第13話 V3

 日本の軍事産業の下請けを担う【千島重工】でブースを手に入れた栗林と越智は、自前の回線でインターネットにアクセスしていた。


「洗脳者発見器は、そのヘルメットの設計図とデータで何とか成るし、武器もbeeingのデータに手頃な物が有りそうだが、【超小型原子炉】の設計図は見当たらないぞ」


 サーバーデータを再構成した越智が、隠しファイルまでリスト化して首をひねっている。


「カミーユ・ライダー博士の個人ファイルに日記帳がある筈だ。去年の2月14日分に画像添付があるか見てくれ」

「バレンタインデーか?ライダー博士って原子炉の専門家だった筈だが、知りあいなのか?」

「ああ、個人的にな。郊外で事故死した事になってるが、今にして思えば高齢だし、原子炉開発にも成功して用済みになったんで、beeingに処分されたのかも知れないな」


 洗脳移植には、脳の劣化による年齢制限があるらしい。


 栗林の指示に従って、画像ファイルの拡張子を変更して開こうとするとパスワードを聞いてきた。


「勿論、知ってるんだよな?自壊システムがあるっぽいぞ」

「パスワードは【WhiteChocolate】だ。スペース無しでホワイトとチョコレートの頭文字は大文字だ」

「【WhiteChocolate】だな!よし、開いた。って、コレは本物か?技術革新物じゃあないか!」


 小型原子炉は現在、トレーラー並みまで小型できている。

 しかし、この設計図はバスケットボール二個分にまで 小型化されていた。


「何でコレが発表されなかったんだ?問題点でも有るのか?」

「全く無い訳じゃないが、一番の理由は【軍事転用】を博士が嫌ったからだよ。まぁ、その点が俺と意見が合ったから託されたんだが」


 サイボーグ技術を研究していた栗林も人並みの機能を追求しており、怪物並のパワーや速度を求めてはいなかった。

 それにより失う機能が惜しかったのだ。

 今は、その【望まぬ身体】にされてしまった栗林が、自分の体を見て眉間にシワを寄せている。


「これを組み直して、あのバイクに取り付ける。そうすれば飛行時間が増える筈だ」

「その辺りは、栗林の専門だな。俺は制御ソフトを確認するよ」


 サイボーグの中には飛行能力を持つ者も居る。

 クリケットにも羽は有るが、主に音波兵器仕様なので、広げても滑空が精々なのだ。

 あのバイクはソレを補う為の物で、それ故に【WindCricket】と銘打たれて居るのだ。


「博士っ。済まないがアンタの秘蔵っ子を兵器転用させてもらう。だが、これっきりだ。親の仇を討てるなら、コイツも納得してくれるだろう」


 サーバーのデータでは同規格のサイボーグが複数作られている。

 警視庁を崩壊させたサイボーグも複数で行動していた。

 常識で考えて、クリケットも複数作られるだろう。

 コピーしたデータ上では【WindCricket】が最新式だが、同じ規格が複数では勝ち目がない。

 それに、更なる強化サイボーグが作られている可能性もある。

 栗林自身を強化するにも誰に頼むかの問題も有るし、それを自ら行ってはbeeingと同じになってしまう。


「本人が無理なら、オプションで強化するしかないしな」


 頑張れば、更に強くなれるのは、漫画の中だけだ。

 何かを捨てなければ、新しい物を手にする事はできない。


クリケットヘルメットにも、少し手を加えさせてもらうぞ」

『システムとデータを消去しなければ問題は無い』

「流石にA.I.はドライだな」

『乾燥機能も有るには有るが、ソレは【非感情的】という話だな?』


 ちょっと見には栗林のひとり言に見える会話に、事情を知る越智が嫌な顔をして睨んだ。


「オイオイ栗林。話が見えないんだが?」

「越智、済まないな。コイツがバージョンアップに同意してくれたって事だ」

「それなら良いんだ。仲間なんだから内緒話はやめてくれよ」


 最悪、越智自身が洗脳された場合を考えて、ヘルメットとの会話はできないままにしてある。


「じゃあ、先にコレを渡しておく。ヘルメットのA.I.に有効そうな防壁型コンピューターウイルスだ。初期画面でパラメーター設定すれば変異してしまい、俺でも解除に一週間は掛かる代物に変わる」

