワーアップか?」


 特に低周波音は、影響範囲が狭いのが欠点だが、複数の発信源からの共振を使えば、その威力を何倍にもできる。

 クリケットも劣化版とは言え、同じ低周波騒音のシステムを持っているので耐性が有るが、今回の様に他からの応援が期待できない。

 蝉サイボーグはクリケットに対して優勢ではないが、邪魔を排除できるので、数で補ってきたのだ。


 蝉サイボーグの方は何人かが打ち落とされ、クリケットも被弾したが、人間サイズに音波兵器と飛行能力を備えた蝉サイボーグと、蝉より劣る音波兵器しかなく飛行能力をバイクに依存しているクリケットでは、肉体強度も異なっていた。

 通常は上から狙う方が優勢だが、身を隠す場所も無い時は上空の方が不利になる事もある。

 クリケットは地上での機動力を駆使して蝉サイボーグを翻弄して、敵の数を減らしていった。


「おい、ヘルメット。試作したドローンは動かせるか?」

『今のシステムでも一台なら可能だ。場所はベランダだったな』


 超小型原子炉は組立てにも時間が掛かるので、平行して攻撃用ドローンも試作していたのだ。


「じゃあ、囮になるから巧く狙えよ」

『了解だ』


 ヘルメットはクリケットの肉体と連動しているので、彼の動きに合わせてドローンからの射撃を行った。

 居ない筈の伏兵に翻弄されて、残った蝉サイボーグの連携が崩れたところを、クリケットも狙撃する。

 ヘルメットの補助が有れば後ろ向きに射撃する事も無理ではない。


『向こうも疲れてきただろう。アイツも呼ぶぞ』

「じゃあ、こっちも飛ぼうか?」


 車庫から無人のバイクが走り寄り、ドローンの乱射を合図にクリケットと合体した。


 いくら飛行能力があるからと言っても、気球でも無い限り飛び続ける事はできない。

 スタミナ切れと同時に精神力も削がれていく。

 蝉サイボーグは地上活動を想定されていない為に、着地して息継ぎしてから、直ぐに飛び立つ様な飛びかたになっていった。


「こうなったら、こっちが優勢だな」


 スタミナを温存していたクリケットは、バイクの飛行能力と地の利を把握したドローンの奇襲性を併用して、最後の蝉サイボーグをも打ち倒した。


「ドローンのバッテリーと弾は残ってるか?」

『ヘッドショットか?二人ほど残るが』

「分かった。二人は俺がやる」


 試作したドローンには高度なセンサーを積んでいない。

 カメラでは負傷の具合いまでは確認できないからだ。


 クリケットは、予備で持ってきたハンドガンで、至近距離から二人のサイボーグの頭を撃ち抜いた。


「防衛省の関さんに、サンプルが増えたと連絡を入れてくれ」

『了解。工場のセキュリティにも連絡を入れる』


 やがて出てきた警備隊にクリケットは銃器を地面に置き、バトルモードを解いてIDを提示した。


「防衛省の人間を呼んでいるので、死体には手を触れない様にしてください。感染症の恐れも有りますから」

「写真は大丈夫ですか?」

「それは防衛省の人に確認をとってください。私の責任範囲を越えますから」


 当然だが、工場内のセキュリティカメラ映像も防衛省に押さえられるだろう。


 ポータブルの生体認証装置にパスしたクリケットは、ドローンを回収して、自分達のブースへと足を向けた。


「越智、大丈夫か?」

「あぁ。少し偏頭痛がするが、大丈夫な方だ。しかし、ここもバレたんだな」

「移動しても繰返しだろうし、ここで防衛省に警備強化を頼まないとな」

「武装も早急に完成させないといけないな」


 ヘルメットを脱いだ栗林は、再びコンピューターへと向き合って操作を始めた。


「で、栗林よ。火炎放射器とかミサイルは付けないのか?」

「そりゃもう、バイクじゃなくて戦車だろ」


 火力重視か機動力重視かは、確かに問題ではあったが。

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