「これを他のクリケットとのネットワークシステムで使えば、同型をダウンさせられるんだな?」

「たぶんな」


 同型サイボーグ同士は、連携行動の為に専用ネットワークで繋がっている。

 それは内蔵やオープションなど様々だが、専属A.I.が担っている。

 人間を改造して多機能にするには脳機能に限界が有るので、一部の脳機能を別の物にあてた上で、人工知能に補佐させているのだ。





 兵器開発のブースは、機密保持の為に電力と通話回線以外は他と隔離されている。

 屋外にアンテナを出さなければネットワークにも繋がらない仕様だ。

 工作に必要な資材は利用者が工場内で手配して持ち込む必要がある。

 ブース内では資材の加工から組立てまでの全てをコンピューター制御のロボットアームが行い、失敗品や廃棄物はセンチ単位に粉砕されて排出される。


「試作3号機の設計は、こんなものか?一部を1号2号機から流用できるから完成までは早いな」


 既に洗脳者発見器は量産して、この工場と警察、防衛省に配布してある。

 現在は、超小型原子炉の開発をしている最中だ。


「栗林、形に成りそうか?」

「Ver3で、やっと完成に至りそうだ」

「カミーユ・ライダーV3って事か」

「ここまでで数週間かぁ~」


 超小型原子炉の開発も、設計図通り作れば良いという物ではない。

 完成品でもない設計図は、起動と成果確認ぐらいしかされておらず、実用面では問題点が残るものだ。

 関連開発の知識を全て頭に叩き込み、理解応用しなくてはならない。

 更に量産化するには簡素化とコストパフォーマンス面での変更が必要となる。


 幸い、今回はコスト面での必要ないが、簡素化は必要だった。


「基本的にバイクの水冷方式と同じだが、熱発電素子も多用している。バッテリー技術は他の博士のを利用しているしな」


 基本的にはタービンを回す発電方式だが、最終的な外気への放熱に複数のゼーベック効果を使って百度以下の熱でも発電する補助発電も流用しており、放射性物質から出る熱を無駄なく電力化する方式を用いている。


「流石に定期的な冷却水交換は必要だがな」

「トリチウム濃度の問題か?」


 現在の原子力発電同様に、同じ冷却水を使い続ける事はできない。

 実は定期的に排出しているのだが、あまり知られてはいない。


「高濃度トリチウム溶液は売れるじゃないか」

「そうだな。工場への利益還元も必要だしな」


 核融合発電開発前には原発で問題になってたトリチウム排水は、実は核融合発電の重要な原料でもある。


 トリチウムは海水からも集められるが、手間と時間が掛かるのだ。


「飛行推力はタービン連動型にしてあるから、従来の電動ファンとは比べ物にならない速度が出せる。走行時はギアチェンで電動にしないと速すぎるがな」


 飛行速度の調整は、核燃料に制御棒を抜き差しする原発と同じ方式でタービン回転数を調整している。

 電動モーターはインバーターで電気周波数を変えれば速度調整が可能だ。

 共に機械的なクラッチを必要としない。


「この戦闘用ドローンが、補助推力にもなる訳か?バイク時はキャリアバッグに擬装って考えたな!」


 栗林が新型バイクの設計を越智に説明している最中に、工場内アラームが鳴り響いた。

 外部電源が切れて、非常用電源に切り替わる。

 電話がリモートでスピーカーモードに切り替わり、インフォメーションが流れる。


『警戒!警戒!現在、工場上空に複数の飛行物体。攻撃用ドローンの可能性も有るので奥内に避難してください』


 栗林がヘルメットをかぶり、室内で辺りを見回す。


「beeingか?」

「奴等だ!そろそろだと思ってたが、このタイプが来たか?」

『この音波域はメモリーに有るな』

「越智、床に伏せて気を失っても大丈夫な様にしろ」

「何なんだ栗林?」

「低周波騒音で意識を失うぞ」


 越智は、言われた通りに身を伏せた。


「サイボーグのリストからすると、蝉タイプか?」

「そうだ!嘔吐にも気をつけろ」


 クリケットとなった栗林はサイボーグ用の銃を手に取り、屋外に駆け出した。

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